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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
ナゴョミ

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1-8

 増築したのは近年(セゴナ基準)だし、掃除などの手入れもしているはずなのに、どうもこの区画の辛気臭さは独特だった。自分が女であれば、魔というものを通してまた別の視点があったのだろうか。


 最奥にある、『古書室』と書かれた室名札の部屋。


 礼儀としてノックをする。十秒経過。反応はなし。


 まあそもそも、ここに至る廊下を通った時点で鶯張よろしく、勝手に設置された、侵入者の存在を報せる魔が発動しているはず。フーマが訪れたのも分かっているだろう。ノックしたのも「無言で入るのも気が引ける」といった身勝手な正義感のもたらした都合でしかない。


 扉には鍵が閉められていなかった。魔で頑丈に封鎖されているでもない。ただただ自然のまま。普段は閉まっていて、開けられれば空間の隔てを解消する、それだけの仕事を額縁通りに行なっている。


 そして、扉を開放させた瞬間に飛び込んでくる、光。


「――――」


 分かってはいる。分かってはいるが。


 端正な輪郭。瞬きをした時に音がしないのが不思議なほど長いまつ毛。静かに揺蕩う、漆黒よりも光明を静かに啜る鉄紺色の髪。


 そんな意図は全くないのに、まるで魅了の魔を使用されたように眼を奪われる。強制的であるのに、どこか自分の意思で。危うくも甘い矛盾。


「よ、リィン。進展はどうだ」


 呪いを打ち破るように、ごく自然な風を装った軽い挨拶をした。


「名前を呼ばれる筋合いはないわ不良」


「…………」


 返答以前の予想通りの言葉。それでも肩をすくめるしかない。女はフーマを一瞥することすらなく、地べたに足を崩して座ったまま、スカートの上に置いた書物から目を離さない。


 ナゴョミ校指定の制服でこそないが、セゴナ人が連想する学生服に類する衣服は、墨で塗りつぶしたように真っ黒に染まっている。それがまた闇から滲み出たような強い印象を受ける。


「俺は同じ組の人間とは、全員名前呼びできるくらいの仲良しになりたくてね」


「許可したらず不快とすら思える行いするが生徒会長ならむや」


 セゴナの古語的反語表現で否定された。それがこの女の癖だった。


「そこは俺の生徒自治会長の在り方ってことで。親身に接近してくる上の立場ってのも必要なもんだ。少なくとも俺は、相談相手がふんぞり返ってたら、言えるもんも言いたくなくなる」


「あらそれは見当違いね。ここにふんぞり返ってなくても相談なんてしたくない人間がいるわ」


「んん? 俺の目にはリィンしか映ってないが? もしかして俺の認識を捻じ曲げる魔でも使っているのか?」


「安心して。ここには間違いなく吾しかいないわ」


 驚くことに、これでも会話が成立している分、今日のこの女は大分機嫌がいいのだった。


「それでなんの用かしら。汝の相手をするほど暇にさうらわず」


「日がな本読んでるのに?」


「叡智の結晶、いくら読んでも足りないぐらいだわ。そろそろ時間を操作する魔を本格的に開発しようかしら」


「やめとけやめとけ。同輩が禁忌に溺れる様なんて見たくもない」


「冗談よ」


 この女から飛び出す冗談は、なかなかに刺激的なものが多い。生命の精製と時空の操作は魔における禁忌中の禁忌とされる。男には一切分からない感覚だが、女は強い不快感を覚えるのだという。……そもそも、この女がそこに到達できるほど優秀とも思っていないが。


「でも正直、その気持ちは分からんでもない。知識を取り入れることが目的になると、本の世界に没頭するのが、癖というか快感というか」


 それはフーマではなく、楓馬だった頃の話ではあるが。


「…………」


「どういった感情の出力だ」


 相変わらず目線は本の方向で固定されていたが、彫像のようにどこか無機物すら思わせるほど整った顔が、実に人間らしく歪む模様を観測するのは、いささか不思議な気分になった。


「汝から曇りなき共感の言葉をうるがかくもむつかしきかな」


「残念。俺にもそんな時代はございました。もう卒業したけどな」


「まるで吾が子供から卒業できていないかのような言い分ね」


 それを聞いてクククと笑うフーマ。


「吾は何かあやしきことを言いけむや」


「いやいや、なんか、大人になりたがってる子供みたいで、なんか可愛いなって」


 嫌味や皮肉ではなく、本心からの言葉だ。


 ここまで面倒臭い性格をしていても、フーマはこの女――リィン・フミトウワを、別に人間的に毛嫌いはしていなかった。ただ、拒絶されるというのも気持ちのいいものでもない。リィンの元に訪れようとしても五割ほどは叶わない願いとなる。それは流石に堪える。積極的に会いたくない理由で、一番大きいのはそれだった。


「呆れし。それでそんな益体もなく薬にはならない会話に勤しむためにここへ来たのかしら」


「でも人との会話は心の栄養だ」


「出たわね不良栄養士。正直、栄養という汝の提唱している概念、吾はまだ認めてないわよ」


「栄養士は自分で名乗ってるし不良はリィンがそう思うんならそう言ってもいいけど二つを繋げんな」


「あら。否定するのはそこなのね」


「栄養学はまだ発展どころか基礎理論すら認知されてないしな。特に各栄養素とその生体的所見を立証させるのは、これからの研究次第だ。だからリィンのその感想は耳が痛い部分なんだよ。でもそこから背けてたら、いつまでたっても発展なんかできない」


「…………」


 無言で、しかし今日初めて、フーマの目と目を合わせてきた。とても綺麗な瞳だ。引き寄せられる。それもせいぜい数秒のことで、また書物に目を落とす。


「まあ、目的は勿論別だ。……今日の授業でセゴナ建国以前の歴史が終わってさ。以降の授業でどの分野にするか決めないといけないんだ」


「どうせ吾は出席しないのだし、好きにすればいいじゃない」


「そうもいかないから足を運んだわけで。みんなの意見を聞かないといけないんだよ。不正したところで、教師たちの前で隠し事できないしな。どういうからくりなんだあれ」


「……あの田舎金髪か、騒音長髪か、脳味噌お花畑あたりにこさせればよかったじゃない」


「マイカだと言葉の応酬でエラいことになるし、ナージはそもそも会話が成立しないだろうし……サクラにこさせてもよかったけど、それでよかったか?」


「よくないわ。あの女。なによあれ。人が何重も施した結界を、歩くだけで突破してくるのよ」


「……ご愁傷様」


 分かりやすくガクガクぶるぶるさせるリィン。たしかに、地雷や爆撃を受けても笑顔でこちらに歩む速度を変えずにほんわか笑顔でこちらへ向かって来る絵面は、なかなかB級ホラーだ。


「というわけで、爽やか生徒会長たる俺が直々にきたわけだ。ま、リィンの顔を見たかったってのもあるけど」


「吾が意見も聞かず自由に思ふままに解釈すべからずや」


「…………」


 言葉の裏を考える。嫌ならはっきりと嫌と答えるのがリィンという女。それなのに同じようなことを繰り返した。であるならば。


「〈オッケー、サンキュー〉……とと、ありがとう」


「……好意的に解釈されるのも腹が立つわね。それと、あなたが時々出すその正体不明の単語、一体なんなのよ。調べてもそんな言葉、存在しなかったわ」


「これ? 〈日本〉語だって言ってるだろ」


「だから、そのニ、ポン……っていうのがなんなのよ。いくらとぶらうともさる言語あらずや」


「俺としては突然、古セゴナ風な老人の役割語を使うリィンも謎だけどな。未だに雰囲気でしか読み取ってないし。……ま、世界は広いぞってことで今日のところは一つ。んじゃまあ、ここいらでお暇するわ」


「もてなしの一つもえで申し訳なし」


「あ、そうだった。もてなしね。次来る時、お茶持ってくるわ。なんかリィンが好きそうなの見つけたんだよな」


 いけずな台詞として放ったはずのリィンの言葉を、素で完全にスルーしてしまうフーマだった。邪気がないために、リィンもやりづらそうにする。


 さて。本格的に用は済んだ。


 リィンとの束の間の逢瀬を名残惜しみつつも古書室を後にする。


「……俺と会話中、一回もページ捲ってなかったな」


 人見知りが激しく会話すらままならないはずのリィンが――どうしてかフーマ相手にはあそこまで饒舌に毒を吐きつつも、それでも『そもそも会話を成立させている』あたり、多少は優先度の高い娯楽と感じてくれているのだろうか。サンドバックにされているだけの感もあるが。


 ともかく、肝心の人物の許可は取れた。後は、この方向で話を進めて続けてもよくなった。心のつっかえがなくなったフーマは、ナージのマーチを聞かずとも、軽い足取りで教室へ向かった。


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