第1章 第11話 脈動
連絡手段の問題が片付いたところで、藤堂はようやく本題へ移った。
「それでは、真神さん。いくつか確認させてください」
「ああ」
「まず、我々が一番気になっていることから」
藤堂は手元の資料を開いた。
「真神さんは、どこからこの管理事務所へ入られました?」
「どこからって、普通に出口からだが」
藤堂の隣にいた職員が、僅かに姿勢を正した。
六甲山ダンジョンの出口には、一週間前から多数の報道陣が張り付いている。施設側も警備員を増員し、JHA職員を配置していた。監視カメラも当然、常時稼働している。
だが、そのどこにも幸一郎の姿はなかった。
「誰も、真神さんが出てきたところを見ていないんです。監視映像にも残っていません」
「ああ、それか」
幸一郎は納得したように頷いた。
「外に人が多かったからな。面倒だったんで、こうした」
その姿が消えた。
あまりにも唐突だったため、藤堂も隣の職員も一瞬反応できなかった。
先ほどまで幸一郎が座っていた椅子だけが残っている。
「イリュージョン」
声は正面から聞こえた。
数秒後、何もなかった空間に幸一郎の姿が戻った。
「これで通った」
藤堂は空になっていた椅子と幸一郎を交互に見た。
姿を隠す魔法自体は珍しくない。ただ、人間の目だけでなく監視設備にも一切捉えられず、あれだけの人数の中を通過できるとなれば、相当な精度だった。
「なるほど。別の出口があるわけではないんですね」
「少なくとも、俺は知らない」
「分かりました。それが確認できれば十分です」
藤堂はそれ以上、魔法について尋ねなかった。
次に取り出したのは、一枚のカードだった。
「こちらが、新しいハンターカードです」
幸一郎は差し出されたカードを受け取った。
八年前に持っていたものより随分と様変わりしていたが、記載されている内容は大きく変わらない。
氏名、登録番号、顔写真。
そしてランク。
幸一郎の目が、そこで止まった。
「……EX?」
「暫定ですが、現在の真神さんのランクです」
「こんなのあったか?」
「ありません」
「……ない?」
「先ほど決まりました」
幸一郎が顔を上げた。
「八年前の登録では、真神さんはFランクです。ただ、世界で初めてダンジョンを完全踏破した方をFランクのまま扱うわけにもいきません」
「別に俺は構わないぞ」
「我々が困ります」
即答だった。
幸一郎は数秒、藤堂を見ていた。
「……そうか」
「はい」
「なら、これでいい」
カードはあっさりとジャケットのポケットへ収められた。
この暫定措置を決めるため、JHA本部と未生物対策省では相当な数のやり取りが行われていた。それを本人が受け入れるまでに要した時間は、わずか数秒だった。
「EXはあくまで暫定です。正式な扱いについては、制度が整い次第ご連絡します」
「ああ」
藤堂はそこで資料を閉じた。
「こちらから確認したいことは、ひとまず以上です」
「じゃあ、帰っていいか?」
「もちろんです。ただ、その前に一つだけ」
幸一郎が藤堂を見る。
「今後の滞在先は、お決まりですか?」
「一応な」
「必要であれば、JHAで宿泊施設を手配できます。報道関係者に知られない場所も用意できますが」
「いや、いい」
「ご自宅へ戻られる予定でしょうか」
「そこには行かない」
返事は早かった。
藤堂は一瞬だけ間を置いた。
「では、どちらへ?」
「昔、世話になったところがある」
幸一郎はそれ以上を口にしなかった。
「場所を伺っても?」
「必要ないだろ。携帯も貰ったし」
ポケットの上から、先ほど渡されたスマートフォンを軽く叩く。
藤堂は少し考えた後、頷いた。
「分かりました。では、何かあれば必ず連絡してください」
「ああ」
「送迎は?」
「いらない」
幸一郎が立ち上がった。
藤堂も席を立つ。
「では改めまして――真神さん。ご帰還、おめでとうございます」
幸一郎は少しだけ藤堂を見た。
「……どうも」
それだけ答えて、応接室を出ていった。
職員が施設の裏口まで案内する。
外には、まだ報道陣が残っていた。
正面入口ほどではないものの、施設周辺を探るように何人かの記者が行き来している。
職員が外の様子を確認した。
「少し待っていただければ、車を裏まで回します」
「いや」
幸一郎は首を横に振った。
「これでいい」
姿が消えた。
「あ――」
職員が声を上げた時には、もう遅かった。
そこには誰もいない。
扉が開く。
そして、閉じた。
外にいた警備員が一瞬だけ扉の方を見たものの、特に何かを見つけた様子もなく、すぐに視線を戻した。
報告を受けた藤堂は、幸一郎を探すよう指示することもなかった。
「行かれましたか」
「はい。ですが、本当にこのままで?」
「本人が滞在先を教えたくないと言っているんです。仕方ないでしょう」
藤堂はそう答え、窓の外へ目を向けた。
報道陣は今も、世界初のダンジョン完全踏破者が姿を現す瞬間を待っている。
そのすぐ近くを、本人が二度も通り過ぎたことなど知る由もない。
藤堂は机の上に残された資料へ視線を戻した。
真神幸一郎。
八年間未帰還。
六甲山ダンジョン完全踏破。
そして、暫定EXランク。
帰還から数時間。
JHAが把握できたことは、まだそれだけだった。




