土の章 第9話 はじまりと終わりの一撃
"Anima crystallus mentis est."
魂は精神の結晶
(本章)
薄暗い小屋のなかに、
じっとりと冷たい空気が満ちていた。
隙間だらけの木壁から、
ほんの少しだけ朝の太陽の光が差し込んでいるけれど、
部屋の隅々はまだ深い影に沈んでいる。
集まったのは、見上げるような大男たちだった。
分厚い胸板、丸太のような腕。
泥と獣の匂いを染み込ませた革の衣服をまとい、
無口にたたずむ姿は、
まるで映画のスクリーンから飛び出してきた戦士のようだ。
その中心で、腰を上げた一人の老人が、低く、
しゃがれた声で皆に告げる。
「さあ、みんな集まった。じょーちゃん、
はじめるよ。今日はみておけ」
「くれぐれも安全にな」
5歳の少女――あいは、
その異様な光景のなかで、じっと目を凝らしていた。
(ちょっと太陽が出てきてるけど、うすぐらいな……)
あいの目の前に引き出された動物は、
とても優しそうな、澄んだ目をしている。
(まじでこれ殺すの? 優しそうな目してるけど……)
(それにしても、なんだこのバカでかい男たちは。
映画の俳優でもこんなのいねえだろう)
圧倒的な体格の差。
人間というよりも、
別の生き物に見えるほどの威圧感。
(どっちが家畜だかわかんない。
やば、こんなのと戦ったら、
一撃でころされる。それにしても、
なんでこんな身分の差があるんだろ?)
おそるおそる、けれど持ち前の強い好奇心が、
あいの足をその場に留まらせていた。
ここで怯えて目をそらすわけにはいかない。
この世界の仕組みを、この目で探ってやるんだ。
次の瞬間、大男のひとりが静かに剣を振るった。
――シュッ。
鋭い風切り音のあと、
動物たちは声をあげることさえ許されず、
一撃でその場に倒れ伏していく。
一滴の無駄な血も流させないような、
完璧なまでの技術。
その鮮やかさに、
あいの小さな胸がドクンと跳ねた。
「じーちゃん?」
5歳のあいは、倒れた動物と、
剣を握る大男の手元を交互に見つめながら、
老人に問いかけた。
「これってどれくらいで、一撃必殺覚えられるの?」
老人は一瞬、意外そうに目を見張ったあと、
低く笑った。
「一撃必殺? あははは、必殺か……」
「そうじゃな。正確に一撃で息の根をとめるのは、
2年くらいかの。
まあ、それまでは失敗もあるが、
動物たちが暴れまわる、叫び続けることも覚悟しなきゃならん」
老人の目が、急に真剣な、深い色に変わる。
「まずは一撃で命を奪わねばならん。
これがはじまりじゃ。そして終わりでもある」
老人はあいの小さな体を上から下まで眺め、
その可能性を量るように頷いた。
「じょーちゃんは、
体つきもよいから出来るかもしらんな。
おまえさんのがんばりしだいでは」
「それでもなかなかにきつい仕事じゃ
。逃げ出すなよ。逃げ出してもわしは救えん。
じょーちゃんを救えるのは、ここで頑張る間だけだ」
「わかったか?」
大男たちの視線が、
一斉にちいさなあいへと注がれる。
小屋のなかの静寂が、いっそう重くのしかかる。
「…………」
あいは何も言わず、ただ、じっとその光景を見つめ返していた。




