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第4章 第105話 秘蔵の正体

 数日後。


 六甲山ダンジョンが《異鉱物資源庫》へ移行したことで生じた騒ぎも、ようやく最初の山を越えつつあった。


 もちろん、落ち着いたという意味ではない。WHAには世界各国の研究機関から資源提供に関する問い合わせが届き続け、六甲山での採掘を希望するハンターや組織への対応も始まっている。ただ、少なくとも何もかもを同時に処理しなければならなかった最初の数日と比べれば、レイチェルにも通常の業務へ目を向ける余裕が戻り始めていた。


 そんな中、セルマとの定期連絡が行われていた。


 幸一郎の様子や今後の予定、六甲山を巡る動きなど、いくつかの確認事項が順番に処理されていく。そして一通りの報告が終わったところで、セルマが口を開いた。


「アシュフォード会長。もう一点、ご報告があります」


『何でしょう』


「先日、幸一郎さんと釣りに行った際に出た話なのですが」


 画面の向こうで、レイチェルの眉がわずかに動いた。


『……真神さんが、何か思い出したのですか?』


「はい」


「なんでその聞き方なの?」


 近くにいた幸一郎が口を挟んだが、二人とも取り合わなかった。


「幸一郎さんが過去に攻略されたダンジョンで取得したドロップ装備が、現在もマジックボックス内に保管されているそうです」


『ドロップ装備?』


「はい。武器、防具、その他の装備品とのことです」


『数量は?』


「本人も把握されていません」


『……真神さん』


「ん?」


『どの程度ありますか?』


「分かんない。数えてないから」


『取得したダンジョンは?』


「六甲山と、堺東と、ハワイ」


 短い沈黙があった。


『三か所とも?』


「うん」


『取得階層は覚えていますか?』


「全部は無理だなぁ」


『最も深いもので、どの程度でしょう』


「最後まであると思うよ」


 今度の沈黙は、少し長かった。


『……三か所ともですか?』


「三か所とも。六甲山が500階、堺東が450階、ハワイが480階」


 レイチェルは、しばらく何も言わなかった。


「レイチェルさん?」


『聞こえています』


「ならいいけど」


『なぜ、今までその話をされなかったのですか?』


「使ってなかったから」


『…………』


「俺に合わなかったやつをマジックボックスに放り込んで、そのままにしてただけだよ」


『性能が低かったわけではないのですね?』


「いや。強いのもあると思う。俺には合わなかっただけだから」


 レイチェルは小さく息を吐いた。


『分かりました。まず現物を確認しましょう』


「全部?」


『全部です』


「結構あると思うよ?」


『だからこそです』


     ◇


 WHAが用意したのは、研究施設に併設された大型の保管区画だった。


 十分な広さがあり、搬入した装備を分類するためのラックや作業台も準備されている。研究担当者だけでなく、装備品の管理を担当する職員も呼ばれていた。


 幸一郎が何を、どれだけ持っているのか分からない。


 そのため、かなり余裕を持って場所を確保したつもりだった。


「じゃあ、出せばいい?」


「お願いします」


「何から?」


「可能であれば、種類ごとに分けていただけると助かります」


「じゃあ……剣からかな」


 幸一郎がマジックボックスから一本目の剣を取り出した。


 続いて二本目。


 三本目。


 長さも形状も異なる剣が、次々と作業台へ置かれていく。担当者たちは一本ずつ管理番号を付け、材質や重量、形状、取得場所について記録していった。


「これは?」


「六甲山だったかな」


「取得階層は覚えていらっしゃいますか?」


「それは結構浅かったと思う。100階より前じゃない?」


 担当者が記録する。


 次の一本が置かれた。


「こちらは?」


「六甲山。たぶん150階より後」


 さらに次。


「これは200階より深かったかな」


 記録する手が、わずかに遅くなった。


「……こちらは?」


「それは結構後だった気がする」


「具体的には?」


「300階は越えてたんじゃないかな」


 担当者が剣を扱う手つきを変えた。


 それまで未知の装備品として慎重に扱ってはいたが、今度は明らかに意識が違う。ゆっくりと作業台へ置き、改めて管理番号を確認する。


「これは、なぜ使用されなかったのですか?」


「俺には重心が合わなかった」


「性能に問題が?」


「ないよ。試したときは強かったと思う」


「…………」


「次、出していい?」


「少々お待ちください」


 記録方法が変更された。


 取得したダンジョンだけでなく、推定される取得階層も明確に区分して管理することになった。


 それからも剣は増え続けた。


 長剣、大剣、片刃のもの、見慣れない形状のもの。幸一郎自身が一度試して使わなくなったものもあれば、最初から自分の戦い方には合わないと判断したものもある。


「こちらは、かなり強い魔力反応があります」


「ああ、それ大剣だろ?」


「はい」


「俺、大剣使わないから」


「……試されていないのですか?」


「少しは試したと思うけど。大剣だし」


 担当者は黙って記録した。


 さらに何本かが並べられ、そのうちの一本を確認していたレイチェルが顔を上げた。


「真神さん。こちらは?」


「それはかなり深いところだったと思う」


「どの程度ですか?」


「400階は越えてたかな」


 保管区画の空気が変わった。


 現在、世界のトップハンターたちがようやく100階を越え、その先へ進み始めたところである。


 目の前に置かれているのは、その遥か先でダンジョンから得られた装備だった。


「……これも、使わなかったのですか?」


「うん。俺には合わなかった」


「性能が低かったからではなく?」


「だから、そうじゃないって」


 幸一郎は不思議そうに答えた。


「使う奴が使えば、かなり強いと思うよ」


 担当者たちの表情から、少しずつ余裕が消えていった。


 それでも幸一郎は、何でもないことのように次の剣を取り出していく。


 やがて、その手が止まった。


「剣はこんなもんかな」


 何人かが、わずかに安堵した。


「では、これで――」


「次、槍出す?」


「…………」


「斧もあるよ」


「…………」


「弓もあったな」


 返事がない。


「盾も出す?」


 レイチェルが額に指を当てた。


「……お願いします。一種類ずつ進めましょう」


「分かった」


     ◇


 保管区画のラックは、少しずつ埋まっていった。


 槍、斧、弓、杖、盾。そして防具。


 中には、幸一郎自身が用途を把握していないものまであった。


「これは何でしょう?」


「分かんない」


「……分からないのですか?」


「使い方がよく分からなかった」


「それで保管を?」


「捨てる必要ないだろ?」


「……それは、そうですが」


 間違ってはいない。


 間違ってはいないのだが、その返答を聞くたびに、担当者たちの顔色は悪くなっていった。


 そして、用意していたラックの半分以上が埋まったころだった。


「幸一郎さん」


「ん?」


 セルマが、並べられた装備を見渡した。


「これで全部ですか?」


「いや?」


「…………」


「今出したの、だいたい六甲山の分」


 沈黙が落ちた。


 レイチェルがゆっくりと幸一郎を見る。


「真神さん」


「うん?」


「まだ、堺東とハワイが残っているのですか?」


「あるよ」


 担当者の一人が無言で保管区画の残りを確認した。


「……この区画では足りません」


「そうなの?」


「足りません」


「じゃあ、どうする?」


「別の区画を追加で確保します」


「分かった。じゃあ今日はここまでにする?」


「そうしてください」


 幸一郎は素直に頷いた。


 その場にいた誰よりも平然としていた。


     ◇


 その日の確認作業だけでは、装備の正確な性能までは分からなかった。


 材質すら特定できないものがある。どのような特性を持ち、どれほどの出力に耐えられるのか。未知の効果を持つものについては、発動条件すら分からない。


 調べなければならないことはいくらでもあった。


 ただ、一つだけはっきりしたことがある。


 ここに並べられたものは、幸一郎が弱いと判断して捨てた装備ではない。


 幸一郎という一人のハンターの戦い方に、合わなかった装備だった。


 剣を使う者に槍は必要ない。身軽さを重視する者に重装甲は合わない。どれほど強力な盾であっても、盾を使わない者には選択肢にならない。


 しかし、それを必要とする者が使えば話は変わる。


 しかも、その中には300階、400階を越えた場所から持ち帰られたものまで存在していた。


 レイチェルは並べられた装備を眺めながら、しばらく考えていた。


「……研究者だけでは足りませんね」


「何が?」


「評価です」


 幸一郎が首を傾げる。


「材質や構造を調べることはできます。しかし、武器や防具としてどのような特性を持つのかは、実際に扱わなければ分からないものもあります」


「ああ」


「そして真神さんでは、評価にならないでしょう」


「なんで?」


「あなたが使わなかったものを評価するのですから」


「ああ、そっか」


 幸一郎はあっさり納得した。


「じゃあ、使える奴に見てもらえば?」


「私もそう考えています」


「ハンター呼ぶの?」


「何人か、信用できる方に声をかけます」


「じゃあ頼む」


「承知しました」


 幸一郎にとっては、それだけの話だった。


 だが、実際に声をかけるとなれば、誰でもいいわけではない。


 剣を専門とする者。槍を扱う者。盾を使う者。魔法を主軸とする者。遠距離戦を得意とする者。


 未知の深層装備を扱えるだけの能力と経験を持ち、なおかつ口が堅いことも必要になる。


 公式な評価試験にするつもりはなかった。


 WHAの国際事業でもなければ、各国へ参加者を募るものでもない。幸一郎が所有する私物について、その性能を確認するため、何人かのハンターへ協力を求める。


 ただそれだけの、非公式な集まりである。


 レイチェルとセルマは条件に合う候補者を絞り込んでいった。


 やがて、セルマが出来上がった一覧へ最後まで目を通す。


「こちらでよろしいでしょうか」


「ええ」


 レイチェルは短く答えた。


 それだけで、招待する者は決まった。


     ◇


 数日後。


 世界各地のごく限られたハンターのもとへ、WHAから個別に連絡が届いた。


 公表される予定はない。


 そこに記されていた内容も、極めて簡潔なものだった。


 非公開の装備評価に協力してほしい。


 内容、開催場所、参加者については外部へ口外しないこと。


 日時と場所の詳細については、参加の意思を確認した後に伝える。


 そして、評価対象となる装備の所有者として、一人の名前が記されていた。


 ――真神幸一郎。


 六甲山500階。


 堺東450階。


 ハワイ480階。


 三つのダンジョンを最深部まで踏破した男が所有する、未公開の装備。


 それ以上の説明は必要なかった。


 連絡を受けた者たちは、それぞれの場所で予定を確認した。


 そして――


 辞退する者は、一人もいなかった。

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