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昼休みの時間も終わり、一同はそぞろに教室へ戻って行く。
「いやあれは俺の勝ちだろ!」
「いーや違うねー。ふーま君の顔に当たったのはみんな見てるんだよー」
「顔面〈セーフ〉!〈セーフ〉だから!」
「まーたフーミン変な田舎言葉出してるしっ」
「別に田舎じゃねえっつってんだろ!」
頭をこんこんと叩く。意識をしていないと不意に出てしまう。不便なものだ。
「でもあれぐらい頑張ったんだからフーくんの勝ちでもよくなぁい? なーちゃん思わず、【起死回生の凱旋歌】演奏したくなっちゃったよ」
「うんうん、ナージはよく分かってくれるね。俺の根性、よくぞ見届けてくれたよ」
「でもでもさー、自分から頭突きするのは反則ですヨー。男の子じゃなきゃできないもんー。だからふーま君のまけでー」
「別に女がやったら駄目ってわけじゃねえからいいんだよ。ただそこまで必死な女がいたら憐れなだけであって」
「そーゆー考え、古い考えだかんね。フーミンはダシャい考え方持ってるけど、いい加減更新しなさいしっ」
「そう思うんなら俺の勝ちを認めろや」
くだらなくもどこか安心さえもするような益体もない話。そんなのをしながら、一同は教室へ戻っていった。
初等部は午後も授業があるが、中等部にはない。言ってみれば既に放課後みたいなものだった。なら帰ればいいではないかと言うと、それは的を射ない。
セゴナは初等部までが義務教育。家に帰ってやることがあるのなら、そもそも中等部なぞ自ら進学する意味はない。ここにいる人間は、多かれ少なかれ、目的を持っているからこの空間に在籍している。
「それでさっ、ご飯の時に決められなかったけど、結局、どーするしっ?」
だが今日は個々人のやりたいことは抑える必要が出た。先延ばしにした議題を、改めて決定させなければならない。
「それだけどさー、ふーま君に任せるんじゃーさー、なんでダメなのー?」
「だから何度も説明してるだろ」
「やー、学校というものをねー、未だに分かっていないものでしてー」
――ナギョミ校に在籍している教師は二人。初等部と中等部にそれぞれ一人ずつ。初等部は一人で全ての科目を網羅できるが、中等部は専門性が深まるため、担当科目が存在する。校長兼中等部の担任をしているあの教師は、歴史に関しては権威のある人物だが、それ以外の科目は全く教えられないし、分かってすらいない。
なのでそれ以外の科目は、それぞれの単位取得のために、専用の教材を使って自己学習。最終的に共通試験を受け、それに合格すれば単位をもらえる。通信教育に近い形か。ただ学が欲しいだけの人間なら、学校に通わずとも、その教材を使えばいくらでも好きに勉強できる。
それでもこうして進学し、通学することの意味は。
その学校や集団単位が特定の目標を設定し、到達するためにどうすればよいのかを考察する。自分たちで方針を取りながら、目的に向かって、それに到達できるための勉学に励む。これらの経験を通していく中で、真の自分の価値と目的を、自分自身で見出す。
これが、セゴナの価値観における、中等部に進学する意味である。
……言ってみれば、モラトリアム期間。やることが決まっていないからとりあえず大学に行く、くらいの緩い感覚だ。
そういった事情をサクラには言っているのだが、ここの生徒ですらないどころかセゴナ人でもないサクラには中々理解してもらえない。
「さっき校長に軽く相談してみてたんだよ」
「いつの間に。ってかなんで言わないしっ」
「飯食った後でな。駄目で元々だったけど……案の定、『全員』の意見を確約させないと、だってよ。その話し合いこそ学生に必要なものなのだと。……面倒くさがりのくせに、そういうとこ変に情熱的だよな校長って」
「セゴナ史って人を愛してないとできないよねぇ。ナーちゃんが音楽好きみたいに、みんなも好きになってくれれば平和になれるんだけどねぇ」
「だからこそだよ理屈の上じゃ。せっかく、男女平等の国ができたんだから、更に一段階上の理想の世界を作る、その基礎を作りたいっていう。俺たちは自分たちで志願している以上、そこから逸脱したことやっても、なんの意味もない」
「キレー事言うのはいいけどさっ」
マイカはこういった話題に入ると、決まって少し苛立ったような表情をする。
「それで実際、どうすんの、ってあたしは言いたいわけ」
「…………」
フーマは腕組みをし、椅子の背もたれに深く体重を乗せた。
マイカが言いたいのは、方針云々ではない。この場にいないもう一人の意見が成立しないと話が進まない。その人間をどう対処する、ということを暗に言いたいのだ。
空気の悪くなったのを感じたのか、ナージはきょろきょろフーマとマイカに視線を彷徨わせる。一方でサクラはいつものふんわりした雰囲気は崩さないまま。
「私がいこーかー?」
ごく自然なそのサクラの言葉は、ただ友達を遊びに誘う、そのくらいの気軽さがあった。
……あの気難しい女もサクラの前ではかたなし。任せてしまえば楽なのは自明の理。
そのはずだが。
ぴょんと勢いをつけて椅子から立ち上がる。すたんと着地をしたまま、フーマは教室の扉に手をかける。
「いい。俺が行ってくるわ」
三人がどんな表情をしているかを確認することなく、フーマの足取りはある一点を目指す。




