土の章 第4話 生への渇望
重く、深く、容赦なく「土の国」の暗闇を叩きつける。
「だだだだだだっ!」
心臓を直接殴りつけるような重い旋律が、
あいの意識を「風」の虚無から、
このなまなましい現実へと引きずり戻した。
肺が焼けるように熱い。
喉の奥には、先ほど「風の国」で貪り喰った、
あの得体の知れないエネルギーの鉄錆びのような後味がこびりついている。
重力が、泥の塊となって全身にのしかかり、
あいは湿った冷たい床の上で激しく身悶えた。
けれど、何かが、決定的に狂っている。
自分の意思と肉体の連動が、
先ほどまでとは劇的に変わっているのだ。
今まで自分の魂を閉じ込めていた、
あの「短すぎる四肢」の窮屈さ、
自由のきかない幼い殻が、嘘のように消え去っていた。
あいは泥にまみれた震える手で、自分の体をなぞった。
「……っ!?」
指が、長い。節くれだっているが、
しなやかな筋力が宿っている。
2歳の幼児なら、
どれだけ手を伸ばしても届かなかったはずの自分の肩に、
今は指先が軽々と食い込んでいる。
さっきまでぶかぶかの麻袋のようだった襤褸が、
今は悲鳴を上げるように肌を締め付けていた。
「……みし、みしっ……バリッ!!」
成長した肉体に耐えきれず、
脇の下が食い込み、布が裂ける微かな音が暗闇に響く。
床に投げ出された自分の足。
その爪先の位置が、2歳児の記憶よりもずっと、ずっと遠い。
「……ああ。私はまだ、生きれるんだ。あの声に救われたんだ……!」
あいは立ち上がり、自分の重みを、
重心の変化を確かめるように踏みしめた。
筋肉が、細胞が、新たな形を得て脈打っている。
これは夢か。いや、夢であるはずがない。
この裂けた服の痛みも、内側から突き上げてくる熱量も、
すべてが残酷なほどに「リアル」だ。
あいは、かつて日本で読んだ、
あの劇聖の言葉を脳裏に響かせる。
「地獄は空っぽだ。悪魔どもは、みんなここにいるのだから!」
(シェイクスピア『テンペスト』より)
「そうよ、ここが地獄なら、私はその中で踊り狂ってやるわ。
退場なんてさせない。幕は、私がこの手で下ろすまで終わらないんだから!」
あいは、自分の再生を噛みしめるように、
肩を震わせて笑った。その笑い声は、
かつての弱々しい鳴き声ではなく、
獲物を仕留める前の獣のような、
鋭い響きを帯びていた。
……けれど。
その高揚を打ち砕くような、
冷徹な「殺気」が背後から突き刺さる。
余韻に浸っていたあいが、弾かれたように振り返る。
そこには、逆光の中に佇む、小汚い初老の男がいた。
欠けた鼻、節くれ立った手、
そして……すべてを「泥」として見做す、
あの獲物を解体する時と同じ、鋭く濁った眼光。
「……おい。お前、何をしてやがる」
男の低い声が、地を這うように響く。
変わり果てたあいの姿を。
ボロボロに裂けた服の間から、
到底「2歳」とは思えない、
引き締まった「5歳」の四肢を晒したあいの肉体を、
男はじりじりと舐めるように睨めつけていた。
男の手に握られた解体ナイフが、鈍い光を放つ。
あいのなかの「生存本能」が、激しく警鐘を鳴らした。




