とある商会長の独り言 最果ての村から逃れようとしたら吸血鬼に吸血されました
ニュートン商会は俺の祖父が立ち上げた、この国屈指の商会だ。
取引もこの国だけで無く世界各地に支店を持つ世界規模の商会だった。
従業員の数も千人を超えており、利益も順調に上げていた。
商会としては順風満帆だった。
会長としての俺の所には、世界各地からいろんな情報が集まってくる。俺はそれを取捨選択して王家に伝える、それが俺のもう一つの顔だった。
そう、王家の陰としての仕事だ。
多くの従業員は普通の従業員だったが、王家の陰を務める者も1割ほどいた。
最近王家からの依頼は最果ての地についてだった。
最果ての地に人を派遣してその情報を手に入れるように王子からは指示を受けていた。
しかし、最果ての地に派遣した者達が次々に行方不明になっていた。
王家としては最果ての地の領主になったアデラインを消してほしいという依頼だった。
「武器も碌に握れないアデラインを消すのなんて簡単だろう」
「エドワード様。あの生意気なアデラインを単に殺すだけでは嫌ですわ。あの生意気なアデラインを影達に襲わせて泣き叫ぶ様を記録してきてちょうだい」
横の聖女が言い出してくれたが、いや、聖女がそういう事を依頼してくるか?
「しかし、殿下。王家の陰の精鋭が既に3回も失敗していると聞いております。オーガスト様がいる限り難しいのでは無いですか」
俺は懸念事項を話した。
あの地にはこの国最強騎士のオーガストがいるのだ。
それも妹のアデラインを溺愛しているという。
「そうだ。憎たらしいことにオーガストが寝返ってくれたからな。あいつさえこちら側だったら、アデラインを消すなど簡単だったのだが」
王子が眉を顰めて話してくれたが、元々オーガストが妹を大切にしているのはこの国では有名なことだった。
オーガストは極端なシスコンなのだ。
少し妹が傷つけられただけで一つのダンションを灰燼と化した。
その妹を守るオーガストだけとはやり合いたくないというのが俺の本音だった。
そもそも奴は武のダンブリーズの跡取りだ。
王子はエイブラムに跡を継がせれば良いとかふざけた事を言っているが、エイブラムではあのダンブリーズ騎士団を率いるのは無理だ。
元々オーガストを味方に引きずり込むなんて不可能だと思っていたのだが、メリンダがその胸を使って魅了に成功したのからして奇跡だった。
あのシスコンのオーガストが妹からメリンダに乗り換えたのだ。
あり得ない僥倖だった。
俺には信じられなかったが、せっかくそのオーガストを味方に取り込んだのに、わざわざその目の前でこの世間知らずの王子がオーガストの妹の顔を蹴り飛ばすなどという愚かなことをするから、オーガストが正気に戻ったのだ。
諸悪の根源はこの王子と聖女だと俺が思っても不思議ではあるまい。
オーガストの前でその妹を傷つけるなんて自殺行為だ。
オーガストにその場で殺されなかっただけでも奇跡だった。
こいつらはそれを理解していないのか?
その上、武のダンブリーズと敵対したから、北の砦をノルデイン族に占拠されてしまったし、他国を牽制できる最強のダンブリーズ騎士団は南の辺境の地の最果ての地に引っ込んでしまったから、国境地帯がどこともにきな臭くなりつつある。
更には、凶作になって国として末期症状にあるのが理解できないのか?
陛下が病に倒れて今はこの王子が政を行っているが、この王子で国が保つのかは甚だ疑問だった。
本来は凶作なのだから国が一致団結して当たらねばなるまいのに、南のダンブリーズと争っていて良いのか?
まあ、俺は命じられたことをやるだけだが……
しかし、やり遂げる自信はなかった。
案の定、他からも応援を得て行った襲撃は失敗したようだった。
ジョージからは攻撃部隊の全滅の報が入ってきた。
その後に情報を得るために潜らせようとした陰が次々に消息を絶ってくれて、俺は途方に暮れてしまった。
そんな時だ。最果ての地の村が収穫祭をやるのでいらっしゃらないかとジョージから誘いがあった。
敵地に乗り込むのは俺は気が引けたが、最果ての地のラストビレッジの村には昔親父に連れられて年に1回は行っていたことを思い出していた。
親父は村長とは親しげだった。
なんでも、昔王族が最果ての地に流されたことがあるのだとか。
その時からの付き合いだそうだ。
まあ、参加するだけなら問題なかろう。
俺は配下の者と一緒に祭りに参加してアデラインの悪い噂を流すことにしたのだ。
しかし、現地に着いてみると、アデラインとオーガストは領民達からもとても信頼されていた。
本来は二束三文の家畜の米を高値で買い取ってくれて、なおかつ、収穫が落ち込んで冬を越す食料が不足すると判った時に大量の米を分けてくれたのだ。
人気が悪いはずは無かった。
それに対して王家はアデラインを婚約破棄した悪徳王子と淫乱聖女が牛耳って悪政をひいており、せっかく領民のために作った米を自分たちの家畜の餌に徴発しようとしたどうしようもない王家と地に落ちていた。
「アデライン様は、聖女様が飢えた人を助けるのにお米を少しでも譲ってほしいとお願いされたのに、それを袖にして、金を持ってこいと法外な金額を請求されたと話題でございますよ」
何故かアデライン一人で兄のオーガストがいないので、俺は思い切って陰達が広めている噂話をしてみた。
「これはこれは不思議ですな」
その時、後ろから商売敵のバーモントが顔を出してくれた。
「お米の聖女アデライン様は聖女様の今までのアデライン様に対する酷い行いを謝罪しにこの地に来ればお米を渡しましょうとおっしゃられたにも関わらず、聖女様が頭を下げるなんて自分のプライドが許さないと拒否されたと聞いておりますが」
「な、何だと!」
その声に俺は思わず声をむ荒げたが、
「そうだ。アデライン様は俺達農民が飢えて困っていたら、お米をただで分けていただいた聖女様だ」
「法外な金を請求なんかされるものか」
「嘘をつくんじゃない、エセ商人」
「そうだ、聖女様の悪口をいうやつはここから帰れ」
「そうだ、さっさと帰れ」
散々だった。
これは失敗したなと俺はすぐに帰ることにした。
「ジョージ、世話になったな」
俺は部下のジョージに挨拶すると
「いえ、道中のご無事をお祈りしております」
ジョージの目が少し光ったのに俺は気付かなかった。
「あのう、会長、俺、死んだと思っていたトムとジェリーの顔を見たんですけど」
村から離れたところでシリルが心配そうに小さい声で報告してきた。
「何だと、そんな訳あるまい」
俺は首を振った。確かにジョージからはトムとジェリーは殺されたと聞いたのだ。
「いや、俺も見ました」
「私もです」
旅の同行者達も皆頷いてくれたんだがそんな馬鹿なことがあるのか?
「俺達の事を噂されましたか」
そんな俺の前にいきなりトムとジェリーが現れたのだ。
「な、何だ貴様等。生きていたのか?」
俺は目を見開いた。
「生きているというのは語弊がありますよ」
「そう、人間じゃ無くなりましたがね」
二人はそう言うとニコリと不気味に笑ってくれたのだ。
2人の口の中で牙が光るのが見えた。
俺は背筋が寒くなった。
「な、何だと」
俺は慌てて短剣を構えた。
その瞬間だ。
ブスリ!
後ろから首筋に何かが突き刺されたのを感じた。
「シリル!」
俺は振り返るとそこに長い牙を血まみれにしたシリルを見たのだった。
「き、貴様!」
俺は意識が遠くなった。
「さあ、会長、これで貴方も魔物の仲間入りですぜ」
皆の笑う声が聞こえたが、俺はもう何も出来ずに気を失ったのだ。








