風の章 第1話 風の洗礼と泥の誓い
"Anima crystallus mentis est."
魂は精神の結晶
「アエーーーア!!!」
その絶叫とともに、あいの体は重力を失った。
吹き荒れる暴力的な風が、
土にまみれた彼女の肉体を空へとさらい、
次元の壁をこじ開けていく。
(……あい、生きるんだ……!)
鼓膜を揺らすその声に導かれるように、
あいは視界の利かない
「風の国」へと放り出された。
景色など、何も見えない。
ただ、
ズン、ズン、ズン、ズンと
脳髄を揺らす重いビートが、
逃げ場のない嵐となって彼女を打ち据える。
目を開けることすら許さない猛烈な風が、
彼女の過去と絶望を削り取っていく。
不意に、目の前に「それ」が現れた。
形も、色も、名も分からない。
けれど、それはあいの生存本能に直接語りかけてくる。
(食らえ。生きるために、すべてを呑み込め。)
あいは、泥だらけの指で、
その実体なきエネルギーを掴み、
口へと運んだ。
無我夢中だった。
味など分からない。それが泥なのか、
光なのか、あるいは誰かの魂の一部なのかすら、
どうでもよかった。
「……食べなきゃ……生きるために、私は、食べなきゃいけないのよ!」
喉を通る熱い塊が
、氷ついていたあいの内臓を強制的に再起動させる。
曲のボルテージが上がり、
スネアの連打がダダダダッとあいの意識を加速させる。
空腹を満たすたびに、細胞の一つ一つが怒りのように脈打ち、
冷え切った血が火を噴くような熱量で体を巡り始めた。
(……自分の手で掴むんだ。明日を、世界を、あんたの人生を!)
アエーア――。
それは、魂が限界を超えて叫ぶ
「私はここに在る」という根源的な響き。
あるいは、吹き荒れる嵐そのものと一体化し、
運命をねじ伏せる者の咆哮。
再び響く、あの声。風に煽られ、
涙も鼻水も吹き飛んでいく中、あいは咆哮した。
「そうよ、私は……この残酷な世界で、生きていくんだ!!!」
その瞳に、シェイクスピアが遺したあの苛烈な覚悟が宿る。
「来い、恐ろしい運命よ! 我が魂は、
おまえに屈することはない!」
(『マクベス』第3幕第1場より)
その瞬間、身体の奥底から込み上げた熱い衝動が、
シンセサイザーの旋律がピークに達するのと同時に、
大気を震わせる衝撃波となった。
……気がつくと、風の咆哮は止んでいた。
耳の奥で、低音が心臓の鼓動と重なって残響している。
頬を打つのは、冷たく乾いた土の匂い。
あいは、元の「土の国」に、たった一人で立っていた。
けれど、先ほどまでの「生贄」としての少女は、
もうどこにもいない。
泥にまみれた小さな体には、
どんな権力者も、どんな神も跪かせるような、
気高い王の意思が宿っていた。
「……さあ、始めよう。ここが私の帝国になる場所よ。」




