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第1章 第26話 国家にとっての真神幸一郎

二回目の配信が終了した翌日、国会では真神幸一郎に関する質疑が行われていた。これまでも六甲山ダンジョン完全踏破や八年ぶりの帰還について質問は出ていたが、前日の配信を境に、その内容は明らかに変わっていた。


「政府として、昨日の発言をどのように認識していますか。真神幸一郎氏は配信中、警察署へ魔物を生け捕りにして置いてくることを示唆し、その後『自分は武力でいい』とも発言しています」


議場が僅かにざわついた。答弁に立った大臣は慎重に言葉を選ぶ。


「当該発言については政府としても確認しております。ただし、発言の前後を含めて確認した結果、具体的な対象、日時、実行方法等を示したものではなく、直ちに具体的な危害行為を予告したものとは認識しておりません」


「しかし、能力の問題があります。彼がその場で見ていたのはドラゴンと巨大キマイラです。その二体を指して『心許ない』『もっと強いものがいい』と発言している。冗談として片付けてよいのでしょうか」


すぐに答えは返らなかった。そこが問題だった。


真神幸一郎が何をできるのか、政府にも分からない。六甲山ダンジョンを完全踏破し、そこが地下五百階まで存在していたという情報すら本人の配信で初めて明らかになった。竜種の鱗を約二百枚所有し、フェニックス由来と推定される素材まで持っている。現在は国内最深到達記録を百階以上越えた地下百八十階付近におり、その場所に出現するドラゴンや巨大キマイラすら脅威として認識していない。断片的な情報だけは増え続けているが、肝心の戦闘能力についてはほとんど何も分かっていなかった。


「つまり政府は、真神氏が何をできるのか把握していない?」


「現時点では、能力の全容を把握しているとは申し上げられません」


「では、対処可能なのですか。仮に真神氏が本当に国家に対して武力を行使した場合、日本政府にはそれを止める手段があるのですか」


議場の空気が変わった。自衛隊がある。警察がある。ハンターもいる。だが、それで止められるのか。誰にも実証できない。


「仮定に基づく具体的な対応能力について、この場で申し上げることは差し控えます」


「差し控えるのではなく、分からないのでは?」


声が飛び、議長が静粛を求めた。


そこで別の議員が立った。


「私は、その議論そのものに一つ疑問があります」


資料が切り替わり、前日の配信の文字起こしが表示された。


――向こうが使った力って、発言力とか信用とか、そういうやつだったな。

――同じようにやり返すのも面倒くさい。

――まあ、こっちは武力でいいだろ。


「この『武力』だけを切り取るべきではありません。真神氏は、八年前に自分へ使われた『力』が何だったのかを明確に語っています。そして昨日、彼はもう一つ言っている」


次の文章が表示された。


――警察を指導する立場の政府にも責任はあるよな。


議場の空気が変わった。


「ここを無視して、警察の問題だけとして処理するつもりではありませんね?」


「当然ながら、政府として必要な検証を――」


「必要な検証ではありません。政府自身の責任を聞いています」


ざわめきが広がる。


「八年前、十七歳の少年が誤認逮捕された。後に冤罪だったことが判明した。では、その時点で政府は何をしたのですか。警察内部の問題として処理して終わったのではありませんか。なぜこのような捜査が行われたのか、制度上の問題はなかったのか、再発防止は十分だったのか。政府として検証し、国民へ説明したのですか」


答弁側で資料が回され始める。しかし質問者は待たなかった。


「そして八年後、真神氏が生還した。世界初のダンジョン完全踏破者として帰ってきた。その途端、政府関係者から接触を求める声が相次いだ。能力を知りたい。素材について聞きたい。ダンジョンの情報を提供してほしい。場合によっては国家へ協力してほしい。では、その前に政府は彼へ何をしましたか?」


答えはなかった。


「十七歳の時、国家の側が彼の人生を壊した。その人間が力を持って帰ってきた途端、今度は国家に協力してくれと言う。それで本人がどう受け取るか、政府は一度でも考えたのですか」


別の議員から声が上がった。


「政府が誤認逮捕したわけではないでしょう」


質問者がそちらを見る。


「だから政府には責任がないと?」


議場がざわつく。


「個々の捜査判断まで政府が行うわけではない。それは当然です。しかし警察行政を監督し、制度を作り、その制度を維持してきたのは国家です。組織の失敗が明らかになった後、その原因を検証し、制度を改善し、再発を防止する責任まで存在しないというのですか」


反論は続かなかった。


「真神氏が言っているのは、そういうことでしょう。彼は警察だけを恨んでいるわけではない。自分を守らなかった制度と、その後も何もしなかった国家そのものを信用していない可能性がある」


そこで別の議員が立った。


「では、八年前の捜査について政府として再検証する考えは?」


警察行政を所管する側へ視線が集まる。


「当該事件については、既に冤罪であったことが確認されております」


「それは結果でしょう。なぜ間違えたのかを聞いているんです。なぜ十七歳の少年の言葉より一方の証言が優先されたのか。証拠の確認は十分だったのか。供述の検証は適切だったのか。組織としてどこで間違えたのか。そして、その失敗を知った政府が、その後どのような対応を取ったのか」


今度は警察だけではなく、政府側全体へ向けられた質問だった。


さらに前日の配信が表示される。


――関係ない奴まで巻き込むしな。

――じゃあ全員関係者か。

――いや、さすがに雑すぎるか。八つ当たりするほど落ちちゃいないしな。


「彼は最後に自分で踏みとどまっています。少なくとも現時点では、真神氏本人の判断によってです。これは逆に言えば、国家が現在頼っている最大の安全装置が、真神幸一郎氏本人の理性である可能性があるということです」


議場に重い沈黙が落ちた。


「そして、その人物が昨日、政府にも責任があると公言した。もはや『警察と真神幸一郎』だけの問題ではありません。政府自身が当事者として見られている。真神氏をどう管理するか、どう制限するか、どう対処するか。それを議論する前に、政府自身が問われていることがあるのではありませんか。なぜ彼が国家を信用しなくなったのか。そして、その原因に国家自身がどれほど関与していたのかです」


長い質疑の末、政府側から一つの方針が示された。八年前の捜査過程だけではなく、冤罪判明後の行政対応についても改めて検証する。当時の捜査関係者への事情聴取、捜査資料の再確認、監督体制と再発防止策の検証。さらに、真神幸一郎の生還後に政府および関係機関が行った接触や要求についても、その経緯を確認する。警察だけの問題として終わらせず、政府自身の対応も検証対象とする。


世界初の完全踏破者。暫定EX。地下五百階を踏破した男。ドラゴンを羽のついた蜥蜴と呼ぶ男。


国会にとって真神幸一郎は、もはや単なる一人のハンターではなかった。だが、だからこそ別の問いが浮かび上がる。


強大な力を持って帰ってきたから、国家は彼と向き合うのか。


それとも、何の力も持たない十七歳の少年だった時から、本来向き合うべきだったのか。


その問いは真神幸一郎ではなく、日本という国そのものへ向けられ始めていた。

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