5-1
「おはよう」
「あ、ふーま君。おひさー」
「おひさってか、一週間も経ってないけど」
「そうだったっけー」
本気で言っている様子のサクラに、こいつ、と思うフーマだった。
「悪いな。朝の世話を任せっきりになって」
「言われた通りのことしかやってないけどー、それでよかったんだよねー?」
「ああ。それがいいんだ。どれ、今日からは復帰だ」
そうしてフーマはここ数日任せていたスゥの世話を始める。
「おー、これまた、今回は生育がいいな。一代前も十分大きかったけど、これまたかなり体重増えそうだ」
「みんなぶら下がってきて大変だよー。なんでこんな噛んでくるのー?」
そう嬉しい悲鳴を上げるサクラの服は、産まれたばかりのスゥが何匹も垂れ下がっていた。見た目は柔らかそうな素材なのに、とても頑丈なものだ。
「産まれたばかりで乳首噛むために顎は真っ先に発達するんだよ。んで、乳母に甘える時もよく乳母の身体を噛むんだ。だからそれ、サクラに甘えてるんだよ」
「私の服噛んでもおちち出ないよー」
そうは言いつつ、甘えられて嬉しがっているのは、女の母性が成すのだろうか。ふと童心に帰り、その無駄に豊満な胸元に飛び込んだらどんな感じになるだろうと思う時もあるフーマであった。おくびにも出すわけないが。
忙しなく動き回る子スゥに翻弄されながら、なんとか本日の日課も終わらせる。
「ふぅん……」
「どうしたのー?」
「いや。ちょっと思うことがあって。チカキの推察で当たってるんじゃないかと」
「ちかき君すごいねー。どんなのー?」
「餌にある物を混ぜて以来、顕著に数字に現れるようになったことがあるんだ。一挙に成長する時と、しない時があるんだけど――」
「不思議だねー」
聞くだけ聞いておいて、その仕組みは一切考えるつもりもないようだった。いっそ清々しい。
なんてことのない、いつもの登校風景。
しかしそうは言っても、同じ日というものは二つとしてない。
気がつけば、もう次の季節へ移行しようとしている。
残された時間。モラトリアム。それは如何程だろう。
前世に比べれば、こちらの大人は圧倒的に楽だ。就職の仕組みが全く違う。だからこそ、仕事をしている人間は、目的と理想をとても強く抱いて社会へ出ている。
そんな一員に……再び大人になる度胸は、まだ暫しは出てこない。
それだから、今は。大人になるためにも。
目の前に立っている旗ぐらいは、全力で取りに行こう。
――サクラ曰く、『お前ら、もっと見せてみろ』と【ナゴョミ】は言ったという。
確かめる術などない。全てはサクラのみぞ知る。
だというのに虹霓はそれを無条件で信じた。
その上で、ではそれはどういう意味なのか、を考えた。
力が暴走したことや、それを抑えるための奔走。この光景を見守った上での、【ナゴョミ】からの言葉。この力は、【ナゴョミ】が与えてきたもの。ならば、与えた本人に、成長した証を見せてやる。それがナゴョミに見せる敬愛の形。それが女子陣の見解だった。
それをどう表現するか。議論の結果、『ありったけの力を叩き込む』ということになった。
……あまりにもあまりな結果であったが、そうとしか表現できないのだから仕方がない。
具体的な行動はともかく、まずは方針までは決めた。この方向で進めていいか、議論の内容を纏めたフーマとシャニは、都心に詰めているチカキに会いに行き、再開の喜びもそこそこに、数日間、みっちりと更なる議論を進めた。
そうして昨日、ナゴョミへ戻ってきたフーマとシャニは、その行動を起こさんとすべく、学校へ向かっているのだった。
「あー、まいかちゃんだー」
「あれ。サッキーとフーミンと会うなんて珍しいしっ。ってか、さらーっと帰ってきたね」
「わざわざ、今から帰りまーすってお父さんが〈メール〉送るなんて一昔前っぽい真似するわけねえだろ」
「意味わかんないしっ」
数日ぶりにマイカの顔を見たが、すっかり平常運転だった。心から安心する。
「俺とシャニがいないからって授業怠けてたりしねえよな?」
「フーミンがいなくても、ナーがいるから大丈夫だしっ」
「ふーま君いないとなーちゃん凄くお姉さんっぽいよねー」
「そうなのか」
あの騒動は無駄になっていないようで、各々の心境にも少しは変化があったようだった。
「ん? 噂をすれば影……というか、音。こんなところまで?」
いつも校門で行なっている、ナージの【単響楽団】。いつも楽しげなその音色は学校にある程度近づけば自ずと聞こえて来るのだが、今日は以前よりもずっと手前の地点から届いてくる。
「なーちゃんねー、どんどん上手くなってんだよねー」
「入学した当初から上手かったけど、最早別物になってきてるんだよな【単響楽団】も」
自身が直接演奏している以外の楽器は、それぞれ魔によって制御している。楽器自体も技で作られたものを利用したり、魔で再現してみたりと、演奏をするための手段でしか用意していない。なので当たり前だが、自身が成長すれば演奏も比例していく。
それにしたって、音楽の知識や素養がないフーマでもきちんと理解できるほどに、ナージの演奏は緻密さと感情の技巧が高まっていた。
学校へ近づくほどに各種パートがきちんと聞こえてきて、演奏はより豪奢なものとなる。
「おはようナージ」
「あ! フーくんだおはよー!」
「なーちゃんおっはー」
「おはようサクちゃん! マイちゃんもおはよう!」
「おはよう……ってか、朝もしたよね?」
「いいじゃんいいじゃん! 挨拶は何度したっていいのです!」
手持ちで演奏している喇叭だけを止め、ナージは今日もはきはきと挨拶してきた。やはりナージには屈託のない笑顔がとても似合う。
「今日はあとシャニくんだけなんだぁ」
「多分、村の手伝いでも少しやってるんじゃないかな。だから教室行こう」
フーマの言葉にナージは楽器をどこへでもなく収納し、一堂に揃った四人で教室へ向かった。
「チカくんは元気だったぁ?」
「元気も元気。ミナヤ様のための仕事中だからさ。顔テッカテカ」
「あ、あははぁ……」
おかしい。ナージが顔の半分はそのまま、もう半分だけ苦そうに歪めている。聞いて失敗した、というような表情だ。さほどにチカキが気持ち悪いのだろうか。フーマとシャニも抱き合って震えるくらいには気持ち悪かったので共感はするが。
教室に入って、それぞれの席へつく。程なくしてシャニも到着し、今日も揃った。
校長兼担任がやる気なさそうに出欠を取り、また部屋へ戻っていく。一応級長として、今日の連絡事項を簡素に伝える。
「今日は放課後、また話し合いするからよろしく」




