↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/136

第1章 第29話 何が変わったのか2

その日の夜、ネット配信を中心に活動する報道番組が、一つの特集を始めた。画面に映し出されたのは、昼のワイドショーだった。


『八年前、警察は再発防止を約束しました。しかし、その後も誤認逮捕は起きています。いったい何が変わったのでしょうか』


映像が止まり、ネット番組の司会者がカメラを見る。


「いい質問ですね。なので今日は、その質問をそのままテレビ局にもしてみたいと思います」


画面が切り替わった。八年前、十七歳の真神幸一郎が逮捕された直後のワイドショーだった。


《同級生が語る少年の素顔》

《以前から見せていた兆候》

《なぜ周囲は気づけなかったのか》


「この時点で、真神幸一郎さんは起訴すらされていません」


別の局では『近隣住民からは不安の声も聞かれています』、さらに別の局では『ネット上では厳罰を求める声が相次いでいます』。司会者はそこで映像を止め、当時の情報の流れを時系列で表示した。


《警察発表》

  ↓

《テレビ・新聞が一斉報道》

  ↓

《ネットで批判が拡大》

  ↓

《テレビが「世論」として紹介》

  ↓

《さらに批判が拡大》


「八年前、テレビは警察発表を報じた。その報道を見た人たちが真神さんを批判した。そして翌日、テレビはその反応を『世間の声』として報じた。自分たちの報道によって生まれた反応を、自分たちとは無関係に発生した『世論』として、もう一度報道していませんか?」


コメント欄が急速に流れ始めた。


『これエコーチャンバーじゃん』

『警察→テレビ→ネット→テレビ』

『自分で火つけて「燃えてます」って報道してた?』

『でもネットで叩いた奴にも責任あるだろ』

『テレビだけの責任じゃない』


司会者は最後の指摘を拾った。


「その通りです。ネットも無関係ではありません。テレビが強制したわけではない。書き込んだのは一人一人の人間です。だから『全部テレビが悪い』という話にするつもりもありません」


そこで画面が現在へ切り替わった。


《真神幸一郎「武力でいい」》

《制御不能の暫定EX》

《警察署へ魔物を放つ可能性》


「これが昨日と今日です」


八年前と現在の見出しが左右に並んだ。


「八年前は『危険な少年』。今度は『危険なEX』。真神さんが『武力でいい』と言ったのは事実です。ドラゴンかキマイラを警察署へ置いてくると言ったのも事実です」


続いて、幸一郎の実際の配信映像が流れた。


『……関係ない奴まで巻き込むしな』


さらに続く。


『じゃあ全員関係者か……いや、さすがに雑すぎるか。八つ当たりするほど落ちちゃいないしな』


映像が止まった。


「ここまで流した番組は、いくつあったでしょうか」


コメント欄が一瞬遅れて動き始める。


『俺この部分初めて見た』

『ニュースだと警察署に置くところまでだったぞ』

『最後まで流してた局もあった』

『局によるな』

『でも切り取りは確実にあった』


司会者は再び昼のワイドショーへ戻した。


『八年前、警察は再発防止を約束しました。しかし、その後も誤認逮捕は起きています。いったい何が変わったのでしょうか』


「もう一度聞きます。八年前から、あなたたちは何を変えましたか?」


コメント欄が一気に流れた。


『直球w』

『警察に言った言葉がそのまま返ってきた』

『これはテレビ側も逃げられん』

『でもこの番組も煽ってるだろ』

『ネットメディアも同じ穴の狢では?』


司会者は一つのコメントを画面へ表示した。


《お前らネット番組は違うのか?》


「違いません」


即答だった。


「我々も再生数で食べています。刺激的なタイトルは伸びる。短く切り取った動画は拡散される。テレビを批判すれば数字が取れる。それを分かって、この特集をやっています。ここで『ネットは違います』と言ったら、それこそ八年前と同じでしょう」


画面から八年前の映像が消え、十七歳の真神幸一郎の写真だけが残った。


「警察が間違えた。政府が十分に検証しなかった。テレビが報じた。ネットが叩いた。誰か一人だけを悪者にして、自分だけ安全な場所から石を投げる。そのやり方を続けるなら――結局、何も変わっていないんじゃないでしょうか」


そのネット番組を、テレビ局側も見ていた。


報道フロアの大型モニターには、つい先ほどまで自分たちが放送していた昼のワイドショーが映し出されている。


『八年前、警察は再発防止を約束しました。しかし、その後も誤認逮捕は起きています。いったい何が変わったのでしょうか』


映像が止まり、ネット番組の司会者が言う。


『いい質問ですね。なので今日は、その質問をそのままテレビ局にもしてみたいと思います』


報道フロアの空気が僅かに変わった。


「随分好き勝手言ってくれるな」


誰かが呟いたが、誰もモニターから目を逸らさなかった。


やがて八年前の自局映像が映し出された。


《同級生が語る少年の素顔》

《以前から見せていた兆候》

《なぜ周囲は気づけなかったのか》


若いディレクターが眉をひそめる。


「……これ、うちですか?」


「そうだよ。八年前の昼帯だ」


「この時、まだ起訴前ですよね」


古参プロデューサーは答えなかった。


映像は続く。


『近隣住民からは不安の声も聞かれています』


『ネット上では厳罰を求める声が相次いでいます』


そしてネット番組側が、警察発表から報道、ネット上の批判、それを再び「世論」として報道するまでの流れを表示した。


『自分たちの報道によって生まれた反応を、自分たちとは無関係に発生した「世論」として、もう一度報道していませんか?』


報道部長が腕を組んだ。


「理屈が乱暴だ。視聴者がどう受け取るかまで報道側が制御できるわけじゃない」


「でも俺たち、その反応をもう一回使ってますよね」


若いディレクターが画面を見たまま答えた。


「何?」


「『ネットでは批判の声が相次いでいます』って。何件の書き込みを確認したんです? そのうち何件が批判だったんです? 『相次いでいる』って判断した基準、残ってます?」


周囲のキーボードを叩く音が少し減った。


古参プロデューサーが低い声で答えた。


「……ないだろうな。当時はネットから何件か拾って、デスクが判断してた」


「じゃあ俺たちが選んだ数件を、世論として流してたってことですか」


「言い方に気をつけろ」


その瞬間、モニターが現在の報道へ切り替わった。


《真神幸一郎「武力でいい」》

《制御不能の暫定EX》

《警察署へ魔物を放つ可能性》


今度は昨日、自分たちが放送した映像だった。


『真神さんが「武力でいい」と言ったのは事実です。ドラゴンかキマイラを警察署へ置いてくると言ったのも事実です』


そして、その続きをネット番組が流した。


『……関係ない奴まで巻き込むしな。じゃあ全員関係者か……いや、さすがに雑すぎるか。八つ当たりするほど落ちちゃいないしな』


『ここまで流した番組は、いくつあったでしょうか』


報道フロアが静かになった。


若いディレクターが編集端末を操作し、昨日の自局放送を呼び出す。幸一郎が「警察署へ置いてくるか」と言い、「力が正義だってんなら」と続ける。そして、そこで映像はスタジオへ戻っていた。


「……切ってる」


「尺だ。全部流せるわけないだろ」


「なんで、そこで切ったんです?」


「一番ニュース性がある部分だからだ」


「その後に本人が否定してるのに?」


「発言した事実は消えない」


「だったら、その後の発言も事実ですよね」


誰かを糾弾するような口調ではなかった。それだけに反論が続かなかった。


古参プロデューサーが八年前と昨日の映像を交互に見る。


「……同じだな」


「何がだ」


「俺たちがやってることだよ。八年前は『危険な少年』、今は『危険なEX』。状況は違う。でも最初に物語を決めて、それに合う映像を選んでるところは同じじゃないのか」


やがて大型モニターから、昼に自分たちが警察へ投げたのと同じ問いが返ってきた。


『八年前から、あなたたちは何を変えましたか?』


誰かが小さく息を吐いた。


「……綺麗に返されたな」


しかし、ネット番組は自分たちへの批判も取り上げた。《お前らネット番組は違うのか?》というコメントに、司会者は『違いません』と即答した。


『我々も再生数で食べています。刺激的なタイトルは伸びる。短く切り取った動画は拡散される。テレビを批判すれば数字が取れる。それを分かって、この特集をやっています』


報道部長が黙った。「ネットは無責任だ」「テレビとは違う」と反論する余地を、先に塞がれてしまった。


番組終了後、会議室には翌日の構成表が置かれていた。


《真神幸一郎 危険な復讐心――その深層心理》


視聴率は取れるだろう。昨日の配信は話題になっている。国家すら止められない暫定EX。刺激的な素材はいくらでもある。


若いディレクターが構成表を見る。


「……これ、明日やります?」


「もう素材は揃ってる」


「でも今日、うちの番組で警察に『八年前から何が変わったんですか』って聞いたんですよね。これ流したら、その質問がそのまま俺たちに返ってきますよ」


長い沈黙のあと、古参プロデューサーが口を開いた。


「八年前の数字、出せるか」


「視聴率ですか?」


「それもだ。真神を扱った回数と時間。逮捕から冤罪判明まで全部。逮捕された時に何分使った。冤罪が分かった時に何分使った。それも比較しろ」


報道部長が彼を見る。


「何をする気だ」


古参プロデューサーは構成表を取り、《危険な復讐心》という文字を赤いペンで消した。


「警察に聞いたんだろ。だったら、俺たちも答えないとな」


その下に新しいタイトルを書く。


《検証・八年前の真神幸一郎事件――私たちは何を報じたのか》


翌朝、いつもの時間に番組が始まった。


画面に表示された特集タイトルを見て、視聴者がざわつく。


司会者はカメラへ向かって言った。


「昨日、この番組で私たちは警察に問いかけました。『八年前から、何が変わったのか』と」


そして、一度だけ間を置いた。


「今日は、その同じ問いを、私たち自身に向けたいと思います」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。