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第4章 第111話 変化


 世界最深到達記録が、また更新された。


 131階。


 ほんの少し前まで110階への到達が世界的なニュースになっていたはずなのに、今では数日おきに数字が書き換えられている。それも、一つの突出したパーティだけではない。国籍も構成も異なる複数のトップパーティが、競うように自己記録を更新し始めていた。


 当然、その異変をマスコミが放っておくはずもなかった。


     ◇


『世界最深到達記録――131階』


 情報番組のスタジオ。その背後にある大型モニターには大きな数字とともに、一人の女性ハンターが槍を構える姿が映し出されていた。


「また更新ですか」


「はい。しかも今回記録を更新したパーティにも、ここ最近急激に記録を伸ばしているハンターたちと同じ、ある共通点があります」


「例の装備ですね?」


「そうです」


 映像が切り替わった。同じ女性ハンターが数か月前に攻略していた際の映像と、現在の映像が並べて表示される。


「左が以前、そして右が現在です」


「槍が違いますね」


「はい。この槍ですが、既存の装備メーカーが製造したものではありません」


「では、六甲山で採掘が始まった異鉱物を使った新装備ですか?」


「当初はその可能性も考えられていました。しかし、違います。WHAへの取材によりますと、これはダンジョン内で取得されたドロップ装備。そして所有者は――真神幸一郎氏です」


「……また真神さんですか」


 スタジオから小さな笑いが漏れた。最近、ダンジョンを巡る大きな話題を扱うたびに、その名前が出てくる。


「真神氏が六甲山、堺東、ハワイの三つのダンジョンを攻略した際に取得し、そのまま保管していた装備だということです」


「でも、真神さん自身が使っていた装備ではないんですよね?」


「はい。本人の戦闘スタイルに合わなかったため、使用せず保管されていたと説明されています」


「性能が低かったわけではない?」


「違います。むしろ現在公開されている攻略映像を見る限り、極めて高性能だと考えるべきでしょう。ただし、性能が高ければ誰でも扱えるというものでもないようです」


 専門家の説明に合わせて、深層装備を手にしたハンターたちの映像が次々と流れる。


「そして重要なのが、この装備の取得階層です。個々の装備については公表されていませんが、現在WHAが貸与候補として評価しているのは、原則として200階までに取得された装備だということです」


「……200階?」


 司会者が背後のモニターを見る。そこには現在の世界最深到達記録――131階という数字が表示されている。


「ちょっと待ってください。真神さんを除けば、人類は131階までしか到達していないんですよね?」


「そうです」


「なのに、最大で200階の装備を使っている?」


「そういうことになります」


「それより深い階層の装備は?」


 専門家が一度言葉を切った。


「存在することが確認されています」


「……どこまで?」


「WHAの回答では、『真神氏が到達した範囲まで』です」


 スタジオが静かになった。


「六甲山って……500階ですよね?」


「はい。堺東が450階、ハワイが480階です」


「…………それ、今までどこにあったんですか?」


「真神氏のマジックボックスです」


 司会者は資料を見直し、困ったように笑った。


「世界トップクラスのハンターが使って、実際に世界記録を更新している装備ですよ? それを使わなかった?」


「真神氏本人には必要がなかったのでしょうね」


「真神さんですから?」


「最近は、それである程度説明になってしまうのが困るところです」


 スタジオに笑いが広がった。だが、次に表示された文字で空気が少し変わった。


『深層装備貸与――日本人ハンターは現在ゼロ』


「そして国内で注目されているのが、こちらです。現在確認されている貸与対象者の中に、日本人ハンターはいません」


「日本だけ外された、ということですか?」


「そこは注意が必要です。日本が排除されている、という表現は正確ではありません」


「でも、日本人は一人もいないんですよね?」


「はい」


「では、なぜ?」


「最初に行われた非公式の装備評価に、日本人ハンターが招かれていなかったからです」


「……それだけ?」


「それだけです」


 司会者が何とも言えない顔をした。


「真神氏が、日本人には貸したくないと?」


「そのような事実は確認されていません。WHAにも日本人への貸与を禁止する規定はありません。六甲山で採掘される異鉱物は日本の研究機関にも提供されていますし、採掘にも日本人は参加できます」


「じゃあ、本当に……ただ呼ばれなかった?」


「現時点で確認されている事実だけなら、そうなります」


「それ、むしろ結構つらくないですか?」


 スタジオに苦笑が広がった。


「ただし、これからも日本人が参加できないという意味ではありません。JHAはすでに国内の上位ハンターへ情報を提供しており、WHA側も国籍を理由に評価対象から除外することはないとしています」


「JHAが参加者を選抜するんですか?」


「いいえ。今回は参加者をJHA側で決定せず、各ハンター本人の判断に委ねているということです」


「以前とは随分違いますね」


「少なくとも、以前と同じ判断の仕方はしていないように見えます」


 誰のことを指しているのか、わざわざ名前を出す必要はなかった。


 番組の最後に、もう一度131という数字が表示される。


「日本勢が出遅れたことは事実なんですよね?」


「それは間違いありません」


「追いつけるでしょうか?」


「分かりません。ただ、出遅れたことと、もう参加できないことは別です」


     ◇


 同じ日の夜。今度はネット上で配信されているニュース解説番組が、この話題を取り上げていた。


『さて、本日のダンジョンニュースです。世界記録が、また更新されました』


「131階ですね」


『はい。最近更新が早すぎて、スタッフがテロップを作り直すのを嫌がり始めています』


「知らないよ、そんな裏事情」


『そして、その原動力になっていると見られるのが、真神幸一郎氏所有の深層ドロップ装備です』


 画面に大きな文字が表示された。


『真神幸一郎のマジックボックスから、とんでもない物が出てきた件』


「タイトル軽いな!」


『ネット番組なので』


「開き直るなよ」


 出演者たちが笑う。


『現在トップハンターたちが使用している装備ですが、WHAが評価対象としているのは原則200階まで』


「今の世界記録、131階なんですけど」


『はい』


「おかしくない?」


『真神幸一郎基準です』


「便利な言葉にするな」


『ちなみに、200階より深いところで取得した装備も存在します』


「……どこまで?」


『六甲山500階、堺東450階、ハワイ480階。攻略中に取得したものが、マジックボックスに保管されています』


「待って。なんで今まで出てこなかったの?」


『使わなかったから』


「なんで?」


『戦闘スタイルに合わなかったから』


 出演者が無言でカメラを見た。


「世界トップハンターが使って、世界記録を更新するような装備ですよ?」


『そうですね』


「それを?」


『使わないから収納』


「押し入れかよ」


『ものすごく容量のでかい押し入れですね』


「人類の宝物庫を押し入れ扱いするな」


 画面の横を流れるコメントが一気に加速した。


『さて。そして日本人です。現在、深層装備の貸与を受けている日本人ハンター――ゼロ』


「ああ……そこなんですよ」


『ちなみに、日本人だから貸さないという規則――ありません。真神氏が日本人への貸与を拒否――していません。日本の研究機関への異鉱物提供――あります。六甲山の採掘――日本人も参加できます』


「じゃあ、なんでゼロなの?」


 司会者が一拍置いた。


『呼ばれなかったから』


「…………」


『以上です』


「いや、以上じゃないよ! それ、一番ダメージでかいやつだから!」


『排除ではありません』


「分かってるよ!」


『差別でもありません』


「分かってるって!」


『ただ最初の非公式評価に――』


「呼ばれなかった! もう言うな!」


 出演者たちが笑い、コメント欄の流れがさらに速くなる。


『ただ、ここは真面目な話をすると、日本勢に扉が閉じられているわけではありません』


「そこは大事だね。日本のハンターが評価を希望すれば、他の候補者と同じように評価を受けられる可能性がある。国籍で弾かれるわけじゃない」


『そしてJHAは今回、参加者を選んでいません。上から“お前が行け”ではなく、情報を渡して本人に決めてもらう』


「……成長したね、JHA」


『その言い方、先生みたいですね』


「だってさあ。色々あったじゃん」


『色々ありましたね』


「色々ありすぎたよ」


『詳しく振り返ると番組が一本終わるので、やめましょう』


「賢明です」


 再び笑いが起こったところで、画面に最近の最深到達記録が表示された。118階、121階、123階、125階、127階、129階、そして131階。


「でも、日本勢が出遅れたのは間違いないよね」


『はい。それは事実です』


「装備を借りれば、すぐ追いつける?」


『そう簡単ではないと見られています。先行組はすでに何度も実戦投入していますから』


「使って、失敗して、帰って、直して、また潜ってる。もう装備だけじゃなく、その装備を使った経験でも先行し始めてるわけだ」


『そういうことです』


「だったら急がないと――」


 出演者はそこまで言って、少し考えた。


「……いや。急ぐかどうかも本人たちが決めるんだったね」


『そういうことです』


「じゃあ言い直そう。行きたいなら、急いだ方がいい。出遅れた。でも、扉は閉じてない。だったら後は本人たち次第だね」


『では、本日の結論』


 画面が切り替わり、大きな文字が表示された。


『呼ばれなかったなら、自分から行けばいい』


「雑!」


『分かりやすいでしょう?』


「まあ……間違ってはいない」


     ◇


 番組が終わるより早く、その一部を切り抜いた動画がネット上を駆け巡った。


 特に拡散されたのは、深層装備の性能でも、500階までのドロップ装備が存在するという話でもない。


『日本人だから貸さないという規則――ありません』

『真神氏が日本人への貸与を拒否――していません』

『じゃあ、なんでゼロなの?』

『呼ばれなかったから』


 その部分だった。


『日本だけハブられたってマジ?』

『違う。ハブられたんじゃなくて呼ばれなかった』

『違いが分からんw』

『制度として排除されてないってことだろ』

『真神本人も拒否してない』

『じゃあなんでゼロなんだよ』

『だから呼ばれなかった』

『悲しい』

『一番つらいやつw』

『でも今から参加できるんだろ?』

『できるらしい』

『じゃあ行けばいいじゃん』

『それが今日のネット番組の結論w』

『雑だけど正論』


 そこへ別の話題が混ざり始める。


『ていうか200階装備ってなんだよ』

『今の世界記録131階なんですが』

『未来の装備持って攻略してるようなもん?』

『500階まであるらしいぞ』

『は?』

『六甲500、堺東450、ハワイ480』

『それ全部どこにあったんだよ』

『真神のマジックボックス』

『研究者「異鉱物で新装備作るぞ!」』

『真神「あ、そういや完成品いっぱい持ってた」』

『やめろw』

『灯台下暗しにも程がある』

『世界トップ「この槍すげえ!」』

『真神「俺使わないからしまってた」』

『価値観が違いすぎる』

『マジックボックスが人類の倉庫になってて草』


 話題はさらにJHAへ飛び火した。


『ところでJHAが参加者決めなかったってマジ?』

『本人に任せたらしい』

『JHAが!?』

『そこ驚くところかよw』

『むしろ今日一番のニュースでは』

『学習したんだな……』

『遅いわ』

『遅くても学習しないよりいいだろ』

『ようやく普通になっただけでは?』

『その普通ができなくて世界最強逃したんだぞ』

『やめて差し上げろ』

『しかも藤堂さん今WHAだぞ』

『もっとやめて差し上げろ』

『深層装備を管理してるのもWHA』

『もうやめろw』


 好き勝手な言葉が飛び交う。批判する者もいれば、笑う者もいる。幸一郎がいまだ日本を恨み、日本人を遠ざけているのだと主張する者もいたが、そのたびに異鉱物の研究提供や六甲山の採掘参加、そして本人が貸与を拒否していないという事実が返された。


 結局のところ、今回に限れば答えは一つしかない。


 最初に呼ばれなかった。


 それだけだった。


 やがて話題の中心は、過去ではなくこれからへ移っていく。


『日本のトップ勢、何人か評価希望するらしいぞ』

『行くのか』

『そりゃ行くだろ』

『今から追いつける?』

『知らん』

『先行組もう131階だぞ』

『だから何だよ』

『出遅れた=終わりじゃないだろ』

『装備合わなかったら?』

『別の探せばいい』

『それでも合わなかったら?』

『今までの装備で潜ればいいだろ。別に失うものなくね?』

『そう考えると行かない理由ないな』

『日本勢がんばれ』

『なんか普通に応援する流れになってて草』

『いいだろ別にw』


 そんなやり取りが続いている最中、新しい速報が飛び込んできた。


『世界最深到達記録更新――134階』


『また更新されたぞw』

『はえーよ!』

『日本勢まだ装備選んですらいないぞ』

『間に合うのか?』

『知らん』

『でも、もう動き始めたんだろ?』

『ならいいじゃん』


 それは少し前、ある男がトップハンターたちへ言った言葉と、よく似ていた。


 何が足りないのか分かったのなら、前より進んでいる。


 出遅れたことは消えない。最初の一歩を踏み出した者との差も、すぐには埋まらない。


 それでも――出遅れたことは、諦める理由にはならなかった。

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