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推定、三千年。そんな太古の時代の物と推測されるミイラが、近世にセゴナの考古学者によって発見された。解剖の結果、現在の人間と太古の人間は、ある一部分が大きく異なっていた。そしてその特徴は、女にのみ見受けられた。
太古の女の内臓は、消化器が多く、消化管が長い。そして「桃臓」と呼ばれる内臓が存在しない。これでは女が「魔」を使うことなんてできない。であるから、過去の人類に『戦争』などなかったのだ、というのは、歴史学者における通説だった。今でこそその説もまた覆されているが、ミイラが発掘された当時は本当にそう思われていたのだ。
その理由とは。
――桃臓は長いこと、人体にとって不要な臓器と思われていた。血管こそ通っているが、なんの働きもしないからである。しかし、医学の進歩により、それは大いに誤解であることが判明する。
一般的に魔力と呼ばれる「リュガジセン」を精製している総本山こそ、桃臓であった。魔とは、現実では起こり得ないであろう物事を現実化させる力のことである。リュガジセンはその媒介だと云われている。その起こる現象を例にあげるならば、指先に炎を灯してみたり、怪我した部分の治癒力を早めてみたり。液体の水の形をダイヤモンド化させることや、空気を固めて呼吸のできない環境を作りだすことだって可能。なんでもありなのである。
この魔というもの、魔を持たざる者にとっては対抗する手段が存在しない。それこそ物理的な壁が相手であるなら、たとえ素手であろうとも、殴り続けて損害を蓄積させれば、いつかは破壊させることだってできよう。だがそれも、殴る相手が空気だったら?
持たざる者、それすなわち、男。
男には桃臓がないのである。進化の不都合か、それとも神の気まぐれか。嘆いても仕様がない。男に桃臓がない事実は変わらない。
ともかく、女には絶対的な力があり、男にはない世界がここに燦然とあるのみ。
人間が力を持つ者と持たない者で明確に別れてしまった時。そこに人権という単語は、有って無いも同然となる。男は長い間、女に隷属して生かされた。その立場に甘んじるしかなかった。そうだろう。純粋な腕力では優っているとはいえ、空気すら操るような者を相手に、どう戦えと命じることができる。それはあまりに酷というやつだ。
……しかし万能と思われる魔にだって、欠点はある。
全くの零からは、新しい命を作ることができない。
鉛から金を精製することはできるのに、土くれから人間を捏ねることは不可能。稀代の天才と呼ばれた女ですら、その境地に辿り着くことはついに至らなかった。
増やさなければ種の存続はできない。減らさないためには。子を産むしかない。
これだけ。ただこのためだけに。男という、たしかにそこに存在している一つの生命は。
女は全ての男から性欲を消した。男が唯一、原始の生物に戻る瞬間。これを消すことで、男は食料と水さえ与えれば、反抗することなく働いてくれる。発散させる必要などないから。であるから、赤子が必要となった時だけ、魔によって『雄としての機能』を思い出させる。
本格的に、男は命令を忠実に聴いてくれる道具でしかなくなった。
そんな中、何百年と続いた男と女の関係を崩す、ある理論が考証される。
それこそ今日では「技」と呼ばれるものである。
技とは、現実にある物を利用し、現実に有り得る出来事を起こす物事全般を指す。火を発現させるには酸素を消費するし、怪我をしたら薬を使う。
何もないところから何かを生み出す「魔」と、何かあるところからでしか何かを生み出せない「技」――それは正直に言ってしまえば、持たざる男たちの、精一杯の強がりだった。
一応、男は脳に改膜質という、女より一回り大きい部分が存在しており、知能は高い形質があるのだが、多少知恵で勝ったとしても、絶対的なパワーバランスの崩壊には至らない。賢い犬でも間抜けな象には勝てない。
両者が対立すれば、技は蹂躙されるだけでしかないのだ。
……そんなはずだったのに。
女には長い間、完全な外敵というものが存在しなかった。抗争は勿論あるが、内輪揉めといった、閉じた世界での戦いだった。そこで突然現れた第三勢力。団結した男たちの力に、女たちは動揺した。下にしか見ていなかった者が「あっ」という間もなく、自分たちを打倒してきているのだ。
技を発明した者の指揮下、世界にいる男たちは皆一様に団結し、規律をもって統率のとれた動きで女たちへ反旗を翻した。剣に槍に弓に……それすらも魔に頼り切りの女たちは、生み出すことをしなかった。
戦力は均衡した。そこから長い時に渡り、男と女は対立する。
その状況を覆した人物。それこそがこの世の輝を纏った女、ミナヤ=クロック。
そしてミナヤは大陸の片隅に一つの国を建国した。誰であろうが入国可能。男も女も、完全にどちらも平等な国。世界で唯一の女尊男尊を成功させた、我が国、セゴナを。
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「さて、今日でようやくここまでセゴナ建国までの歴史を滔々と説明してきたわけだが、この辺りでまた話が分岐していく。……どうしたいかは次の授業までにお前らで決めてくれ。今日はここで授業終了とする」
終了を告げる鐘が鳴る。どんな学生であっても、それは普遍的に開放を意味する。
終業の挨拶をする間もなく、この学校の校長であり、たった二人しかいない教師の片割れであり、担任ともなっている男は、そそくさと教室へ出て行った。最低限の仕事を終えたら残り時間は自分の研究に費やしたい。そういう人物なのである。
そして教師が出ると同時、ばびゅんとナージも飛び出していった。
「この先かあ……」
元気だなあナージは、などといつも思っている感情を今日もまた覚えながら、教師が言い残した言葉を反芻する。クラスの方向性を決めるクラス委員長の役割を持っているフーマとしては、みんなの意見をすり合わせて考えなければならない。
「ま、そういうのはご飯食べながら後で考えよ。ナーもご飯取りに行ってくれたんだしさっ。ほら準備準備」
見た目のわりに授業の受け方は至って真面目なマイカは切り替えも早く、ノートをまとめ終わったらそそくさと机を移動させた。その引きずる音で目覚めたサクラが寝起き早々、マイカの行動を見て全てを理解し、うきうきと机を移動させた。授業中ずっと寝ていて、何をしに学校へ来ているんだろうコイツと常々思うフーマだった。




