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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
ナゴョミ

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1-4

「もっと急いでよふーまくーん」


 いやちんたらしてねえよ止めなかったしなんなら促した俺も悪いまであるけどこのままだと遅刻だ遅刻だぞ俺の立場わかってんのか生徒自治会長やってんだぞ流石に示しがつかねえんだよってかお前も女なら魔を使って走れなに普通に脚ばたばたさせてんだなのにクソ早ぇ。


 言いたいことは多々あったが、そんな息があったら走るのに回す。それほどに急いでいる二人だった。


 登校時間は多少余裕を持たせているとはいえ、あそこで【花咲】をゆっくりとするほどの暇もなかった。そしてなにより。携帯できる時計なんて洒落たものは持っていないので、現在時刻がわからない。


 結果。体感でやばそうな時間だったらひたすら急ぐしかない。


 普段なら緑の深々とした空気のいい畦道も、焦っているとひたすら走りにくい悪路にしか思えない。必死に地面を蹴る。そんな二人を見た近所の爺さん婆さんがどこか微笑ましそうに眺めていた。昔でも懐かしんでいるのだろうか。


 そんな道すがらだったが、しばらく走ると遠くの方から、金管楽器特有の突き抜ける音色が聞こえてきた。


「なんか間に合いそうだねー」


 まだ制限時間内である確証が取れた反面、その聞こえてくる小節から残り時間が僅かであることも分かってしまう。脚をゆるめる暇なんてない。我武者羅に不格好でも動かしていく。


 そして、演奏の音が鳴りやむ前になんとか敷居の内側に足を踏み入れることに――失敗した。


 失敗したのだった。


 全く疲れる様子のなく、ずっと先行していたサクラが、走り幅跳びよろしく、大きく跳ねて校門の内側で着地、と同時に演奏終了。一方でフーマはあと三歩のところで惜しくも届かず。


「おそいよぉ」


 身の丈とほぼ同じ大きさのトランペットのような形の楽器。その影となっている、薄紅色の長い髪を豊かに風にそよめかせながら、ぷりぷりと怒る、年齢を考慮してもやや幼い少女。


 普段着のサクラと対照に、着用自体は自由であるが、着るなら細かく身仕舞いの指定されているナゴョミ校指定制服を、規則通りにかっちり着こなしている。上半身の詰襟の堅苦しさは、ハイウエストの位置で始まりふくらはぎ辺りで留められている、空色のスカートが微風でもゆらめくおかげで、むしろ女の子特有の柔らかさを主張する。スカートから少しだけ覗く黒の靴下はまだまだほっそりと纏っていて、いかにも肉付きは少ない。


 そんな真面目さを押し出したような少女は、フーマに腕章を見せつける。セゴナ語で『遅刻撲滅週間』の意味を要する単語が可愛らしい手書き文字で刻まれていた。


「ご、ごめんっ、ごほっごほっ」


「やー、遅刻しないですみましたなー」


 きちんと言い訳してみたかったが、それ以上に脚はガクガク腿パンパン。吸う空気は棘のよう。まるで実行できない。サクラはサクラで間に合ってよかったで話が終わってしまっている。


「…………」


 あまりこの少女を怒らせるのは得策ではない。仕方がなかったこととはいえ、回避できるものはしておきたい。フーマはカバンの中から包み紙でくるまっている、丸い物を差し出す。敢えては何も言わなかった。


「もぅフーくんしょうがないなぁ」


 そう言った少女はニコニコとそれを受け取った。しゅるっと手早く包み紙を解き、中から透明で琥珀色をしたものを口に入れた。


 飴だった。フーマの自作。純粋な甘味料はセゴナでもなかなか手に入らない。自身の研究によって生成したものだ。これ一粒すら案外と高価なものなのだが、これで買収をして遅刻をなかったことに……もとい、ご機嫌になって減刑してくれれば対価としては十分すぎる。


 それに加え、ご機嫌になった少女のやることを受け入れれば、完全になかったことにできる。


 ハア、とため息を人知れず一つ、先についておく。


「それじゃぁ、いつもの演奏するから、なーちゃんの後ろについてきてね!」


 ころころと飴を口の中で転がしながら少女は、くるり半周回って、元気よく校舎へ向けて人差し指を向けた。


 おー! とサクラが両手を上げて囃し、少女の背中に並ぶ。フーマはかなり嫌であったが、仕方なくサクラの後ろに並んだ。一直線になる三人。


「なーちゃんの【元気の出る出るマーチ】!」


 ぴーっぴ! ぴっぴっぴ!


 空高らかに響き渡る笛の甲高い音色と、元気のいい宣誓。


 残響があちらへ走り去ると同時に、こちらに突き刺さる校舎からの視線。好奇と嫉妬の目に染まっていくのを感じる。


「あー」


 拝啓。こんな辱めを受ける息子に育ったことを、どうかお許しください、二人のお母さん、三人のお父さん。


 フーマの想いとは関係なく進む、開幕から威勢のいい演奏。聞こえてくるだけで心からワクワクを呼び起こすそれは、まさしく朝の登校時間にふさわしい爽やかなマーチ調の演奏だった。


 フーマの体は自然に、両手両足を綺麗に揃わせた行進の形に揃えられる。……抵抗する意思とは、まったくの裏腹に。


「あー」


 今一度、空を仰いだ。空の青は、記憶にあるものと何も違わず、ただ無邪気に、フーマの青息吐息を受け入れるだけは受け入れた。何もしてくれなかったが。


「……あー……」


 身体がどんどん癒されていくのを感じ取れる。身体は間違いなく動いているのに、息は睡眠時よりも深くゆっくりとしたものになり、脚の痛みは消え失せ、そのまま軽く踏み出せば大空に羽ばたいていけるのではないかと思うほど軽くなっていく。……心は重くなっていくが。


 ナージ・モシツ・ネンガクシ。最前で聴くだけでとても元気の出るマーチを演奏し、格好つけたい盛りの十四歳男子に、問答無用で手足のきっちり揃っている行進させている少女の名。


 そのナージの魔、【単響楽団】。この力は、演奏に参加させた人間に、音楽が持つ特有の効果を発揮させることができる。今演奏している「元気が出る出るマーチ」は、参加した人間の治癒力を飛躍的に高めるという効果があった。


 サクラともまた違った能力。違う世界での常識も持っているフーマにとって、どれだけ眼前にあろうが、また自分が対象に選ばれていようが、こういった異能はなかなか受け入れきれるものではなかった。


「やっぱ、あっさは、なーちゃん、まーちー!」


 抑揚をつけながらサクラが演奏に合わせて歌う。音程はてんで適当だったが、とても楽しそうだった。幼稚園のお歌の時間を彷彿した。


 ああ、ナージの演奏に乗っているサクラをはたから見ているだけなら、とても微笑ましい場面なんだろうな。そう思うことしかできない無力な男がここにいる。


   ・


「やー、なんとか間に合いましたなー」


「もぉ。みんなわたしよりお姉さんお兄さんなんだから、しっかりしてよね」


「いまだに学校ってのが慣れてなくてさー。こー、時間に縛られる生活、ってゆーのかなー」


「自由すぎぃ。そこがサクちゃんのいいとこなんだけどね!」


「ありがとーなーちゃーんだーいすきー!」


「わたしもサクちゃんだぁいすきぃ!」


「…………」


 後ろの席でふんわりきゃっきゃと話して抱きしめ合う少女。二人に比べこちらは、癒されたはずなのに心はとても虚ろだった。悪いのは遅刻したこちらかもしれないが、だからといって見せしめにあって平気でいられる年齢をしていない。


 ここは、ナゴョミ村唯一の教育機関。そのうちの、中等部学級。


 この国では個人の就学度で差は出るが、概ね十一歳前後くらいまでの初等部学級が義務教育機関となっており、それ以上になると、志望者が個々の方針に合わせて進学することとなる。分岐型学校体系などとも呼ばれる制度だ。日本における教育制度に擦り合わせるのも一概に正しくもないがその上で、この国の中等教育機関は、フーマの持つ常識と照らし合わせれば、『高校』に値する。


 ただし、この学校は他の学校ともまた、かなり毛色が異なっていて。……田舎すぎて人口が少なく、学校をバラけさせてもまともに学校を維持できないため、部分的に単線型学校体系の要素を交わらせている。


 言うなれば、学生の闇鍋となっているのが、この学校だ。


「いい加減元気だせしフーミン」


 不貞腐れて机に突っ伏しているフーマの背中を、隣の席の同級生女子、マイカがバンバン無遠慮に叩く。その弾けるような音は、人数の少ない教室内にどこか寒々しく響いた。


 七つある席のうち、埋まっているのは四つのみ。一つは事実上の欠番であり、埋まっていない方が正常なのだが、いつもならもう二人はいる。その二人はそれぞれの事情でいない。


 人数が少ないせいか、たった二人いないだけで随分と物寂しくなるものだ。しかもその二人とも男だったともなれば、男女比が偏りすぎて、なお一層居心地が悪かった。


 あの頃。大学の実習はいつもこんな感じだったな、と直接経験していない何かを懐かしむフーマ。……管理栄養士を大学課程だけで取得しようとすると、志望する学生の男女比により、男が少人数になるのは、どの大学でもままあること、とは聞いたことがある。


「いいじゃんいいじゃん、フーミンも十分可愛かったよ?」


 嘲りと、本当に可愛いと思っている感情、その二つが見事に混ざった絶妙な声色でからかわれる。


「あのよ……男に可愛いって言葉が褒め言葉になるって思ってる節あるよなお前って」


「えー? 可愛くない男なんて可愛くないじゃん。やっぱ男も可愛さはなくっちゃ」


 なかなか支離滅裂な言葉だったが、なんとなく言わんとしていることは分かる。が、同意はしかねた。男は筋骨隆々、泰然不動であってこそ価値があると思っているのがフーマだ。


「都会じゃフーミンみたいな堅物モテないよ?」


「抜かせ。都会ってそんな良い所じゃねえから」


「あー、それ田舎モンの発言だかんね?」


 どうにも都会育ちをアピールしてくる今時娘、マイカ・ヒスイカ。


 金髪のボブカットにばっちりメイクと、原色の多い田舎村にはなかなか馴染まない、派手な出で立ちをしている。制服こそ着用しているが、詰襟だというのに、開襟シャツのように、谷間がギリギリ見えないくらいの位置まで胸元を開けている。スカートも膝上まで折っているから、同じ制服組のナージと比べてもやけに肌色が多かった。白の靴下が膝下までしっかり隠してあるのがせめてもの恥じらいになるだろうか。


 今もルォズヌという、女性向け雑誌を片手に読んでいた。学業に全く関係ない私物の持ち込みは本来なら校則違反だ。ただフーマ自身があまり大っぴらに言えないものばかり持ち込んでいたりするので、その辺は風紀委員を務めているナージに任せている。そしてナージもルォズヌを愛読書としているので、それこそ授業中でもない限りは咎める人間がいなかった。


「そういうこと言うと、これあげないかんね」


「これってなんだ」


「せっかく欲しがってたから作ってあげたのに」


 ルォズヌを閉じたマイカは、ぽんと机に一つの小袋を置いた。手のひらに乗るほどの大きさのそれは、白く上質な絹でできていて、縁にはレース地が編み込まれている。いかにもな女の子の小物。先ほどフーマがナージに渡した飴玉の包みとはまるで違った。心遣いに性別が出ている。


 包みを解いてみると、クッキーのような見た目の小さな焼き菓子が五枚ほど入っていた。


「あー、教えたやつか。どうだった」


「それを食べて確かめろっての」


 なにもこんな授業前の時間に……と頭の片隅では思ったが、食に関する知識は人一倍は好奇心旺盛がフーマという男。これが自分のためにと作ってくれたのならば、喜んで口に運ぶ。


「……ど、どう?」


 自分から自身満々に差し出してきた割に、とてもおずおずと聞いてきた。普段がざっくばらんな性格をしているからこういった女の子らしい態度を取られると少し調子が狂いそうになる。


 視角と聴覚は邪なことを考えるが、一方で味覚の方は、鋭く観察していた。


 胚芽による苦味の奥にある、アミロースを溶かして滲み出てくる糖質の本来の甘さ。アミノ酸を含む仄かな旨味。噛んだ時のさくっとしたテクスチャー。ほどよい固さの刺激。入っている木の実の刺激的な酸味。


 どれもうまいこと調和がとれている。


「……うまい。いや、うまいなこれ。前と全然違うじゃねえか」


 自然とにやけてくる。本当に美味しいのだった。


「でっしょー! やー、メッチャ練習した甲斐があったというか」


 フーマのその反応を引き出せたのがよほど嬉しかったのか、マイカはガッツポーズを決めて喜んだ。


「ありがとな。ってか、下手したら俺より作るの上手いかも」


 よりよい作り方を以前に教えたことがあった。そうしたらそれを越えるものを作ってきてくれた。その成長っぷりも嬉しい。それもあるし、純粋に美味しい物を食べられるのもまた、教えがいを感じて嬉しかった。


「あー、そこまで喜んで、くれんだ……」


 あまりにいい笑顔をするフーマに、流石に照れくさくなったのか、マイカは耳を赤くしてやや俯いた。邪気のないフーマはとても子供らしい笑顔になる。


「お父さんに贈り物するんだったか。うん、これなら喜んでくれるよ」


「そういや、そういう設定だったっけ……」


 ぽつりと言ったマイカの一言を聞いてかいらずか、フウマはもう一枚を口に入れる。そしてまた破顔。美味しいものを食べられればそれは満足というものだ。


「…………」「…………」


 そんな二人の光景を後ろから訝しむ目で見つめる二人の女子。先ほどから、サクラとナージがすごいジト目でこちらを観察していた。


「なんだよ二人ともその眼。もう俺のだ。やらんぞ」


 その言葉にかちんときたのか、二人は一気呵成に雪崩れ込んできた。


「フーくんそうじゃないでしょマイちゃんの気持ちももうちょっと汲み取ってあげてよぉ!」


「まいかちゃんふーま君なんかにあげるくらいだから私たちのもあるよね!?」


 なんだか別の理由で怒られている気がしたが、食の喜びをかみしめているフーマは、酔っ払いでももう少し思慮できるほどに単純な脳細胞の動きをしてしまうのだった。


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