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33話 幕間・観測者

場所は明かされていない。


広い会議室の壁面に、巨大なモニターが並んでいた。その一つには堺東ダンジョン地下180階の映像。ドラゴンとキマイラが岩壁を破壊しながら争い、その手前で真神幸一郎が退屈そうに座っている。

十数人の男女が、その映像を無言で見ていた。

上座には一人の女性が座っていた。年齢は三十代前半ほど。肩口まで流れる淡い金色の髪と、整った顔立ち。若さの残る容姿とは対照的に、その場にいる誰一人として彼女を軽く扱う者はいなかった。

女性は組んでいた指をほどき、モニターへ視線を向ける。


「もう一度」


映像が巻き戻される。


『まあ、六甲山だって地下500階まであったしなぁ……なら、まだまだ前半だなぁ』


停止。


「五百階」


女性は資料へ視線を落とした。


「これまで公表されていた情報には?」


「ありません。今回が初出です」


「裏付けは」


「現時点では本人の発言のみ。ただし六甲山ダンジョンが完全踏破されたこと自体は確認されています」


別の男が資料をめくる。


「堺東についても、現在地は本人申告で地下180階。公式最深到達記録は76階です」


女性が指を動かすと、画面が切り替わった。第一回配信。ドラゴンの鱗の上で肉を焼く幸一郎。続いてフェニックスの羽。


『鱗なら二百枚くらいあるぞ。暇つぶしに剥ぎ取っただけだけど』


会議室の一人が小さく息を吐いた。


「解析は?」


「現物がありません」


「協会は?」


「少なくとも、こちらへ共有された記録にはありません」


女性は僅かに眉を上げた。


「つまり彼は、既存の最高危険領域を遥かに超える場所へ単独で到達できる。そして、そこで得られる素材を大量に保有している」


「可能性としては」


「可能性?」


女性は画面を見る。


「二百枚あると言っているでしょう」


誰も反論しなかった。

別の資料が表示された。

八年前。十七歳。誤認逮捕。冤罪判明。六甲山ダンジョンへの侵入。八年間消息不明。そして帰還。

女性はその経歴をしばらく眺めた。


「協会は現在どうしているの?」


「表向きは協力関係を維持しています。ただ、内部では管理強化を求める意見が増えているようです」


「管理?」


初めて女性の声に僅かな変化があった。


「探索計画の提出、取得素材の申告、配信内容への関与などが検討されています」


「なるほど。組織らしい判断ね」


「妥当では?」


一人が尋ねる。


「国家の立場なら、そう考えるでしょうね」


「我々も同じでは?」


女性はそちらを見る。淡い色の瞳を向けられただけで、男の言葉が止まった。


「いつから私たちは、どこかの国のものになったの?」


会議室が静かになった。

女性はそれ以上説明せず、資料へ視線を戻す。


「藤堂という人物は?」


「大阪支部長です。現時点では管理強化に慎重な姿勢を取っています」


「経歴を」


「すでに調査しています」


「そう」


画面の中ではドラゴンがキマイラを岩壁へ叩きつけていた。


『……あとで鱗拾っとくか』


会議室に微妙な沈黙が流れる。


女性だけが僅かに口元を緩めた。


「面白い人ね」


「接触しますか?」


「いいえ」


「では、監視を継続しますか?」


女性の視線が男へ向いた。


「監視?」


男が口を閉じる。


「言葉を選びなさい。彼は私たちの所有物でも、管理対象でもないわ」


女性は机の上の資料を閉じた。


《KOICHIRO MAGAMI》


「観察だけ続けて。政府、協会、世論。それから彼自身も」


「我々はどこまで関与します?」


「今は何もしなくていい」


「しかし――」


「彼がかの国に生まれたことと、私たちが彼をどう評価するかは別の話でしょう」


女性は金色の髪を耳へかけながら、淡々と言った。


「国境がダンジョンを止めたことなんて、一度でもあった?」


誰も答えなかった。


「なら、私たちが国境に縛られる理由もないわ」


女性は再び画面を見る。地下180階。二体の巨大な魔物。その前で退屈そうに座る一人の男。


「ただし、協会が彼に首輪をつけようとしたら報告して」


「それだけですか?」


「ええ」


女性は僅かに笑った。


「その時は、選択肢を一つ増やしてあげましょう」


会議はそこで終わった。


組織の名称も、金髪の女性の名も、一度も口にされなかった。

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