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序章 第2話 手のひらの上で

この世界にはダンジョンがあります。


15歳よりライセンスが交付されて、入れるようになっています。

主人公義母目線です。




インターホンが鳴るのを、もう何十回聞いただろう。




最初は警察だった。次はマスコミだった。


それから、誰かもわからない配信者という野次馬だった。


玄関のドアを開けるたびに、フラッシュが焚かれた。


開けなければ、今度は窓の外にレンズが並んだ。




血は繋がっていない。再婚した相手についてきた連れ子――


それが、あの子との関係だった。


だが世間はそんな事情など気にしない。


「母親」という肩書きだけで、マイクは容赦なく突きつけられる。




――冤罪だったんです。




その一言が公式に発表されてから、まだ三日と経っていない。




三日前まで、インターネットの中では「モンスター」という文字とともに、


あの子の顔写真が映し出されていた。


中学校の卒業アルバムから引き伸ばされた、粗い画質の写真。


テレビでは、コメンテーターたちは訳知り顔で、家庭環境がどうの、育て方がどうのと語っていた。


ネットには、あの子の名前と顔を並べた画像がいくつも作られ、拡散されていた。




全部、噓だったと分かった今も、それらは消えていない。




誰も、消そうとしない。




「お母さん、今のお気持ちを一言――」




突き出されたマイクが、また目の前に来る。


カメラのランプが赤く灯る。生放送だと、誰かが叫んでいるのが聞こえた。




答えなければ、と思っていたはずだった。


丁寧に、気丈に、何か当たり障りのない言葉を返さなければ――


そう、何度も自分に言い聞かせてきたはずだった。




だが、口から出たのは、まるで違う言葉だった。




「――あなたたちだって」




 声が震えている。抑えようとして、抑えきれない。




「あなたたちだって、パネルまで作って、あの子を非難し続けたじゃないですか!」




周りの空気が、僅かに強張るのが分かった。だが、止まらなかった。




「自分たちは、関係ないとでも思っているんですか!」




叫んでいた。テレビカメラの前で、全国に向けて。


取り繕う余裕も、この期に及んで何かを守ろうとする理性も、もうどこにもなかった。




周囲が、一瞬にして静まり返った。




誰も、何も言わなかった。マイクを構えていた記者たちさえ、次の言葉を継げずにいた。




――悪いのは、あの子を追い詰めた全員だ。自分は、ただ流れに巻き込まれただけだ。


叫びながら、自分の中でそう繰り返していた。




信じなかったことも、庇わなかったことも、


今この瞬間の自分の中では、もう他人事のように処理されていた。


悪いのは真犯人だ。警察だ。マスコミだ。近所の目だ。学校だ。


あの子を見捨てるように仕向けたのは、自分ではなく、周りの空気そのものだ――




そう思うことでしか、この場に立っていられなかった。






中継を繋いでいたスタジオでは、誰も声を出せずにいた。




司会は台本を握ったまま、次のコメントを探して視線を泳がせている。


つい先月まで、この番組で「加害少年の家庭環境」について


訳知り顔で語っていたコメンテーターは、画面の端で完全に固まっていた。




その隣には、当時「同じ世代の子供を持つ親として看過できない」


と眉をひそめてコメントしていたパネリストの姿もあった。


今、彼らは同じ椅子に、同じ照明の下に、何食わぬ顔で座っている。




誰かが早く「CM入ります」と指示を出すべきだった。




だが、ディレクター席からも、その声はなかなか上がらなかった。


全国放送の生画面は、母親の絶叫と、それに凍りついた出演者たちの沈黙を、


何秒も、何十秒も、垂れ流し続けた。




ようやくCMに切り替わった時、スタジオの空気は、誰も何も言えないほど張り詰めていた。




司会者が小さく呟いた。




「……あれ、俺たちも映ってましたよね」




 誰も、答えなかった。




あの子がいなくなってから、もう半年になる。




警察も、当初は本気で探していたとは言い難かった。


冤罪の当事者を捜索するより、事態の収拾に躍起になっていたように見えた。


それでも世間の目が厳しくなるにつれ、渋々といった様子で捜索範囲を広げていった。




そして、ようやく――半年越しに、ひとつの記録が見つかった。




 六甲山ダンジョン。




入場記録には、あの子の名前があった。日付は、姿を消したあの日と一致していた。




 そして、備考欄には、たった一行。




 ――未帰還。




半年前に潜り、そのまま、戻ってきていない。




紙の上のその文字を見た瞬間、目の前が暗くなった。膝から、力が抜けていくのが分かった。




ダンジョンの奥で、半年も、生きていられるはずがない。


誰もがそう思っていた。誰も、口には出さなかったが。




――終わった。




そう思った瞬間、不思議なほど、涙は出なかった。


ただ、指の先だけが、ひどく冷たかった。








この時、誰も知らなかった。




目を逸らし続けたその事実が、八年後、思いもよらない形で世間の前に蒸し返されることになるとは。


見放した側だったはずの者たちが――今度は、見放される側に回ることになるとは。

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