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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
ナゴョミ

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1-6

 それぞれの机を教室の中心へ七つ並べ、昼食用の陣形に移る。これもいつものことだ。ナージが「折角みんな集まった仲間なんだから、みんなで一緒に食べないと」とクラスを発足させた初期に主張し、それが皆に受け入れられたからだった。たとえ欠席などで空席ができていたとしても、それが給食の時であれば例外はない。


 少しすると、ナージがぴっぴっと笛を鳴らしながら教室へ入ってきた。傍らには台車があり、その上には小皿に盛られた料理が入っていた。


 とても小さな学校であるし、現にこの教室は最高でも七人しかいない。ただそれはこの集まりが「中等部」であるからなのであり、下の階にある「初等部」の生徒は、全学年合計でおよそ二十人ほど在籍している。田舎にある学校にしては設備が必要十分に整っており、給食などというシャレたものを出す制度まである。……元日本人であるフーマの常識からすれば、学校給食なんてあって当たり前ではあるのだが、給食制度がない国が存在していることも知っている。自分の常識は世間で非常識。持ち合わせた常識で戦える世界があるだけでも、置かれた境遇に感謝すべきである。フーマは最近になって感じた。


「それじゃ『食の言祝ぎ』するよ」


 マイカの掛け声で、一堂は各々、食の感謝の祈りを捧げる。慣習として形式は定まっていないから方法は様々。フーマは手を合わせて「頂きます」と言うことで言祝ぎとしている。


「フーミーン。どすんの?」


 隣のマイカから声を掛けられた。唐突に話が始まったが、先ほどの件だろう。


「…………。どうするも何も、約一名ほど、意見を集めるのが難しいやつがいるからなあ」


 アピオ(芋)のスープを嚥下し終えてからフーマは話した。素材そのままの味わいが結構気に入っている。アピオは下手に弄るとデンプンが劣化しやすくていけない。弱火でじっくり焦げ付かないよう煮なければならない、丁寧に仕上げられている一品だ。


「えー? りぃんちゃんも入れてあげよーよー」


「そうだよ。リィお姉ちゃん可愛そうだよ」


 やいややいやとマイカに加勢する女子二人。


「あのな。そう言ってリィンに接触すんの、結局は俺だけじゃねえか。……ほら、ナージとかも自分から行っていいんだよ?」


「んぅ……リィお姉ちゃん、怖いし……」


「ナーとリーン、相性悪いからしゃあないんでしょ。あたしはナーの演奏好きだけど、リーンのやつうるさいの嫌いだからさっ」


「……まあ、相性悪い自覚あって、尚気にしてやれるあたり、ナージは優しいし、そこがいいと思ってるんだけどね」


「うんうん。ふーま君いいこと言うねー。私もどーかーん」


 この場にいない人物のことを、好き勝手に言う個々人。


「授業方針の話したらさー、しゃに君とちかき君も入れないといけないよねー? 今二人ともいないけどどうすんのー? 手紙でも出すー?」


「あいつらはいい。もう話つけてあるし。野郎三人の方針は最初から決まってる」


「え、まじ? いつしたよ」


「そんなもん、半年前の研修旅行の時点できっちりやっといたわ」


「はぁ? これだから男子は」


 手をひらひらしながらマイカに言葉を叩きつける。それを煽りと感じたのか、マイカはナージとサクラへ身体をずいと近寄せる。


「ねえ、サッキーもナーも、勝手に決めてんのムカつくよね?」


「えー? 正直何やってても関係ないっていうかー、私、別にここの生徒じゃないしー。好きに決めていいよー?」


「なーちゃんはわかりやすい授業ならなんでもいいでぇす!」


「……そうだった、なんか、あんたらってそういう立ち位置だった……」


 そら見ろと勝ち誇るフーマ。マイカはそれが気に食わないのか、ぶすっとした表情をとった。


   ・


「ほらサッキー! そっちいったしっ!」


「ほわ、ほわ、……ほいっとにー!」


「うわぁこっちきたぁ!」


 昼休みの短い時間。フーマは実験室にてノートを書いていた。授業のものではない。朝に取った子豚もどきこと、スゥのデータだ。この時間に纏めるようにしている。ここなら一人になれるから、ささっと考察を述べるのにちょうどよかった。


(ルミンの実を混ぜると成長率がいい……タンパク質がただ多いだけじゃなく、アミノ酸価もかなり高いな……無駄がない……願わくば分析機器ほしいけど、作り方なんて知らないしなぁ……やっぱ進学して、研究室入るか……)


 窓から外を眺める。昼休みの麗かな一時。校庭とは名ばかりの、しばらく手入れもしていなかったせいでサッチ(枯草)が堆積している芝生。見栄えが悪いだけでなく、歩くのも一苦労。だというのに、子供たちは元気に遊んでいる。


 サハナシアという、ドッチボールのようなルールをしたボール遊び。初等部の子たちが戦っているのは、マイカを筆頭としたナージとサクラの三人。


 しゃくり。眺めながらラセリを齧る。皮を歯で突き破る感触。破裂した果肉から飛び散る果汁。舌に降り掛かる。じんわり、味蕾を通して味覚を刺激していく。青々しい酸っぱさ。うむ、今日もうまい。


 男女も年齢も関係なく笑い合い、はしゃぎ合うその様子は、どこから見ても平和そのもの。


(…………。やはり。俺が栄養状態を改善させたところで、それがこの世界の役に立たないんじゃないか? あいつらが元気なのは、別に俺のおかげなんかじゃあない)


 前兆などなく、ふとした瞬間に、そんな疑問がよぎる。


 セゴナでは十五になればもう成人の扱い。十四歳であるフーマは成人間近。そこに加えて、生前の人格も持ち合わせている。それらを足しているのに、子供としての甘えなのか。答えのない問いを勝手に作っては、悩みが尽きることはない。


 元の、大人の人格。


 ――物心着いた頃からフーマは、多大なる違和感に襲われていた。自分が自分でないような、やるべきことがあったような。常にそんな使命感というか、強迫観念というか、そんな焦燥に駆られていたのだ。


 ……それは、フーマが十歳の誕生日を迎えた日だった。


 ミナヤ・クロックが、突如としてフーマの前に現れた。


 セゴナ中の人々が神と崇め、信頼し、母と尊信する人物。それは圧倒的な「魔」に裏打ちされている。それは魔を感じ取れない男に生まれたフーマですら、ただ対面しただけで肌にビリビリとした刺激が襲ったことから、本能的に、それが本人であると確信出来た。


 そんな彼女が発した言葉。


「それはそなたの脳の作りがとある人物とほぼ同じだからだ。彼もそなたと同じでそちらの文化では平和な国の一般人に過ぎなかった。そなたは成長するに従い徐々に彼の脳の構造を模倣するようになった。勿論ままあることではない。妾も長いこと生きているがそのような現象に自然と至った人物と謁見できたことはない。あまりに特異だ。……しかし似たような構造とはいえ脳というものはあまりに繊細。細胞の一片の違いですら同一人物とはいえなくなる。そなたが覚えている違和感の正体はそれだ。ほんの少しだけ彼とはずれているのだ」


 まだ学の薄い十歳であったが、言わんとしていることは理解できた。つまり自分はその誰かの生まれ変わりのようなものなのだろうと、硬い話をフーマは噛み砕いた。


「さて此の程に妾が脚を向けたのは。もしそなたが望むのであれば完全なる記憶として復刻させることができる。…………。まあ完全なるとは妾も大きく出てしまったか。ともかく。死の一年ほど前から記憶の再開となる。その頃から病状が悪化して死に向かったわけなので忠実に再現するとすぐ死に絶えるであろう。なにせ脳そのものの変異が死の原因だったわけだからな」


 その言葉を聞いた時。フーマはその先を紡がせる暇すらミナヤに与えず、首肯した。


「よいのか? これまでとは価値観がまるで違ってくる。そなたがこれまで追ってきた人生と彼方より来訪せし魂。その二つが解け合う時。これまでのそなたとはまた別の存在となる。受け入れたのなら三嶋楓馬という人間と二人三脚をすることとなる。真相を知ってなお切り捨ててしまえればそなたはフーマ・ミシナムというただ一人の人間でいられる。」


 ミナヤがどのように説こうがフーマの答えは変わらなかった。


「ふむ。分かってはいたが意思は変わらぬか。ならば――」


 こうしてフーマは、なんてことのないただの一般人の……だが、欠けていたはずの大きな魂を取り戻した。


 大袈裟に言うなれば――生まれ変わりを成したのだ。


 さて。


 フーマの生前の職業。


 管理栄養士。


 食物の、栄養の、人間が持つ生理作用の。それぞれの知識を持ったプロフェッショナルとなるべき存在。その知識と資格を得た人間。


 その知恵は、どこまでいっても、ヒトが生きる上での基礎を固める役目しかできない。だが、決して切り離せぬ、極々堅牢たる代物。


 ――こいつを使えば、自分を織りなす陰鬱とした状況をどうにかできるのではないか。


 ふと気が付いたのは、初等部をもう少しで卒業しようといった時期。


 このナゴョミ中等部に在籍しているうちに、セゴナではまだまともに体系化されていない、「栄養学」を樹立させる。


 そんな小さな夢を抱いて、中等部に進学したのだった。


 このナゴョミ村の学校を選んだのはまた別の話になってくるのだが――


 二個目のラセリを齧る。今度のはいい熟れっぷり。うまい。


 ふと、外にいるサクラと目が合った。


 ブンブンと元気良く手を振ってくる。フーマも手首だけの小さな動きで返す。ニコッと笑ったサクラは、くるり反転し、敵陣の方へぽやっとした顔を向けた。


 マイカもこちらを見る。最初は無表情だったが、雨に濡れて行く土のように、じわりとニタリ顔へ変化していく。


 よく見ると、フィールドに生き残った初等部の子はいなかった。


(大人げねえ……)


 サハナシアというあの球技は、魔を使わないルールなら、ただフィジカルのみが左右する。それを年上をいいことに綺麗な蹂躙劇を繰り広げやがる。


「ミシナムにーさーん!たーすけてー! ヒスイカねーちゃんがいじめるー!」


 子供たちがフーマを呼ぶ。


「こら! 人聞き悪い! あたしは真っ向から田舎男子を屠っただけだしっ! ……まあでも? あそこにいるネクラ君と違って、まだ君たちのが倒しがいはあったかな~」


 こちらにも聞こえて来る陰湿的な煽り。よく通る声をそんなものに使うとは。しかしまあ、都会女子を名乗るわりに、田舎の遊びが上手すぎる女だ。


「そだそだ! ナゴョミ女子鼓笛隊にかかってこぉい!」


「ひぅー、ひぅー」


 それに乗っかり、ナージまでもが煽ってきた。サクラは見事に下手くそな指笛で囃し立てる。


「なんかなあ……やっぱ、悩んでも仕方ねえもんだよ」


 深くノビをする。改めて口に出して発言することで、自分に言い聞かせる


(俺は俺の仕事をする。それが一番、人のためになる)


 そのためには。


「おらあ弱いもんいじめるしゃからしい奴はどこじゃい!」


 開け放した窓から、三階という垣根すら無視し、全力で外へ飛び出した。


 高く高くへ。遠く遠くへ。


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