↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/136

第4章 第99話 因果

世間が8年前の出来事を掘り返し、真神幸一郎という人間がどこから来たのかを追いかけていた頃。当の本人は、そんな騒ぎとはほとんど関係のないところで、ようやく次のことを考え始めていた。


「セルマ」


「はい」


「そろそろ行こうか」


 端末を確認していたセルマが顔を上げた。


「どちらへでしょうか」


「ダンジョン。結構休んだし、そろそろ働こうかなって」


「休暇期間はすでに終了していますので、問題ありません」


「あ、終わってたんだ」


「はい」


「知らなかった」


「特に攻略を希望されませんでしたので」


「そっか」


 幸一郎にとっては、それで済む話だった。


 彼が休んでいる間にも、世界のダンジョン攻略は進んでいる。魔鉄やミスリルを用いた研究は各国へ広がり、試作装備は研究室から実戦へ移り始めた。その最初の大きな成果が110Fだった。


 従来の世界最深記録を10階層更新した攻略隊は、そこで無理をせず撤退した。死者も重傷者もなく、それまでと同じ安全基準を維持したまま、撤退地点そのものを10階層先へ押し進めた。


 幸一郎が望んでいた結果だった。


 自分が持ち帰った異鉱物を誰かが調べる。それを使って装備を作る。その装備を使った別の誰かが、今までより深い場所へ進む。


 まだ小さな一歩ではある。それでも、自分一人ではない形でダンジョン攻略が前へ進み始めている。


 一方で、研究規模が拡大すれば新しい問題も生まれる。


 材料だった。


 現在、研究に使われている異鉱物の多くは幸一郎が8年間の攻略で持ち帰ったものを起点としている。いずれ他のハンターたちが十分な深度へ到達すれば、自分たちで異鉱物を持ち帰れるようになる。そこまで到達すれば、研究から装備へ、装備から攻略へ、攻略から新たな素材へという循環が自力で回り始める。


 だが、まだそこまでは届いていない。


「次は異鉱物取りに行こうと思うんだけど」


「新たな試料を採取されるということでしょうか」


「それでもいいんだけどさ」


 幸一郎は少し考えた。


「《資源庫》使えないかな」


 セルマの視線が幸一郎へ向く。


「《異鉱物》を選択するおつもりですか?」


「うん。ハワイで石油選んだら、結構出たんだろ?」


「年間600万バレルです」


「それがどのくらいなのかは、今でもよく分かんないけど」


「少なくとも、小規模とは申し上げられません」


「だったら《異鉱物》選んでも、それなりに出るんじゃない?」


 保証はなかった。


 これまで幸一郎が完全攻略した六甲山、堺東、ハワイでは、いずれも《資源庫》の選択肢が現れている。しかし確認されているのは3例だけであり、完全攻略されたダンジョンには必ず現れる機能なのか、それとも別の条件が存在するのかは分かっていない。


 さらに、《異鉱物》を選択した場合に何が起きるのかも未知数だった。魔鉄だけなのか。ミスリルまで得られるのか。それ以上の異鉱物も対象になるのか。量も、供給方法も分からない。


 それでも、試す価値はあった。


「でしたら、次の攻略対象をその条件で選定しますか?」


「うん……」


 答えかけた幸一郎が止まった。


「…………」


「真神さん?」


「いや、待って」


 何かを思い出すように視線を上げる。


「六甲山って、まだそのままだよな?」


「はい。完全攻略後の待機状態が維持されています」


「《資源庫》も選んでない」


「はい」


「じゃあ、新しいところ行かなくてもいいんじゃない?」


 セルマも数秒黙った。


 六甲山ダンジョン。


 幸一郎が8年間を過ごし、500Fまで到達して完全攻略した場所。そして完全攻略時に《資源庫》の選択肢が現れながら、何も選択されないまま残されているダンジョンだった。


 次のダンジョンを完全攻略して《資源庫》が出現するか確かめる必要すらない。


 すでに一つ、選択可能な場所が存在している。


「……確かに、六甲山であれば《資源庫》が出現するかどうかを検証する必要はありません」


「だよな」


「ですが、日本国内のダンジョンです」


「うん」


「真神さんが完全攻略者であることと、その後の利用について自由に決定できることは別問題になります」


「だよなあ」


 幸一郎も、その程度は理解していた。


 ハワイでも《資源庫》の選択肢が現れたからといって、勝手に石油を選んだわけではない。アメリカ側と協議し、その利用方法と利益配分を決めた上で選択している。


 六甲山でも同じだった。


 ただ、今回は最初から目的が決まっている。


「じゃあさ」


「はい」


「六甲山、買えない?」


「…………」


「ダンジョンを、ですか?」


「うん」


 セルマはすぐには答えなかった。


「土地そのものの所有権を取得する、という意味でしょうか」


「別に土地はいらないよ」


「では?」


「俺がクリアした後のやつを、WHAで好きに使えるようにできればそれでいい」


 幸一郎が求めているのは、六甲山そのものではなかった。


 必要なのは、《資源庫》を選択し、その後に得られる資源をWHAが継続的に研究へ回せる環境だった。


「買えないなら借りてもいいし。管理する権利とか、そういうのでいいんじゃない?」


「日本側との協議が必要になります」


「じゃあ聞いてみよう」


「……随分簡単に仰いますね」


「聞くだけならタダだろ?」


「交渉を行う側は、そうとも限りませんが」


「あ」


 幸一郎が少し考える。


「レイチェルさん、忙しいかな」


「確認いたします」


     ◇


『六甲山を?』


「うん」


 画面の向こうで、レイチェル・アシュフォードが幸一郎を見ていた。


『買いたい、と』


「買えない?」


『まず、何を取得するかを整理する必要があります。土地そのもの、ダンジョンの管理権、攻略権、内部資源の利用権。それぞれ法的な扱いが異なります』


「俺は《資源庫》使えれば何でもいいよ」


『《異鉱物》ですね』


「うん」


 そこでレイチェルは少し黙った。


 現在の異鉱物研究が抱えている問題は、彼女も把握している。幸一郎が提供した素材を起点として研究は急速に進んでいるが、それは同時に供給源が一人のハンターに依存しているということでもある。


 六甲山で《異鉱物》を選択した場合、何が得られるかは分からない。


 だが、《資源庫》そのものが存在することは確認されている。


『理には適っていますね』


「だろ?」


『ただし、日本側との交渉で《資源庫》について説明するつもりはありません』


「言わなくていいの?」


『なぜ買い手が、交渉前に商品の未知の価値を売り手へ説明する必要があるのですか?』


「……ああ」


 幸一郎は納得した。


「そりゃそうか」


『もちろん、虚偽の説明をするつもりもありません。WHAの今後の活動に必要であるため、六甲山ダンジョンの権利取得を希望する。それで十分です』


「向こうが理由聞いてきたら?」


『開示できる範囲で回答します』


「レイチェルさん」


『はい』


「今、ちょっと悪い顔してない?」


『気のせいです』


 即答だった。


 横で聞いていたセルマは何も言わなかった。


『それより、ちょうどいい機会ですね』


「何が?」


『こちらにも、適任者がいます』


     ◇


 WHA東アジア統合支部。


 正式発足から、まだそれほど時間は経っていない。


 その支部長室で、藤堂剛は複数の資料に目を通していた。


 つい先日までJHA大阪支部長だった男が、今ではWHAの東アジア地域を統括する立場にいる。


 組織が変われば、見る資料も変わる。日本国内だけではなく、東アジア各国のダンジョン状況、ハンターの移動、研究機関との連携、各国政府との調整案件。それらを把握するだけでも相応の時間が必要だった。


 卓上の端末が鳴った。


 表示された名前を確認し、藤堂は通信を開く。


「藤堂です」


『お疲れさまです、藤堂支部長』


「会長。お疲れさまです」


 レイチェルだった。


『早速ですが、一つお願いしたい仕事ができました』


「伺います」


『日本政府との交渉です』


 藤堂の眉がわずかに動いた。


「内容は?」


『WHAとして、一つのダンジョンについて権利取得の可能性を探ります。所有権そのものに限定する必要はありません。長期管理権、利用権、その他、日本の法制度上可能な形を調査してください』


「承知しました。対象は?」


 レイチェルは一拍だけ置いた。


『六甲山ダンジョンです』


「…………」


 藤堂は黙った。


 聞き間違えるはずのない名前だった。


 真神幸一郎が8年間を過ごした場所。


 そして、彼が地上へ帰還した場所。


「理由を伺っても?」


『真神さんからの希望です』


「……なるほど」


 それだけで、藤堂の表情が仕事のものへ戻った。


『詳細については、この後資料を送ります。ただし《資源庫》に関する情報は非公開情報として扱ってください。日本側との交渉においても、こちらから開示する必要はありません』


「承知しました」


『まずは、日本の法制度上どこまで可能なのかを確認してください。正式な打診は、その後です』


「分かりました」


 藤堂はそこで一度言葉を切った。


「会長」


『何でしょう』


「私が担当してよろしいのですか?」


『東アジア統合支部長に、日本国内の案件を担当していただくことに何か問題が?』


「……ありません」


『それに』


 画面の向こうで、レイチェルの口元がほんの少しだけ上がった。


『六甲山と真神さんについて、私より詳しいでしょう?』


「それは否定できませんな」


『では、お願いします』


「承知しました」


 通信が切れた。


 藤堂はしばらく画面を見た後、椅子へ深く身体を預けた。


「……初仕事が、六甲山か」


 思わず小さく笑う。


 JHA大阪支部長として、真神幸一郎を迎えた場所。


 その後、彼はJHAを離れた。


 自分もJHAを離れた。


 そして今度はWHA東アジア統合支部長として、その六甲山について日本政府と交渉することになる。


 随分と妙な巡り合わせだった。


 だが、仕事は仕事である。


 藤堂はすぐに端末を操作し、日本国内におけるダンジョンの法的扱いと、六甲山ダンジョンの管理主体に関する資料を呼び出した。


 同時に、レイチェルから新しい資料が届く。


 件名は簡潔だった。


『六甲山ダンジョン権利取得に関する検討』


 藤堂はそれを開いた。


 WHA東アジア統合支部長、藤堂剛。


 その最初の仕事が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。