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第1章 第24話 笑えない者たち

同じ頃、祖父母の家でもテレビに映る幸一郎の姿を二人で眺めていた。世間がドラゴンだフェニックスだと騒ぐ中、祖母が気にしていたのは別のことだった。


「この子、また肉ばっかり食べて……野菜も持たせたやろ」


『……ばあちゃんに、肉に合うタレもっと聞いとけばよかったな』


「あらまあ。帰ってきたら教えたるわ」


祖父は何も言わず、隣で小さく笑っていた。


一方、JHAから公開された映像は、日本国内だけで消費されていたわけではなかった。世界初のダンジョン完全踏破者。それだけでも海外から注目を集めるには十分だった。六甲山ダンジョン完全踏破のニュースは既に各国で報道され、八年間行方不明だった日本人が生還したこと、既存のランク体系では評価できず暫定EXに認定されたことも知られている。その人物が帰還から僅か一週間で、再び未踏破ダンジョンへ単独で入った。当然、海外メディアも動いた。


当初は日本の報道を引用する程度だった。「世界初の完全踏破者、再びダンジョンへ」「日本の暫定EXハンター、単独攻略を開始か」。だがJHAが内部映像を公開すると、一部の海外メディアもリアルタイムで取り上げ始めた。そして世界へ流れたのが、ドラゴンの鱗らしきものを鉄板代わりに肉を焼き、フェニックス由来と推定される羽で煙を扇ぐ幸一郎の姿だった。


さらに本人の口から出た、約二百枚という数字。翻訳担当者たちは最初、自分の訳を疑った。


『About two hundred scales.』


二百。


『I peeled them off to kill time.』


暇つぶしに剥ぎ取った。


字幕が表示された直後、海外のコメント欄も日本とほとんど変わらない状態になった。


『200???』

『Did the translation break?』

『TWO HUNDRED DRAGON SCALES?』

『He is cooking on one of them???』

『Why does he have a phoenix feather too?』

『He uses legendary materials as camping gear lol』

『Japanese hunters are insane』

『No. THAT Japanese hunter is insane.』

『What the hell happened to him in that dungeon for eight years?』


だが、本当に空気が変わったのはその後だった。


『まあ、それでも所詮、羽のついた蜥蜴だしな』


――After all, it's just a lizard with wings.


海外のスタジオから笑いが消えた。冗談なのか本気なのか判断できなかったからではない。映像の男が笑っていなかったからだ。自慢でも挑発でもない。ドラゴンを倒したことを誇示する意図すらなく、本当にそう認識しているようにしか見えなかった。


各国のハンター協会にも映像は届いていた。特に反応したのは、過去に竜種との遭遇記録を持つ国々だった。一般社会では伝説上の怪物という印象が強いドラゴンも、ダンジョン出現以降、一部の関係者にとっては現実の脅威である。確認例は極端に少なく、討伐例となればさらに少ない。竜種との遭遇によって攻略隊が壊滅した記録さえ存在する。


欧州のあるハンター協会では、配信映像が会議室の大型モニターへ映されていた。


「翻訳は正確なのか?」


「日本側にも確認しました。ほぼそのままです」


「二百枚という部分も?」


「はい」


「一個体からか?」


「不明です」


「本人が討伐したのか?」


「それも明言していません。ただし、本人は『剥ぎ取った』と発言しています」


会議室が静かになった。一人が映像を巻き戻す。ドラゴンの鱗と思われる物体の上で肉が焼かれ、その横にはフェニックス由来と推定される羽が置かれている。


「日本は、彼が六甲山で何をしていたのか把握しているのか?」


「恐らく、把握していません」


その答えが、一番の問題だった。


日本国内でも、同じ映像をまったく違う目で見ている者たちがいた。現役の高位ハンターたちである。一般人にとってドラゴンは強大な怪物という漠然とした存在であり、研究者にとってはほとんど入手不可能な未知の研究対象。だが、実際に高難度ダンジョンへ潜る者たちは、一体の強力な魔物が攻略隊をどれほど簡単に壊すのかを知っている。たった一度の判断ミスで仲間が死ぬ。格上と遭遇すれば、戦う方法ではなく逃げる方法を考える。そして竜種とは、その最上位に位置する存在だった。


ある国内トップクラスのパーティーも、休憩室で配信を見ていた。誰も笑っていない。


「……二百枚だってよ」


「一体から取ったのかね」


「知らん」


「でも、剥いだって言ったよな」


「ああ」


別の男が腕を組んだまま画面を見ていた。


「問題は枚数じゃない。こいつ、ドラゴンの話をしてる時、一回も警戒してない」


「どういう意味だ?」


「俺たちが過去に戦った奴を思い出してみろ。倒した魔物でも、本当に強かった奴のことは覚えてる。何をされた、誰が怪我した、次に出たらどうする。それくらいは出てくるだろ」


画面の中では、幸一郎がドラゴンの鱗を鉄板として使いながら肉の焼き加減を気にしている。


「こいつには、それがない。強敵だったと思ってないんじゃないか?」


誰かが小さく笑いかけたが、すぐに止まった。画面から、問題の声が聞こえたからだ。


『まあ、それでも所詮、羽のついた蜥蜴だしな』


しばらくして、一人が呟いた。


「……俺たちが知ってるドラゴンと、こいつが知ってるドラゴンって、本当に同じものか?」


「同じだろうが違おうが、もっと嫌な可能性がある」


「何だよ」


「同じだった場合だ」


誰も喋らなくなった。


それなら答えは一つしかない。


ドラゴンが弱いのではない。真神幸一郎にとって、弱いのだ。


世界初の完全踏破。八年間の単独生存。暫定EX。それらはあまりにも現実離れしていて、これまで具体的な強さへ結びつけることが難しかった。既存の最高位ハンターと比べてどれほど違うのか、誰にも測れなかった。


だが、一本の生配信が奇妙な形でその一端を見せてしまった。


人類が希少素材として扱うものを、彼は日用品として扱う。人類が災害級の脅威として警戒する存在を、彼は羽のついた蜥蜴と呼ぶ。そして、それが虚勢ではないことだけは映像を見れば分かった。


海外メディアでは既に新たな議論が始まっていた。真神幸一郎は世界最強のハンターなのか。六甲山ダンジョンの深層には何が存在していたのか。彼が持ち帰った収納ボックスには、他に何が入っているのか。


そしてもう一つ。


世界で初めてダンジョンを完全踏破した男が今まさに攻略している堺東ダンジョンは、いつまで未踏破でいられるのか。


その問いだけは、日本でも海外でも同じだった。

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