第4章 第106話 選ばれた者たち
指定された場所へ到着した時点で、集められたハンターたちは、この会合が尋常なものではないことを察していた。
事前に知らされていたことは少ない。
非公式の装備評価であること。内容、場所、参加者について外部へ口外しないこと。そして、評価対象となる装備の所有者が真神幸一郎であること。
それだけだった。
だが、案内された施設で互いの顔を見れば、それ以上の説明がなくとも何かがあることは分かる。
誰もが名前を知っている。世界各地で最前線に立ち続けてきた、トップクラスのハンターばかりだった。
面識のある者もいれば、映像や記録でしか知らない者もいる。互いに短く挨拶を交わした後、一人が周囲を見回した。
「……随分と豪華な顔触れだな」
「そっちもな」
「何をやらされるか聞いているか?」
「装備の評価。それだけだ」
「俺も同じだ」
結局、それ以上の情報を持っている者はいなかった。
やがてWHA職員に案内され、一行は施設の奥へと進んだ。
そして、大きな扉が開いた。
最初に足を踏み入れた男が、その場で止まった。
「……なんだ、これは」
広い保管区画だった。
そこに、大量の武器と防具が並んでいた。
剣、槍、斧、弓、杖、盾。形状だけでは用途を判断できないものまで、管理番号を付けられた状態で整然と収められている。
数が多い。
だが、彼らが足を止めた理由は数だけではなかった。
一人が、近くのラックに置かれた剣を凝視する。
「……材質が分からない」
「こっちもだ」
「魔鉄じゃないな」
「ミスリルとも違う」
世界の最前線を知る者たちである。
当然、装備を見る目も一般のハンターとは違う。
だからこそ分かってしまう。
ここに並んでいるものは、自分たちが普段使っている装備とは違う。
しかも、それが一本や二本ではない。
「触れても?」
「説明の後にお願いします」
答えたのはレイチェルだった。
その傍らにはセルマがいる。そして少し離れた場所には、普段着姿の幸一郎が立っていた。
「全員揃いましたね」
レイチェルの声に、それまで装備へ向けられていた視線が集まる。
「本日は急な依頼にもかかわらず、お集まりいただきありがとうございます。事前にお伝えした通り、この場で知り得た情報については、当面の間、外部への公開を控えていただきます」
異論は出なかった。
「まず、ここにある装備について説明します」
レイチェルはラックへ視線を向けた。
「これらはすべて、真神さんがダンジョン攻略中に取得したドロップ品です。取得場所は六甲山、堺東、ハワイ。浅層で取得されたものもありますが、300階、400階以降で取得されたものも含まれています」
室内の空気が変わった。
「……400?」
「はい」
レイチェルは淡々と続けた。
「なお、現在ここに並んでいるものがすべてではありません。整理が終わっていない装備も相当数残っています」
何人かが、改めて広い保管区画を見渡した。
「……なぜ、こんなものが今まで出てこなかった?」
当然の疑問だった。
答えたのは幸一郎だった。
「使ってなかったから」
視線が一斉に集まる。
「使って……いなかった?」
「うん。俺には合わなかったやつだから」
一人のハンターが眉を寄せた。
「待ってくれ。それは性能が足りなかったという意味か?」
「違うよ」
幸一郎は即座に否定した。
「俺の戦い方に合わなかっただけ」
「戦い方……?」
「ああ、こういうこと」
幸一郎が軽く手を動かした。
次の瞬間、その姿が切り替わった。
先ほどまでの普段着は消え、代わりに身を包んでいたのは、三つのダンジョンを攻略する際に使用してきた装備だった。
室内から声が消えた。
見覚えがある。
六甲山で、堺東で、ハワイで。
映像を通して世界中の人間が目にしてきた、真神幸一郎の攻略装備。
だが、映像で見るのと、数メートル先に実物が存在するのとではまるで違う。
何より、ここにいるのは全員が一流のハンターだった。
目の前にある装備が、自分たちの使っているものとは根本的に違うことくらい、一目で理解できた。
「俺はこれが使いやすかったから使ってる」
幸一郎は自分の装備を軽く示し、それから周囲のラックへ目を向けた。
「大剣は使わないし、盾も使わない。槍も俺には合わなかった。だから使わなかっただけ」
一人のハンターが、幸一郎と並べられた装備を交互に見た。
「……では、ここにあるものは、あなたが今身につけている装備より劣っているわけではない?」
「全部は分かんないけど、そうだよ」
確認するようにレイチェルへ視線が向けられた。
「少なくとも取得階層を基準とするならば、真神さんが現在使用している装備と同程度と考えられるものが複数確認されています」
何人かの顔色が変わった。
世界で唯一、三つのダンジョンを完全攻略した男。
その男が今も攻略に使用している装備と同じ領域で得られた武器や防具が、目の前に並んでいる。
ただ、本人の戦い方に合わなかったという理由だけで。
「今まで、これをどうしていた?」
「マジックボックスの中」
「ずっと?」
「ずっと」
「……使わずに?」
「使わないんだから仕方ないだろ」
あまりにも当然のように返され、質問した男が黙った。
別のハンターが、並べられた装備を見ながら呟く。
「これだけのものが、ずっと眠っていたのか……」
「まあ、肥やしにはなってたな」
「…………」
その程度の認識らしい。
レイチェルが話を引き取った。
「現状、このまま保管し続けることに意味があるとは考えていません。研究対象としての価値はもちろんありますが、それだけではなく、実際の攻略に使用できる可能性があります」
その言葉で、何人かの視線が再び装備へ向かった。
「WHAでは今後、これらの装備の一部について、適性のあるハンターへの貸与も検討しています」
「……貸与?」
「はい」
「これを?」
「使用可能であることが確認できれば、ですが」
レイチェルは、その場に集まった者たちを見渡した。
「私たちには、まだ分からないことが多すぎます。どの装備が、どのようなハンターに適しているのか。現在のトップハンターが扱えるものなのか。そして実戦において、どの程度の性能を発揮するのか」
一拍置いて、続ける。
「そのために、あなた方をお呼びしました」
ようやく全員が、自分たちがここに集められた理由を理解した。
見学するためではない。
自分たち自身が、この装備を評価するために呼ばれたのだ。
だが、そこで幸一郎が並べられた装備を眺めながら口を開いた。
「でも、最初は200階より下のやつは除外した方がいいかも」
レイチェルが振り返る。
「理由を伺っても?」
「その辺から、ちょっと変なのが増えるから」
「変なもの?」
「強いだけならいいんだけどさ。装備の性質そのものが変わってくるんだよ」
幸一郎は少し考えてから、集まったハンターたちを見る。
「今の君たちじゃ、まだついてこれない構成の装備もある」
何人かの表情が動いた。
この場にいるのは、世界でも指折りのハンターたちである。
その彼らを前にしての言葉だった。
だが、反発する者はいなかった。
現在の世界記録と、目の前の男が到達した深度。
その差を、彼ら自身が誰より理解している。
「構成、というのは?」
「装備一個だけ強くても駄目なやつ」
幸一郎がラックの一角を指した。
「たとえば、あれ」
そこにはよく似た二本の剣が、一組として固定されていた。
「二刀流専用。二本揃って一つの装備」
「片方だけでは使えないのか?」
「武器として振るくらいならできる。でも本来の性能は出ないよ。能力がほとんど動かなくなるやつもある」
別の場所には、左右で微妙に形状の異なる二本の斧が置かれている。
「あっちは二斧専用。あれも同じ。左右揃って初めてまともに機能する」
「二つで一つ……」
「他にも武器と防具を組み合わせるやつとか、特定の装備同士で能力が繋がるやつとか。深くなると、そういうのが増えてくる」
幸一郎は自分の攻略装備を軽く叩いた。
「だから、強そうなの一個だけ持っていけばいいって感じじゃなくなってくるんだよ」
「なるほど……」
「それに出力が高すぎるのもある。今の装備からいきなり替えたら、たぶん武器に振り回されるよ」
一人のハンターが苦笑した。
「俺たちでもか?」
「うん」
幸一郎はあっさり頷いた。
「だから、まず200階まででいいんじゃない? それで慣れてから先を考えれば」
レイチェルは少し考えた後、頷いた。
「分かりました。では当面、200階までに取得された装備を評価対象とします。それより深い階層のものについては、研究と解析を優先しましょう」
「その方がいいと思う」
世界トップクラスのハンターを集めてなお、200階より先はまだ早い。
その事実に複雑な表情を浮かべる者はいたが、異論を唱える者はいなかった。
「ああ、あと」
「……まだあるのか?」
先ほど質問した男が思わず口にした。
「あるよ」
幸一郎は平然と答える。
「意思がある装備も混じってるから」
「……意思?」
「武器とか防具自体に、意思があるやつ」
幸一郎は何でもないことのように頷いた。
「持ったときとか、装備しようとしたときに拒絶されてる感じがしたら、無理しない方がいいよ。その装備に認められてないってことだから」
「拒絶されると、どうなる?」
「物による。性能が出ないやつもあるし、まともに動かせなくなるやつもある。無理に使おうとすると危ないのもあったと思う」
「……それは触れば分かるものなのか?」
「分かると思う」
「どうやって?」
「嫌がってる感じがする」
「…………」
「そこは触れば分かるって」
感覚的すぎる説明だった。
だが、幸一郎自身はそれで八年間装備を選び続けてきたのだろう。
そのとき、一人のハンターが部屋の奥へ目を向けた。
他の装備から少し離れた場所。
そこに、一本の杖が置かれていた。
見たことのない意匠だった。材質も分からない。ただ、離れた場所から見ているだけなのに、そこだけ空気が違うような、理由の分からない不快感がある。
「……あれは?」
幸一郎もそちらを見た。
「ああ、それか」
「何階のドロップだ?」
「500階」
一瞬、誰も反応しなかった。
「……500?」
「うん。六甲山の一番下」
「待て」
別のハンターが杖を見る。
「500階ということは……」
「邪女神が落としたやつ」
今度こそ、室内から完全に声が消えた。
六甲山ダンジョン500階。
八年をかけてそこへ到達した幸一郎が、最後に戦った存在――《邪女神》。
その最終試練を越えたことで、六甲山ダンジョンは完全攻略された。
目の前にあるのは、その邪女神が残したドロップ品だった。
「……最終ボスのドロップ?」
「そう」
「なぜ使っていない?」
「杖だから」
「…………」
「俺、杖使わないし」
それだけだった。
一人のハンターが、恐る恐る杖へ近づいた。
「……触ってもいいか?」
「別にいいよ」
男が手を伸ばしかける。
「でも、それはやめといた方がいいと思う」
手が止まった。
「……なぜ?」
「そいつ、意思あるから」
男の手が少し下がった。
「さっき言っていたものか?」
「うん。しかも、かなり強い」
手が完全に引っ込んだ。
「先に言え」
「触っていいかって聞いたから、いいって答えただけだろ」
「危険かどうかも一緒に教えてくれ」
「だから今教えたじゃん」
「……そうだな」
納得しきれない顔だったが、それ以上杖へ近づこうとはしなかった。
別のハンターが尋ねる。
「真神。あなたは、その杖に拒絶されなかったのか?」
「俺?」
幸一郎は杖を見た。
「されてないよ」
「……使っていないのに?」
「使わないのと、認められないのは別だろ?」
「つまり、あなたなら使える?」
「使えるよ」
「それでも使わなかった?」
「だから杖使わないんだって」
「…………」
彼らは、ようやく理解し始めていた。
ここに並んでいる装備は、真神幸一郎が使えなかったものではない。
性能が足りず、捨てられたものでもない。
彼自身の戦い方に合わず、選ばれなかったもの。
中には二つ揃わなければ真価を発揮しないものがあり、使い手を選ぶものがあり、今の彼らにはまだ扱わせるべきではないと幸一郎自身が判断するものもある。
そして、その最も極端なものの一つとして、500階の最終試練が残した杖まで存在していた。
「では、始めましょう」
レイチェルの声が、静まり返った室内に響いた。
「本日の対象は、200階までに取得された装備に限定します。その中から、まず皆さん自身に扱えるものがあるかを確認していただきます」
ハンターたちが、改めて装備群を見る。
先ほどまでとは、明らかに違う目で。
最も強い武器を選べばいいわけではない。
自分の戦い方に合うのか。
装備の能力を引き出せるのか。
そして、意思を持つものであれば――自分が使い手として認められるのか。
世界でも指折りのハンターたちによる、深層装備の選定が始まった。
その様子を、評価対象から外された邪女神の杖だけが、部屋の奥で静かに見つめていた。




