4-6
「――とまあ、これが俺の動機ってやつだ」
これまでシャニとチカキには明かしていた、ナゴョミへ掛ける想い。
曲がって、捻れて。全然真っ直ぐじゃなくて。
それでいて、どこか甘っちょろくて。
言うも聞くも恥ずかしい、そんな吐露を。
虹霓のみんなは。
静かに聞いていた。
「……おーい。感じないけど勘は働いてるぞ。リィンとナージ。ついでにシャニ」
フーマがそう言うと、ハラリ、目の前に『聞く』を意味する単語が落ちてくる。それは小指の先程もない小さいもの。紙のようにひらひら舞い落ちて、地面に触れると同時に溶けていく。
最初に周辺の森から出てきたのはシャニだった。豆粒の大きさに見えるほど遠かったが、服装の色合いから識別できた。手を挙げて参った参ったという手振りをしながらこちらへ向かってくる。その後ろには、ピンと背筋を伸ばしているのにシャニの半分ほどの大きさに思えるナージと、どこか腰を曲げながらおずおずと歩くリィンもいた。それぞれの歩幅でこちらへ向かってくる。こちらの三人も、あちらの三人が来るまでゆっくりと待った。
息を乱したリィンがようやく到着するまで待って、改めてフーマは切り出した。
「知ってるシャニはともかく……盗聴してたな? 別にいいんだけどさ」
「ならいいじゃない。汝の数奇で滑稽な過去が知れて、とてもせいせいしたわ」
「ならよござんした。復帰したと思ったら、視角以外のことまでできおってからに」
たった数時間前まで、視覚しか使えない、などと言っていたのに。聴覚まで。
「……ナージには幻滅させちゃったかな」
ぶんぶん、と大きく頭を振られる。
「うぅん。フーくんも色々あるんだって思った。あぁ、だからかあって、色んなこと思い出して、納得した」
「そう言ってくれると助かるよ」
格好をつけないがために語ったのだから、今更取り繕う必要なんて微塵もないのだが、それはそれとして体裁は整えたいという心理が働いていた。
「……ま、こんな経緯があって、俺はこいつを咲かせたいんだよ。できなければ、俺はただの無能で終わっちまう」
フーマはそれを言うと、口をつぐんだままのマイカへ、改めて向き合った。
「――が、ねえ。正直、本音を言わせてもらうと、俺がどうこうできるとも思ってない」
「……なにそれだしっ。そこまで言っといて」
あまりにも落差のある、本心の発露。その相反する言葉に、思わずマイカは吹き出した。話のオチとして出した部分もあるので、笑ってくれて嬉しくなった。
「だってよぉ、考えてみろよ。男に比べたら、女なんて、なんだってできるぜ? 悔し紛れに『男には技がある』なんて言ってるわけだけど、やっぱ限界はあるって。そんでもって、色んな女が挑戦してはうまくいってないんだ。一般人代表みたいな俺に何ができるよ。……そんな当たり前のことを直視して早一年だ。まだ勝ち目あるんじゃないかと思いつつ、やっぱねえよ、と思う日々。そんな、立派じゃない俺がだよ? こうして足掻いてるのはさ、全身が灰になるくらい、燃え上がりたいんだ。心の根っこから本気を出してダメだったら、それなりに本当に諦めもつく。自分にケリをつけるため、その気持ちを固めるための中等部生活だって、俺はこの三年間を規定している。だからこそ、少しは気楽に挑んでるわけだ」
そうして、改めてマイカを見つめる。
「だから、焦る必要なんて、ないんじゃないかな」
「……あー、はいはい」
手をひらひら揺らすマイカ。
「なんというか、男って、バカだわ。よくそんなはっずいこと言えるしっ」
マイカは立ち上がり、大きく、大きく伸びをした。
「なんか、バカらしくなっちゃった」
そう言った表情は、月夜に全くそぐわない、太陽すら凌駕する、晴々しいものだった。
「あたし、昔はさっ、もっとくらーい性格してたんだよ」
「少しくらい面影あってちょうどいい塩梅だと思うけどな」
「最後まで聞けしっ。……あたしはさっ、フーミンみたいな家庭環境じゃ全然ない。ふつーもふつー。でも、似たようなことは考えてたんだよね。フーミンがなんか言う度、胸に強く刺さっちゃって、掘り返される気持ちだったしっ。ま、それは別にフーミンが悪いってわけじゃないんだけどさっ。あたしが勝手に思い込んでるだけ。考えすぎちゃうんだよね。それで何度も失敗してるのに、まだそんな自分を変えられない」
元真面目ちゃんなギャル。そんなのがいたなーと前世を思い出す。その気質は感じ取っていたが、そのタイプだったか。
「いい加減、大人にならなきゃだよね」
十四歳は大人か子供か。文化圏によって定義が大きくことなるその概念。だが、自身がいつから大人になれたか、それを認められるか。それはまた別の話となってくる。
「だからその……ごめんなさい、ナー!」
「…………。え、えぇ? あ、いいよいいよ!? なんで!?」
本当になんで謝られているのか分からない、といった様子のナージに、まさかのシャニが真っ先に吹き出した。一拍遅れてフーマも笑う。
「はははは! うん、ナージは優しいね。そこマジ大好き」
「?」
余計になにがなんだか分からない、とナージが首を傾げている。
「うんありがとう、ナー」
マイカは笑うことなく、優しくナージの手に自身の手を添える。
「え、あ、うん。ありがとう……?」
マイカが気にしているほどに、ナージは気にしてなんかいない。そんな無邪気な性格が、今は本当にありがたかった。
「ま、一件落着ってことで」
本質的な部分は何も解決していない。だとしても。
心がどこか宙に浮いていた虹霓六人は、ここでひとまず、初心を取り戻すことで、仮初でも団結を得ることができた。
「とりあえず、寮に帰って飯食おうぜ。今日は俺も相伴させてもらうかね。今から帰って作るのも面倒だし、な……。…………?」
ふと、今まで気にしていなかったが、なにか違和感があるのを、フーマはようやく知覚した。
「なんだ、これ……」
その発信源がどこかからと探ろうと、辺りを見回す。するとすぐに見つかった。
「…………」
サクラが厳粛な面持ちで【ナゴョミ】を見つめている。その様子そのものが不自然なのではなく、サクラの視線の先端に位置するもの。
「どうしたんだサクラ」
「分からないわ。さっきからこんな感じよ」
リィンが答える。そういえば会話に参加してこなかったか。
「ねえふーま君、しゃに君。これ、見えてる?」
サクラが【ナゴョミ】を指さす。それを聞いた男二人は【ナゴョミ】を観察する。
「……光ってる?」
「オレもそう感じる」
【ナゴョミ】が注視しないと分からないくらいの、小さな小さな、粛たる光を帯びる。誘蛾灯に引かれる羽虫のように、抗えない力でサクラは吸い寄せられていく。
「――この子、また何か、言ってる」
【ナゴョミ】に静かに手を置いているサクラは、小さな声に耳を澄ませるのと同じように、目を深く閉じ、神経を研ぎ澄ませて、その言葉を受け止める。
「…………」
顔を歪ませ、額から冷や汗を流す。
「……『もっと』?『いっぱい』?……『見る』?『確認』?……『元気、源』……違うなー……『したい、ほしい』?……」
小さな声で、ぶつ切りの単語を並べていく。その様は、慣れない異言語の翻訳作業をしているようだった……というよりは、事実、そうなのだろう。
しばらくすると、顔中にびっしりと汗を張りつかせ、困惑の表情をしたサクラが、やおらに【ナゴョミ】から離れた。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い呼吸のサクラの様子を受け、フーマは手持ちの栄養剤を渡し、ナージは【元気の出る出るマーチ】を演奏する。シャニは沈静効果のある香を焚き、マイカはハンカチでサクラの汗を拭う。リィンはオロオロしている。
こんな時に言うのもなんだが、それぞれの領分を活かした役割分担を相互に邪魔しないよう動くのが、息が合っているという感じがして無性に嬉しくなった。ただしリィンはビタミンE。
「この子……やっと……わかること言ってくれた……」
息も絶え絶えで、呼吸も落ち着いてからでいいというのに、サクラは少しでも早く伝えようとする。眉根は尚も険しいままだが、口の端はどこか楽しそうに上がっていた。
「多分ねー、『お前ら、もっと、私に、力、見せてみろ』って言ってるー」
一同は顔を見合わせる。
あるとは思っていなかった、変化。それも、これまでにない反応。
ピンチはチャンス。
ここ百年単位で変化がなかった【ナゴョミ】。それがこうして変革を起こしているこの場面は。
生かすも殺すも、現代ーーこの虹霓にかかっているのではないだろうか。
「なんかよく分かんないけど、いけるぞ俺たち!」
フーマの興奮の叫びに、みんなも強く同調した。
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