第4章 第107話 ハンター同士にしかわからない事がある
深層装備の選定は、想像していたものとは少し違う形で始まった。
「好きなの触ってみれば?」
幸一郎の一言である。
「……それだけか?」
「他にどうするの?」
「適性を調べる方法とかは?」
「触れば分かるよ」
「…………」
あまりにも大雑把だった。
だが、八年間にわたりダンジョンの深層を進み、その過程で数え切れないほどの装備を拾ってきた本人がそう言うのだから、今のところ他に方法もない。
レイチェルが補足する。
「ただし、本日の評価対象は先ほど説明した通り、200階までに取得されたものに限定します。また、真神さんから危険性を指摘された装備については、こちらから個別に制限します」
それぞれが頷き、並べられた装備へ向かった。
選ぶものは違う。剣を主武器とする者は剣へ。槍を得意とする者は槍へ。盾を用いる者は防具と盾を確認し、魔法を得意とする者は杖へ向かう。
世界トップクラスのハンターたちである。珍しいからという理由だけで、自分の戦闘スタイルとかけ離れた武器へ飛びつく者はいなかった。
一人の男が、一本の長剣の前で止まった。
「これを触っても?」
「それは大丈夫」
幸一郎の返事を聞き、男が柄を握る。
そして、すぐに手を離した。
「……なるほど」
「どうした?」
「説明しにくいな」
男は自分の手を見た。
「持てないわけじゃない。重くもない。何かされたわけでもない。ただ……」
もう一度、長剣を見る。
「嫌われている」
幸一郎が頷いた。
「ああ。それ拒絶されてるな」
「これが?」
「たぶん」
「剣に嫌われたのは初めてだ」
「相性悪いんだから仕方ないだろ」
「世界中の女に嫌われるより傷つくかもしれんな」
「知らないよ」
小さな笑いが起こった。
最初に誰かが拒絶されたことで、むしろ場の緊張が少しだけ薄れた。そして同時に、幸一郎の言っていたことが事実だと全員が理解した。
強ければ使えるわけではない。
世界ランキングが高ければ認められるわけでもない。
装備にも、使い手を選ぶものがある。
◇
「これは何も感じないな」
「じゃあ意思ないやつじゃない?」
「それはそれで分からないのか?」
「全部覚えてるわけないだろ」
「……そうだったな」
次々と装備が確認されていった。
意思を持たないもの。明確に拒絶するもの。触れること自体は許すが、装備すると妙な違和感を訴えるもの。
逆に、手にした瞬間から妙に馴染むものもあった。
「……これ」
一人の女性ハンターが、一本の槍を握ったまま呟いた。
「どうした?」
「軽い」
隣にいた者が首を傾げる。
「軽い?」
「重量じゃないわ。重さはある。でも……動かしたいところについてくる」
槍を軽く動かす。
幸一郎が近づき、彼女と槍を交互に見た。
「ああ、それ合ってるかも」
「分かるの?」
「そいつ、嫌がってないから」
「……それだけ?」
「大事だよ?」
本人が言うのなら、大事なのだろう。
「試してみてもいい?」
「いいけど、最初は抑えた方がいいよ」
「分かったわ」
施設内に設けられた試験区画へ移動し、十分な距離を確保する。いきなり全力など出さない。彼女もまた、世界の最前線で生き残ってきた人間である。正体の分からない武器を不用意に振り回すほど未熟ではなかった。
まずは魔力を使わず、重心や長さ、取り回しを確かめる。
「……使いやすい」
何度か基本動作を繰り返した後、彼女は頷いた。
続いて、ごく僅かな魔力を流す。
その瞬間、彼女の表情が変わった。
「待って」
「どうした?」
「反応が速すぎる」
槍を見つめながら、さらに魔力量を落とす。
普段なら武器へ流したところで、ほとんど意味のない程度。それでも槍は明確に応えた。
「いきなり振らない方がいいよ」
幸一郎が言った。
「なぜ?」
「思ってるより出るから」
「……先に言ってくれない?」
「今言っただろ?」
「そういうところよ」
彼女は小さく息を吐き、改めて構えた。
今度はさらに慎重に。
試験用の標的へ向けて突きを放つ。
だが、途中で動きを止めた。
「……駄目ね」
「何が?」
「武器が先に行く」
槍を握り直す。
「私が突いているはずなのに、途中から槍に引っ張られる。これ以上出力を上げたら、私の方が振り回されるわ」
幸一郎が頷いた。
「ああ。最初そんな感じになるよ」
「……あなたも?」
「なったよ」
「どれくらいで慣れたの?」
「さあ?」
「……さあ?」
「あの頃、毎日戦ってたから覚えてない」
「参考にならないわね……」
「使ってればそのうち慣れるよ」
「それも参考にならないわ」
「なんで?」
「あなたの『そのうち』が、私たちの『そのうち』と同じだと思えないもの」
「……そう?」
「そうよ」
彼女は呆れたように答えたが、槍を手放しはしなかった。
拒絶されているわけではない。
むしろ相性はいい。
問題は、使い手の側がまだ武器の性能についていけていないことだった。
◇
似たようなことは、その後も続いた。
大剣を手にした者は予想以上の反応速度に振り回され、盾を試した者は僅かな魔力で展開された防御能力に驚いて供給を止めた。
二本一組の剣に適性を示した者は、片方だけなら問題なく扱えたにもかかわらず、二本を同時に装備した途端に挙動が変わった。
「……なるほど。二本で一つというのは、こういう意味か」
「だから言っただろ?」
「片方だけなら普通の剣に近い。二本揃った途端に、互いに何かを補っている」
「そういうの、深いところだともっと増えるよ」
「これ以上か……」
男は両手の剣を見た後、評価対象から外された区画へ視線を向けた。
「これ、本当に全部200階までなんだな?」
「そうだよ」
「300階のものは混じっていない?」
「200階までって言っただろ?」
「…………」
幸一郎が先ほど言った言葉の意味を、彼らはようやく実感し始めていた。
――200階より先は、まだ早い。
世界トップクラスのハンターを相手にした言葉としては、あまりにも率直だった。
だが、200階までの装備ですら、この有様である。
「これで400階の装備なんて使ったら、どうなる?」
誰かが尋ねた。
幸一郎は少し考えた。
「物によるけど……下手したら、武器に使われるんじゃない?」
「冗談だろ?」
「いや?」
即答だった。
何人かの視線が、保管区画の奥へ向いた。
そこには今回の評価対象から外された深層装備がある。
さらにその奥には、誰も近づかなくなった一本の杖。
邪女神が残した500階のドロップ品。
「……200階まででいいな」
「ああ」
「俺も賛成だ」
誰からともなく意見が一致した。
◇
一通りの試験を終えたところで、短い休憩が入った。
幸一郎は壁際に用意されていた飲み物を一本取り、適当な椅子に腰を下ろした。
「真神」
「ん?」
声をかけてきたのは、最初に長剣から拒絶された男だった。
「一つ聞いていいか?」
「いいよ」
「お前は、こういう装備を拾うたびに同じことをやっていたのか?」
「同じこと?」
「使えるか確かめて、駄目なら別のものを探す」
「まあ、そんな感じ」
「一人で?」
「一人だったからな」
幸一郎は飲み物の蓋を開けた。
「拾ったら、とりあえず使ってみてた。合えば使うし、合わなかったらマジックボックス。今出してるのは、だいたい後者」
「……よく死ななかったな」
「何回か死にかけたよ」
「何回かで済んだのか?」
「数えてない」
「やっぱり参考にならんな」
「さっきも言われた」
少し離れた場所で槍を確認していた女性ハンターが振り返る。
「私よ」
「ほら」
「自慢するところじゃないわよ」
「してないって」
何人かが笑った。
世界で唯一、500階へ到達したハンター。
映像の中で見る幸一郎は、あまりにも自分たちとかけ離れていた。
だが、実際に話してみれば、少なくとも本人には自分を特別な存在として振る舞うつもりはないらしい。
「もう一ついいか?」
「まだあんの?」
「ある」
「じゃあどうぞ」
男は少しだけ表情を改めた。
「俺たちが、100階程度で止まっていることをどう思っている?」
先ほどまでより、僅かに空気が静かになった。
それは、この場にいる者の多くが聞きたかったことでもあった。
自分たちは世界トップクラスと呼ばれている。
それでも攻略深度は100階前後。
一方、目の前にいる男は500階まで到達している。
幸一郎は質問した男を見る。
「別に?」
「……別に?」
「帰れるところで帰ったんだろ?」
「まあ……そうだ」
「だったら、それでいいじゃん」
あまりにも簡単な答えだった。
「無理して死ぬよりいいだろ」
「だが、お前は進んだ」
「俺は帰るところがなかっただけだから」
幸一郎はそれ以上、詳しく説明しなかった。
だが、ここにいる者たちは彼の過去をまったく知らないわけではない。
「だから、俺と同じことする必要ないよ」
幸一郎は並んでいる装備へ視線を向けた。
「俺が拾ったもの使って、安全にもう少し先まで行けるなら、その方がいいだろ?」
女性ハンターが、手にした槍を見る。
「……それで、いつかあなたと同じところまで?」
「俺と同じじゃなくていいけど」
「では、あなたより先なら?」
「行けるなら行けば?」
「悔しくないの?」
「なんで?」
本当に分からないという顔だった。
「俺より先に行ける奴が出てきたら、俺が行かなくて済むじゃん」
「…………」
「楽でいいだろ?」
女性ハンターはしばらく幸一郎を見た後、小さく笑った。
「あなた、思っていたのと随分違うわね」
「どんなの想像してたの?」
「もっと近寄り難い怪物」
「ひどくない?」
「褒めているのよ」
「絶対違うだろ」
今度は先ほどより大きな笑いが起こった。
ほんの短い時間だった。
それでも、彼らと幸一郎の間にあった距離は、最初にこの部屋へ入ってきたときより少しだけ縮まっていた。
◇
休憩を終え、さらにいくつかの装備を試したころには、それぞれに候補が絞られ始めていた。
まだ貸与が決まったわけではない。性能の解析も必要になる。安全性も確認しなければならない。そして何より、使い手自身が装備に慣れる時間が必要だった。
「どうですか?」
レイチェルの問いに、一人のハンターが手にした剣を見下ろした。
「欲しい、と言えば簡単だが……今の俺じゃ、こいつの性能を半分も出せていないと思う」
「それでも使用を希望されますか?」
「ああ」
答えは早かった。
「だからこそ、使えるようになりたい」
他の者たちも、それぞれ手元の装備を見る。
幸一郎はその様子を少し離れた場所から眺めていた。
「なんか良さそうなのあった?」
「何本かな」
「じゃあよかった」
それだけだった。
自分が使わず、長い間マジックボックスの中で眠らせていた装備。それが誰かの手に渡り、再びダンジョンへ戻っていく。
幸一郎にとって、それを惜しむ理由はなかった。
「真神さん」
レイチェルが声をかける。
「正式な貸与については、こちらで条件を整えます。所有権は真神さんに残し、使用者への譲渡ではなく――」
「それなんだけどさ」
「はい?」
「ずっと貸すだけじゃなくて、あげてもいいんじゃない?」
レイチェルが黙った。
セルマも幸一郎を見る。
「……譲渡する、ということですか?」
「うん」
「無条件で、とは言いませんよね?」
「いや、今思ったんだけど」
幸一郎は少し考えながら続けた。
「六甲山で採掘してもらえばいいんじゃない?」
「採掘ですか?」
「ほら、あそこ今、異鉱物採れるだろ?」
「はい」
「研究に使うなら、これから結構な量が必要になるんだろ?」
レイチェルが頷いた。
「その可能性は高いでしょう。研究機関への供給も始まりますし、今後は試作段階での消費も増えると予想しています」
「だったら、この装備使って採掘にも行ってもらえばいいじゃん」
幸一郎はハンターたちの手にある武器を指した。
「ある程度持って帰ってきたら、その装備はその人のもの。それでよくない?」
今度はハンターたちが顔を見合わせた。
「対価として異鉱物を求める、ということでしょうか?」
「対価っていうか……どうせ俺、これ使わないし」
幸一郎は周囲に並ぶ装備を見た。
「六甲山は採掘する人が必要で、研究する人は材料が欲しい。それならちょうどいいだろ?」
幸一郎にとっては、それだけの話だった。
「研究だって、今日材料渡して、明日すごい装備ができるわけじゃないんだろ?」
「もちろんです。成果が実用装備として形になるまでには時間が必要です」
「だったら、それまでこれ使えばいいよ。その間に六甲山から材料持ってきてもらえば、研究も進むし」
レイチェルは、改めて並べられた装備とハンターたちを見た。
深層装備を貸与されたトップハンターが、それを使いこなすための訓練を重ねる。同時に六甲山の採掘へ参加し、異鉱物を持ち帰る。
回収された異鉱物は研究機関へ送られ、次の装備を作るために使われる。
一定の条件を満たした時点で、貸与されていた深層装備は使用者へ正式に譲渡する。
単純な交換ではない。
だが、仕組みとしては成立する。
「……悪くありません」
「だろ?」
「ただし、必要となる採掘量、採掘への参加期間、装備の取得階層や希少性については、個別に条件を設定する必要があります」
「その辺は任せる」
「意思を持つ装備や、複数で一組となる装備についても別途規定が必要ですね」
「それも任せる」
「真神さん」
「なに?」
「ほとんど私に任せていますね」
「俺、そういう契約とか分かんないし」
「……でしょうね」
セルマが僅かに口元を緩めた。
「それにさ」
幸一郎が、ハンターたちの選んだ装備を見ながら続けた。
「別に、ずっとそれ使ってもらうつもりじゃないよ」
「……どういう意味だ?」
一人が尋ねた。
幸一郎は、その男が持っている剣を指した。
「そのうち、もっといいの作れるようになるだろ?」
「研究によって、という意味か?」
「うん。今はそれがすごい装備でも、そのうち普通になるんじゃない?」
誰もすぐには答えなかった。
現在の人類にとって、200階近辺で得られた装備は十分に規格外である。
今日初めて手にした世界トップクラスのハンターですら、その性能に振り回されている。
それを幸一郎は、いずれ普通になると言っている。
「そうなったら、次に行けばいい」
「次?」
幸一郎は、評価対象から外された区画へ目を向けた。
「もっと下で拾ったやつ」
300階。
400階。
さらに、その先。
今の彼らにはまだ早いと判断され、触れることすらしていない装備が、そこには残されている。
「200階のがいらなくなったら、300階のを試せばいい。300階のがいらなくなったら、その次」
「……それを繰り返すのか?」
「うん」
幸一郎は当然のように頷いた。
「その間に六甲山で材料採って、研究して、新しい装備作るんだろ? だったら、いつか俺が拾ったやつよりいいもの作れるようになるんじゃない?」
女性ハンターが槍を見つめた。
今の自分ですら満足に制御できない武器。
それを超えるものを、人間の手で作る。
今はまだ、随分と遠い話に思える。
だが、目の前の男は、それを当然の未来として話していた。
「それ繰り返してたら、そのうち俺の持ってるの、全部いらなくなるだろ?」
「…………」
「そうなれば一番いいじゃん」
「自分の装備まで?」
女性ハンターが尋ねた。
幸一郎は自分の攻略装備を見下ろした。
「これ?」
「ええ。それもいつか、私たちが作る装備に追い越されたら?」
「いいんじゃない?」
即答だった。
「その方が便利だろ」
「……本当に変な人ね、あなた」
「また?」
「今度は褒めているわ」
「さっきもそう言ってたよな?」
女性ハンターが笑う。
「今度は本当よ」
「信用できないなぁ……」
幸一郎も苦笑した。
レイチェルは、そのやり取りを挟んでから静かに口を開いた。
「分かりました。その方向で制度を検討します」
「頼む」
「ただし、今日選んだ装備をそのまま持ち帰れるわけではありません。解析と安全確認を終えたものからです」
「それでいいよ」
ハンターたちからも異論は出なかった。
むしろ、先ほどまで手にしていた装備を見る目が少し変わっていた。
それは、今の世界では最先端を遥かに越えた武器だった。
今の自分たちには、まともに性能を引き出すことすら難しい。
だが、永遠にそうである必要はない。
いつか、この武器を使いこなす。
いつか、この武器と同じ領域のものを自分たちで作る。
そして、いつかこの武器を古いものにする。
そのときには、さらに深い場所へ進めばいい。
幸一郎が八年間、一人で繰り返してきたことを。
今度は、ハンターと研究者たちが、それぞれの役割を担いながら繰り返していく。
拾ったものを使う。
その力で先へ進む。
そこで得たものを、次へ繋ぐ。
やがて、今あるものを必要としなくなる。
それは失われることではない。
前へ進んだということだった。
幸一郎が一人で登ってきた階段に、この日初めて、後から続く者たちの足が掛かった。




