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そこからの数日間。真面目なんだか、遊んでいるんだか、よくわからない日常が続いた。
「これ、フーくんが全部作ったの!?」
「おうよ。こんなもん、作業手順の動線をきちんと考えてりゃ誰でもできらあ」
初等部と合同の給食の時間。
それぞれの生徒が次々と食器によそっていく。一つの料理に集中しててしまい、なかなか列が途切れることはない。それでも列に並んでいる生徒は退屈さが出ていない。フーマが作るという物珍しさもあって、生徒たちは雰囲気からして楽しんでくれていた。
「それ本当に?」
「嘘です色々とおばさま方の協力を頂きました」
総じて三十人近くの食事を一度にフーマは作り切った。これを知らない生徒が見てなかなか驚いてくれるねが、少しフーマの自尊心を満たした。
大量調理は前世で仕事にしていたこともあって慣れている。むしろ思っていたより量が少なくて驚いたくらいだ。前日のうちから仕込めるものは仕込んでいたが、痛みやすい食材は当日仕込み。それを経た上で余裕をもって間に合った。こちとら五百人分を一度に作成などざらにあった身。この程度で疲れたりなどしない。
「ねぇねぇ。どんな風に作るのぉ?」
「キジョウアツ……セゴナ式蒸篭。うちの調理室にはあれがあってね」
前世で大量調理といえば、回転釜(ハンドルを回すだけで前後に回転する、大型の釜)やスチームコンベクションオーブン(蒸気や熱風で加熱する機械)など、大型の機材を使うのが当たり前だったが、こちらにはそんなものはない。ただ、乾式にしろ湿式にしろ、細かい仕組みはともかく、大容量に加熱できる機材があれば大量調理は可能となる。そこでセゴナの給食施設によくある調理器具が、キジョウアツと呼ばれる蒸器だった。
人が入れるほどの大きさをした金属製の箱に、棚板がいくつか取り付けられている。そこに食材を入れ込み、密閉して加熱する。スチームコンベクションオーブンによく似た見た目だ。場合によっては、水を入れておけば蒸しもできるあたりも同じ。……ただ、これ自体は本当に単なる箱でしかなく、加熱は外部任せ。そしてその加熱は火を使うのではなく、魔を使う。魔を使うこと前提の調理器具であり、女がいないと本当にただの箱でしかなくなるため、男女平等を掲げるセゴナでは忌避されがちであった(ただし、これを発案したのはセゴナの男である上、この利便さに敵う技もないため、上位品が発明されるまでは仕方なく使っている)。ただフーマはフーマで、使えるものは人間も使うといった現実的な一面があるので、遠慮なく使用した。
給食係のおばさんというものは得てして火の扱いに長けた魔を使える。なので微細な加熱の加減そのものはお任せすれば、前世の感覚と遜色なく調理が可能となる。
……と、そのようなことを噛み砕きながら説明するが、あまり想像できないのか、いまいち要領を得ない様子のナージだった。まあ無理もない。調理道具なんてものは大抵、実際に目にして見ないと想像もできないものだ。フーマだってキジョウアツを初めて見た時は、使い方が皆目検討つかなかった。
そんな風に過ごしているうちに全員へ配膳が終わったようだ。
「よしよし、それでは食べる前に、本日の献立の詳細と各栄養価とその働きの説明をば」
「あいそれじゃあこいつの説明聞いてると冷めるから各自で頂いちゃってっ。それじゃあ、試験お疲れーっ!」
前に出ようとしたフーマを制したマイカが勝手に食事を摂るよう呼びかける。それを聞いた生徒たちはそれぞれ言祝ぎを述べた後、それぞれのタイミングで食べ始める。形式こそバイキング方式にしたが、最初だけは一丸になるための時間を設けたのだ。
「ああ……〈ランチルームでの給食は栄養士のおばちゃんがよく分からん説明するもんなのに〉」
「多分だけど、それ必要なこだわり?」
あるかどうかを問われれば、ない。
「本当にお疲れ様、フー」
「おうよ。仕事じゃなく、やるのも面白いもんだ。疲れなんて感じねえよ」
「それもあるが、大体、試験まで教えて回ってたじゃないか。自分の勉強時間、殆ど取れてなかっただろ」
「いいんだよそんなの。好きでやってんだから」
「そういうとこ、好きだぜ」
「よせや」
「照れてるんじゃねえ」
あれやこれやとやりながらも季節は進む。学校の定期的な行事であり、できることならば避けて通りたいものの筆頭、定期考査。これも当然ながら立ち向かわなければならなかった。
ナゴョミのことにかかり切りではあったが、きちんとこちらも忘れてはいなかった。対策を立てた上で立ち向かい、それぞれが納得のいく成績を頂いた。
その打ち上げとして、特に教師代わりとして動き回っていたフーマは、打ち上げのため、そして自身の鬱憤ばらしのため、こうして作る物を大量に作ったのだった。
「とは言ってもさ、俺なんて所詮はな。聞いたか? チカキの成績。あれと比べちゃな」
「あたぼうよ。同年代一位だろ」
「すげえよな。どんだけ勉強すれば取れるんだろ。そんなのが身近にいるって、現実感なさすぎじゃね」
前世の大学入学共通テストのように、セゴナの試験は同じ単元は全土共通で行う。その際の得点は可視化され、自分がどの段階にいるのかは把握できるようになっている。
もう一人のクラスメイト、チカキは、建国祭に日々励みながらも、きっちり最高得点を叩き出した。どの科目も中央値な成績にしかならないフーマとシャニには、まさに雲の上でしかない高み。そんな人物と仲良くやっていることが、手前味噌ながら嬉しかった。
「つっても、身近だと、フーの妹さんたちもいい点なんじゃないか?」
「まだ聞いてないけど、どうせ高得点だろうさ……と言いたいとこだけど、今回はそこまででもないんじゃねえかな、とも予想してる」
「どうしてまた」
「あいつら、医者を目指す傍ら、ニム試験の上位層も目指してるんだよ。もはや普通の学力試験じゃ計れないんだと。とりあえず二次も突破したらしい」
「えーっ!? フーミンの妹ちゃんってば、二次試験もいったの!?」
男の世界に聞き耳を立てていたのか、マイカが突如割って入ってきた。
「ちなみにあたしも受けたしニム試験!」
「ほうほう。結果は」
「受かってたらここにいないよね?」
「そらそうだ」
「……なんだ、そんなに倍率高いのか?」
ニムのことをそもそも分かっていないシャニだから、その試験についても疎いようだった。
「いやあれホントにハンパないって。ねえナー、今年特にやばくなかった?」
「うぅん。わたしはいつも通り、難しすぎてなんだか分かんなかったなぁ。あ、ちょっと待ってぇ。今年の結果、載ってた気がする」
ナージが今月号のルォズヌをペラペラ捲る。毎年この時期になるとどの女性誌もニム試験についての特集をしていて、マイカとナージ愛読のルォズヌも例にもれなかった。
「今年は合格者一人だって」
「へえ。そんなに少ないのかニムってのは」
「ちなみに、友愛セゴナ人以上のセゴナ国籍を持った女なら誰でも受けられる。今セゴナの人口が三千万人だったかな。その半数近くが年齢関係なく受けるから、千五百万分の一。倍率計算すんのも馬鹿らしいよな」
「そんなに」
難関名門校ぐらいを想像していたのだろう、単位が大きすぎてよく分からないといった顔をするシャニ。
「つっても、ほとんど自分がどのくらいの能力を持ってるかの〈アレルギーパッチテスト〉みたいなもんだろ? そういう意味じゃ真面目に試験やってないって妹たちから聞いたぜ?」
試験内容は男には秘匿されているが、それでもフーマの聞いた話だと、高等教育レベルだと全問正解はスタートライン以前の問題だとか。
「そう言えるだけ妹ちゃんが凄いだけだしっ」
「ふふん」
「あれ、嬉しがるんだフーくん」
嫉妬がるのではなく、むしろ胸を逸らして自慢げにするフーマにナージが疑問を投げかけた。
まあ要するに、とんでもない高みに登ってしまっている、ということだ。血の繋がった実の妹たちなのに。それこそがフーマのコンプレックスにもなっていたのだが、限度を超えてそこまで行ききってしまえば、最早清々しさすらある。
「……どうしたサクラ」
「ニムって別にいいものじゃないけどなー」
輪の外で、どこか会話をつまらなさそうに聞きながら、次々と食事を平らげていくサクラにフーマは話しかけた。サクラが本気で食べ始めたら全員分の食事が一瞬で空になるので、専用に一つ作っておいた。穀類と季節の野菜を炒めた、チャーハンのような一品で、いかにもな男の料理。山としか表現できないそれを、既に半分削いでいた。
「サクラはニム試験やらなかったのか?」
「私はセゴナ国籍持ってませんー」
「それじゃあ資格自体がないか。興味もなかったり?」
「いや、ニムは知ってるよー。それなりにー」
そうしてまたサクラは食事を再開する。気持ちが良すぎる食いっぷりだった。
「えー、この話さー、掘り下げるー?」
「いや、別に」
そもそも話のきっかけにニムを使っただけであって、フーマの主題は別にあった。
「どうだそれ」
「なかなか飽きがきなくてよろしー。ラセリ使ってないんだねー?」
「よく分かったな。まあ、最近そればっかりだったから、たまにはな」
「そりゃーまー。味感じてればわかるでしょー」
「てっきり、腹に入れば全部同じっていうのかと思った」
「ひどいよーふーま君ー。私これでもちゃんと植物の味は分かるよー」
「そんなもんなのか」
「そんなもんですー」
えっへんと胸を張るサクラ。また成長しているような気がしたが、確認したいのはそこじゃないと邪念を払う。
ここ暫くは、サクラにいくらかフーマが手料理を出していた。栄養成分表などないから厳密な計算はできないが、可能な限りバランスは整えた。
いくらなんでもレパートリーにも限界がきてしまうので、自分自身の気分転換のためにも、たまには雑な味わいの料理を作りたくなった。栄養士だってジャンクフードくらい食べたくて食べる。
「女の子たちさー、ここ数日で、なんか大きくなったー?」
「流石にそれは気のせいじゃないか、とは思いたい。ただまあ、その筆頭のサクラはむ……こほん、見た目で分かるくらい成長早いよな。やっぱ高純度の栄養素で叩きつけると違うのかな」
サクラ以外はあまり肉体の変化はない。だが、どうにも大人っぽく感じる女子が増えた。リュガジセンが強く分泌されると女としての魅力が増す、などとも一説で言われている。リュガジセン自体が未知の物質なので仮説でしかないのだが、こういった事象を目の当たりにすると、案外的外れでもないのかなと思える。
「なんか自分の身体じゃないみたいだよー」
そうは言いつつ、日々強まっていく魔をきちんと制御できているあたり、地の出来が違うのだなと思える。計画の肝心要、そのくらいでないと困る、と思うのは強欲すぎるか。
「ねーねー。聞いていいー?」
「なにを」
「商品化とかってするつもり、あるのー?」
「…………。いや、特にない。短期的な調査で一旦終わらせるつもりだ。あまりに急激な身体の変化は副作用も怖い。今回の件がどんな結果で終わるとしても、手を引いて事後観察する」
「ふーん。そっかー。よかったー」
なにが、とまで聞き返したかったが、サクラからほんの少しだけ、肌を刺すチリリとしたなにかが発せられたように感じたフーマは、言葉を止めた。
任せているという負い目もある。更にサクラの変わっているようで変わっていないような、掴みどころのない雰囲気には、時折引くしかない時もあった。
「まー。それなら私にお任せあれー」
サクラが匙をからんとお盆の上へ投げる。それが当然のように完食をしてしまった。
「遊んで遊んでー、ちょっとお勉強してー、期待に応えてみせましょー」




