お兄様視点 最果ての地へ向けての長い旅が始まりました
俺はアインを最果ての地の領主にするという書類を王子から分捕ると、直ちにアインを馬車に乗せて、王都の屋敷に帰った。
アインの血まみれの顔をハンカチで拭く。
そのハンカチは少し歪んだ字でオーガストと縫い付けられていた。
「お兄様。拙い出来ですけれどどうぞ」
昔、子供の頃、刺繍を習いだしたアインが初めて刺繍してくれたハンカチだった。
ずっと大事に持っていた俺の宝物だ。
俺はアインの血まみれの顔をハンカチで拭いながら、涙が溢れるのを停められなかった。
「アイン、すまない」
俺が不甲斐ないばかりに、また、アインを命の危機に陥らせてしまった。
あの時に絶対に二度と危険な目に逢わせないと心に決めたのに!
俺はデカパイの淫乱メリンダの魅了にかかってしまって、アインを危険な目に遭わせてしまった。
本当に忸怩たる思いだった。
俺が屋敷に到着すると屋敷の外は赤々と松明が灯り、騎士達が鎧を着て出陣準備をしていた。
俺の馬車が門から屋敷の中に入って、俺がアインを抱き上げて降りると、
「キャー、アデライン様! その傷はまさかオーガスト様がしたんですか?」
アインの専任侍女のセイラは俺を射殺しそうな視線で睨んでくれた。
騎士達も一斉に剣を抜こうとし出したんだが、ちょっと待て!
この公爵家の嫡男は俺だぞ!
確かに今までは魅了にかかって屋敷によりつかなかった俺が悪かったが……
「俺が愛しの妹のアインに手を上げる訳はないだろう!」
「今までは聖女に付かれていたではありませんか! アデライン様が毎日どれだけ辛い目に遭われていたことか!」
俺が反論したが、セイラの反論に一言も言い返せなかった。
「直ちにアインの治療をしてくれ!」
俺がそう言ってアインをセイラに渡すと
「ああ、お可哀想なアデライン様。オーガスト様が傍におられながらこのような傷を負わされるなんて、信じられませんね」
セイラの言うことはグザグサと俺の心の傷にナイフを突きつけてくれた。
「遅いお帰りで」
その俺にセバスが声をかけてくれた。
「アインがエドワードから婚約破棄されたのは聞いたな」
「王家も信じられませんな。何を考えているんだか。それと、アデライン様を最果ての地に追放されるとか」
「アインを最果ての地の領主にさせることにした」
俺はエドワードに無理矢理書かせた書類をセバスに見せた。
「なるほど、多少はましな状況になったという事ですな」
セバスは笑ってくれた。
「国境の騎士団を直ちに呼び戻せ」
「使者は既に立たせました」
「さすがだな。そのまま最果ての地に向かうように伝えてくれ」
「領地に帰らせないので?」
「アインをしばらく最果ての地で守る。騎士団も最果ての地にいた方が良かろう」
「王家相手に戦争でもされるおつもりですか?」
俺の言葉にセバスは驚いて俺を見た。
「まあ、それもいいかもしれんが、取りあえず様子見だな」
「エイブラム様が黙っておられるかどうか」
「ふんっ、文句を言う奴は言わせておけば良かろう。騎士団は奴の言うことなど聞きはせんがな」
俺は笑った。エイブラムは父の腹違いの兄で、父亡き後は俺までのつなぎで領主代理をしていたが、伯父が何を言おうと騎士団が聞く訳はなかった。
「しかし、国境からの撤退をよく王家は認めましたな」
「俺より先に指示を下したセバスがよく言うよ。認めるる訳はなかろう」
セバスの声に俺は呆れた。
「元々国境への我が騎士団の覇権はアデライン様とエドワード様の婚約の時の盟約でしたからな。そもそもアデライン様とエドワード様の婚約自体が前国王陛下たってのお願いでした。こちらにお願いしておきながら、勝手に破棄するなど許されることではございません」
「そうだな。約束を破ったのは王家だ。当然我が騎士団は撤退する。その道理がエドワードには理解していないと思うが」
俺達は当然の事をするだけだ。
元々父もこんな婚約を認める必要はなかったのだ。
暗黒竜が出た時も騎士団さえいれば父が死ぬこともなかったのだ。
そして、アインが危険にさらされることもなかっただろう。
「いつ、最果ての地に出立されますか?」
「アインの怪我の治療が済み次第すぐに立とうと思う」
俺はすぐにでもこの地を立ちたかった。
「また、急な話ですな」
「元々アインは最果ての地への追放だった。それを強引にその地の領主にしたのだ。エドワードがいつ聖女に言われて考えを変えるか判らん。考えを変える間も与えずに、最果ての地の領主にアインを据える」
俺はセバスに言い切った。
「王家が無理難題を申してきた時の為の戦力として騎士団を招集されるのですな」
「まあ、それもあるがな」
俺は少し笑った。
「出来れば先発隊の中にアインの世話をする侍女を数名付けてほしい」
「騎士はいりませんので?」
「俺がいるからな。アインは俺の馬車に乗せて俺が守る。王家の陰が来ようが古代竜が襲ってこようが、俺がいる限り問題はなかろう」
俺は自信をもって言えた。
「一緒にいてもアデライン様が大怪我を負われましたのに、どこからその自信が沸くのですか?」
「セバス、それは言うな。俺も聖女の魅了にかかっていたのだ。アインが大怪我を負わされるのを見てその魅了も解けた。もう安心だ。少なくともアインを抱いている限り俺が魅了にかかる心配はない」
そうだ。俺がアインから離れたのがそもそも間違いだったのだ。
「屋敷の他の者の移動の準備には少しかかります」
「それは仕方ないだろう。そこは任せる」
俺はセバスに任せることにしたのだ。
公爵家の癒やし魔術師に治療されたアインが降りてきたのはそれから1時間後だった。
最初は自分がアインを守ると言い張ったセイラも、
「古代竜が襲ってきてもアインを守れるのか?」
俺の一言に黙ってしまった。
先発隊としてセバスとその指揮下にある陰が5名、それとセイラが付いてくることになった。
「お前が来ても大丈夫なのか?」
「後のことはアリスに任せました」
セバスは侍女長に後発隊の指揮を任せることにしたそうだ。
まあ、屋敷の騎士も全員後発隊に入るので護衛等の問題はないだろう。
「よし、では出発するぞ」
最果ての地への長い旅が始まったのだ。
ここまで読んで頂いて有難うございます。
王家の陰が黙っているのか?
続きをお楽しみに!








