第1章 第15話 知る権利
JHAのプレスリリース公開以降、報道各社からの問い合わせは途切れることがなかった。
本人への取材を希望するもの、現在地を尋ねるもの、六甲山ダンジョンの攻略情報を求めるもの。個別に対応することが困難になったJHAは、翌日、記者会見を開いた。
会見場には、予定していた数を大きく上回る報道関係者が集まっていた。
冒頭でJHA側が説明したのは、既に公表されている内容だった。
真神幸一郎本人との接触を確認したこと。健康上、緊急の対応を必要とする状態ではないこと。そして、世界初の完全踏破実績を受け、暫定EXランクを新設したこと。
質疑応答へ移った瞬間、一斉に手が上がった。
「真神氏は現在どこにいるのでしょうか」
「お答えできません」
「JHAの保護施設ですか?」
「違います」
「では、JHAは現在地を把握している?」
「把握しておりません」
会場がざわついた。
「世界初のダンジョン完全踏破者の現在地を把握していないんですか?」
「はい。真神氏は拘束されているわけでも、JHAの管理下に置かれているわけでもありません」
別の記者が手を上げた。
「本人への取材を申し込むことはできますか?」
「現在、真神氏は報道機関からの取材を希望しておりません。そのためJHAから取り次ぐ予定もありません」
「特定の報道機関についてですか?」
「いいえ。報道機関全般です」
再びざわめきが広がった。
「理由は聞いているんでしょうか」
「伺っておりません」
「八年前の冤罪事件に関する報道が理由では?」
「本人が説明していない以上、JHAから推測を申し上げることはありません」
「しかし、真神氏は世界初のダンジョン完全踏破者です。今後のダンジョン攻略にも関わる重要な情報を持っている可能性があります。国民には知る権利があるのではないでしょうか」
そこでJHA側の法務担当者がマイクを取った。
「一点、誤解のないよう申し上げます」
会場が静かになる。
「真神幸一郎氏は、公人ではありません」
記者の何人かが顔を上げた。
「真神氏はハンターとしてJHAへ登録されていますが、国会議員でも、公務員でも、JHAの職員でもありません。政府との雇用関係も存在しません。一人の民間人です」
「ですが、世界初の――」
「世界初の完全踏破という実績によって社会的な注目を集めていることと、本人の私生活や現在地を公開する義務が生じることは別の問題です」
「では、攻略情報についても本人が公開を拒否すれば、それまでということですか?」
「真神氏個人が取得した知識について、現行制度上、JHAが強制的に聞き出し、公表させる権限はありません」
「それでは公共の利益が――」
「ダンジョンそのものへの立ち入りは、従来通り認められています」
法務担当者は淡々と続けた。
「必要な資格及び手続きを満たした方が、内部を調査、攻略することをJHAが禁止している事実はありません」
会場の一部から小さなどよめきが起こった。
「つまり、自分たちで調べろと?」
「そのような表現はしておりません。ただし、一民間人が持つ情報を、社会的関心が高いという理由だけで強制的に開示させることはできない、と申し上げています」
別の記者が質問した。
「帰還時の映像が一切確認できない件については?」
「本人が使用した技能に関する事項となりますので、回答を控えます」
「なぜそこまで情報を隠すんですか」
法務担当者は少し間を置いた。
「隠しているのではありません」
そして、続けた。
「我々の情報ではないからです」
その言葉は、会見が終わるより早くネットへ流れた。
『JHA「真神幸一郎氏は公人ではありません」』
『JHA「我々の情報ではないからです」』
切り抜かれた二つの発言は、瞬く間に拡散された。
反応は真っ二つに割れた。
『これはJHAが正しいだろ』
『世界初だろうが何だろうが一般人なのはそう』
『現在地教えろは普通に怖いわ』
『八年間行方不明だった人間の居場所を全国放送で聞くなよ』
『しかも冤罪で人生壊された人間だぞ。そりゃマスコミなんか会いたくないだろ』
『JHAちょっと見直した。「我々の情報ではない」は正論』
一方で、情報公開を求める声も強かった。
『いや攻略情報は別だろ。人類初のクリアなんだから共有するべき』
『ダンジョンで毎年何人死んでると思ってるんだ』
『個人情報はともかく攻略法まで秘密は違うと思う』
『世界中のハンターの命が助かる可能性があるんだから公益性はある』
『EXなんて特別待遇するなら、それなりの社会的責任もあるだろ』
それに対する反論も、すぐに飛んだ。
『EXにしてくれって本人が頼んだの?』
『むしろFでいいって言ってた可能性すらあるだろ』
『公益性がある=個人から強制徴収していい、にはならんぞ』
『命が助かるから情報出せって言うなら金払って買えばいいんじゃね』
『そもそも攻略情報を公開する義務ってどの法律に書いてあるんだ』
そして当然、会見での「ダンジョンへの立ち入りは認められている」という発言も拾われた。
『JHA「ダンジョンには入れます」』
『これ実質、自分で見てこいでは?』
『記者「知る権利が!」
JHA「入口あいてますよ」』
『草』
『取材できるじゃん』
『カメラ持って最奥まで行けば独占スクープだぞ』
『逝ってこいは草』
『いや笑ってるけど普通に死ぬからな?』
『だから真神が持ってる情報に価値があるんだろ』
『価値があるならなおさらタダで寄越せはおかしいだろ』
やがて、八年前の報道を掘り返す書き込みも増え始めた。
『マスコミが真神に取材拒否されてるの、これ自業自得では』
『当時の記事見てから会見見ると味わい深い』
『「国民には知る権利が」←お前ら8年前に何を国民に知らせたんだよ』
『冤罪確定後の訂正記事より逮捕時の記事の方が百倍デカかったところもあるからな』
『あの時は実名と顔まで晒して、今度は現在地教えろって怖すぎる』
『でも当時の報道と今いる記者は別人だろ』
『組織として報道したんだから組織としての話では?』
『だからって今の記者個人を叩くのも違う』
『それはそう』
擁護、批判、反論、さらにその反論。
数時間もすると、議論はもはや誰にも制御できなくなっていた。
その中で、一つの書き込みが妙に多く転載された。
『というかさ』
『本人、まだ何も言ってなくね?』
その指摘に、少しだけ流れが止まった。
『……確かに』
『全部JHA発表だけだな』
『真神本人のコメント、ゼロ』
『SNSも会見も声明もなし』
『俺ら勝手に真神の気持ち代弁して喧嘩してるだけじゃん』
『マスコミもネット民も本人置いてけぼりで草』
そして最後に、誰かが書いた。
『8年前もそうだったんじゃねえの』
その投稿には、しばらく返信がつかなかった。
八年前、人々は真神幸一郎本人の言葉を聞かないまま、彼がどんな人間なのかを語った。
八年後。
今度は英雄として、また本人のいないところで、同じことを始めていた。




