第4章 第108話 試行錯誤‥でも先に進んでいる。
深層装備の選定が終わったからといって、翌日からそれを持ってダンジョンへ入れるわけではなかった。
WHAによる解析と安全確認。使用者ごとの適性確認。意思を持つ装備については、使用者との相性も記録しなければならない。さらに、それまで使っていた装備とは性能も特性も大きく異なるため、実戦投入前の訓練期間も必要になる。
幸一郎がマジックボックスから取り出したことで突然現れた大量の深層装備だったが、使う側にとっては、ここからが始まりだった。
そんな話をレイチェルたちがしている横で、幸一郎は少し考えていた。
「それ終わったらさ」
「はい?」
レイチェルが振り返る。
「一回、それで本気で攻略してきてもらったら?」
装備を確認していたハンターたちも幸一郎を見る。
「……本気で?」
「うん」
「どこまで行けと?」
「行けるところまで」
あまりにも簡単な答えだった。
一人のハンターが眉を寄せる。
「記録を狙えということか?」
「違う違う」
幸一郎はすぐに首を振った。
「記録とかどうでもいいよ。今までと同じ。危ないと思ったら帰ってくればいい」
「では、何のために?」
「自分に何が足りないのか、見てくるため」
その言葉に、何人かが黙った。
幸一郎は、先ほどまで彼らが試していた装備を見る。
「今までより強い武器持ったんだから、今まで倒せなかった奴も倒せるかもしれないだろ?」
「ああ」
「防具も強くなる。たぶん今までより先には行ける」
「そうだろうな」
「でも、それだけでずっと行けるわけじゃないと思うんだよ」
「なぜ?」
「知らない」
「…………」
「俺と君たちじゃ戦い方違うし」
幸一郎は平然と答えた。
「一人とパーティじゃ全然違うだろ? だから君たちがどこで止まるかなんて、俺には分かんないよ」
「では、分からないから実際に行け、と?」
「そう」
幸一郎は頷いた。
「一回、本気で攻略してみればいい。それで帰ってきたときに、なんでそこで帰ることになったのか考えれば、自分たちに何が足りないのか分かるだろ?」
武器かもしれない。
防具かもしれない。
使い手自身の技量かもしれない。
魔力や体力の管理かもしれない。
パーティの構成、補給、回復、情報、あるいはもっと別の何か。
幸一郎には分からない。
だから実際に行って確かめる。
「無理なら帰ってくればいいよ」
幸一郎は付け加えた。
「死ぬよりいいだろ?」
その言葉に反論するハンターはいなかった。
昨日、彼ら自身が幸一郎へ尋ねたことでもある。
100階程度で撤退している自分たちを、500階まで到達した幸一郎はどう思っているのか。
その答えは簡単だった。
帰れるところで帰ったのなら、それでいい。
今回も同じだった。
限界を越えろとは言わない。
帰れなくなるまで進めとも言わない。
ただ、今までより強い装備を手にした状態で、いつも通り本気で攻略してみる。
そして、次に自分たちを止めたものが何なのかを持ち帰る。
「……面白いな」
一人のハンターが呟いた。
「そう?」
「普通なら、この装備でどこまで行けるか試せと言われるところだ」
「それも同じじゃない?」
「少し違う」
男は笑った。
「俺たちがどこまで行けるかではなく、どこで帰ることになるのかを見てこい、と言っている」
「まあ、帰ってこないと次できないし」
「そういうところだよ」
「何が?」
幸一郎にはよく分からなかった。
◇
実戦投入までには、しばらく時間が必要だった。
解析と訓練を終えた装備から順に、WHAの管理下で貸与が始まった。
最初から全員が新しい装備へ交換したわけではない。自分の戦闘スタイルに合わせ、武器だけを変更する者もいれば、防具の一部だけを深層品へ置き換える者もいる。
幸一郎が持ち帰ったものを、そのまま身につければいいわけではなかった。
それぞれが、自分たちの戦い方へ組み込む必要がある。
そして準備を終えた一組のパーティが、実際の攻略へ入った。
結果は、すぐに現れた。
これまで慎重に対処していた敵を、以前より短い時間で倒せる。
武器が通る。
防具が耐える。
魔力を通した際の反応も、それまで使っていた装備とは比較にならない。
戦闘そのものに余裕が生まれた。
これまでなら100階を越えたあたりから慎重になり、撤退時期を考え始めていた。
それが、まだ進める。
110階。
120階。
さらにその先へ。
装備を変えただけで、今まで壁だった場所が壁ではなくなっていく。
だが――やがて別の問題が見え始めた。
新しい武器の性能を完全には制御できない。
戦闘時間が短くなった一方で、瞬間的に必要となる魔力の扱いが変わった。強力な攻撃を連続して使えば、これまでとは違う形で身体に負担が蓄積する。
そして、一人が強くなればそれで終わりでもなかった。
前衛の突破力が上がれば、後衛がそれまでと同じ速度で戦場を処理できるとは限らない。
敵を倒す速度が変わる。
進む速度が変わる。
休憩を取る場所が変わる。
必要な回復資源も変わる。
深くまで進めるようになれば、当然、帰還するために残しておかなければならない体力と物資も変わる。
従来の100階前後を前提として作られていた攻略計画そのものが、少しずつ現実と噛み合わなくなっていった。
「……行けるな」
まだ戦える。
まだ先へ進める。
以前なら、それだけで十分だった。
だが、パーティの一人が首を振った。
「いや。ここまでにしよう」
誰も反対しなかった。
戦えることと、安全に帰れることは違う。
彼らは、それを知っているからこそ世界の最前線で生き残ってきた。
新しい装備を得たからといって、その原則まで捨てる理由はなかった。
彼らは撤退した。
記録よりも、次にもう一度ここへ来るために。
◇
「どうだった?」
帰還したハンターたちを前に、幸一郎が尋ねた。
質問された男は少し考えた後、苦笑した。
「……足りないものだらけだった」
「だろ?」
「分かっていたのか?」
「いや?」
「…………」
「だから見てきてって言ったんだよ」
女性ハンターが額に手を当てた。
「あなた、本当にそういうところよね……」
「何が?」
「全部分かっていて試させたような顔をして、実は何も分かってなかったでしょう?」
「君たちのことなんだから、俺に分かるわけないだろ?」
「……それもそうね」
「でも、何が足りないかは分かったんだろ?」
その問いに、今度は全員が頷いた。
「まず、前衛と後衛の速度を合わせる必要がある」
「補給計画も作り直しだ。今までの攻略深度を前提にした量では足りない」
「回復役への負担も変わったわ。戦闘回数だけで計算できない」
「新しい装備の出力制御も必要だ。性能を出せることと、必要なときに必要なだけ出せることは別だった」
次々と問題が出てくる。
それを聞いて、幸一郎は頷いた。
「じゃあ次は、それ用意して行けばいいじゃん」
「……簡単に言うな」
「でも、分かったんだろ?」
「ああ」
「だったら前より進んでるじゃん」
男が黙った。
幸一郎は続ける。
「足りないもの用意して、また行く。それでも止まったら、今度は別の何かが足りないんだろ?」
「それをまた持ち帰る?」
「うん」
「そして、また埋める」
「そう」
あまりにも単純だった。
だが、それは幸一郎が八年間、一人でやり続けてきたことでもあった。
進む。
止まる。
足りないものを探す。
手に入れる。
試す。
そして、また進む。
ただし、今度は一人ではない。
ハンターが攻略の中で問題を見つける。
WHAが情報を集める。
研究者が調べる。
装備を作る者が改良する。
支援する者が補給計画を組み直す。
そしてハンターが、もう一度ダンジョンへ入る。
「……なるほどな」
一人が呟いた。
「装備をもらって終わりじゃないのか」
「そりゃそうだろ?」
幸一郎は首を傾げた。
「装備だけで500階まで行けるなら、俺も8年かかってないよ」
その一言で、何人かが黙った。
深層装備は、答えではなかった。
ただ、それまで見ることのできなかった次の問題を見るための力を与えてくれる。
100階という壁を越えたからこそ、その先に別の壁があることが分かった。
ならば、その壁を越える方法を考えればいい。
そして、また次の壁を見る。
「次は?」
女性ハンターが尋ねた。
「ん?」
「私たちは、次にどうすればいい?」
「俺に聞くの?」
「一応ね」
幸一郎は少し考えた。
「さっき自分たちで言ってたじゃん」
彼らが持ち帰った問題を指折り数える。
「装備に慣れる。パーティの動き合わせる。補給見直す。回復も考える」
「ええ」
「それやって、もう一回行けば?」
「それだけ?」
「それだけ」
「……やっぱり、あなたに先生は向いてないわね」
「やりたくないよ、そんなの」
女性ハンターが笑った。
「でも――」
手にしている槍へ視線を落とす。
「悪くない助言だったわ」
「そう?」
「ええ。次はもう少し先まで行けそう」
「じゃあ、行ってくればいいよ」
「もちろん帰れるところまで?」
「当たり前だろ」
幸一郎は何でもないことのように答えた。
「次があるんだから」
世界のダンジョン攻略は、それまで記録によって語られることが多かった。
誰が最も深くまで到達したのか。
どのパーティが何階まで進んだのか。
だが、この日から少しずつ別のものが積み上がり始めた。
どこまで進んだかではない。
なぜ、そこで止まったのか。
何が足りなかったのか。
次に進むためには、何が必要なのか。
攻略から持ち帰るものは、ドロップ品や素材だけではない。
自分たちを止めた理由もまた、次の攻略へ繋がる成果だった。
そしてそれは、一人で500階まで歩いた幸一郎には作れなかった、人類自身の攻略方法になろうとしていた。




