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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
生き様

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43/54

4-4

「……どうしたんだよ、さっくり俺を通すなんて。リィンまで、らしくない」


「開口一番それかしら。いつもいつも返事の一つくらいしたらどうだなどと、のたまうくせに」


「俺が言ったくらいでやるようなたまか? 普段だったらさ」


「やったからいいじゃない。もしくは、しないと分かっているのなら、わざわざ無駄に口にしないでほしいわね」


「いんや。すると分かったからこれからも言うに決まってる」


「……一時の気の迷ひは過ちなりき」


 そんなやりとりをしつつも、本から視線を一切動かさないあたりは、あくまでも平常だった。だからこそ、ただ一つの違いが、やけに異質なもののように感じられた。


「今日はなんの用かしら。創立祭も終わったのだから、暫くはここにくる必要なんてないはずよ」


「ないとリィンに会えないのかよ」


「…………」


 何言ってんだこいつ、と訝しんだ表情をされる。少しくらい照れてくれてもバチは当たらないのではないか、などと少し自惚れてみる。


「いやさ、聞きたいことがあって」


 そんな風に切り出しながら、懐から包みを取り出す。中身はナージに渡したラセリチップとほぼ同じだが、使っている品種が違う。もっと純粋に糖度を高め、即座にエネルギーを補給できるようにしてある。


「汝がそう吾を尋ねるのは碌でもないのよ」


 そんな風にフーマを否定しながらも、許可も取らず……というか、疑ったりもせず、包みを解いて中の菓子に躊躇なく口をつける。右の頬が少しだけ緩んだのを確認してから、フーマは切り出した。


「疲れただろ。()()()()、俺の知らない間によくもまあ使えるようになったよな。影ながらの努力ってやつか。やっぱ慣れないことやると消費量多いもんじゃないか? 甘いのは疲れた身体にはいい動力源だぞ」


「……遠回しに責めるとは。心外ね。そもそも汝は秘密にしようという気概が見えないわ。隠そうともしてないなら、見られたところで不都合はないわよね?」


「あー、本当に見てたのか。そうかもなあ、ぐらいの気持ちでいたのに」


「…………」


 鎌をかけられていたことに、フーマの反応で気が付いた。見る見る顔が険しくなっていく。


「サクラの反応が早すぎたんだよ。事前に暴走するかも、と分かってて張ってたとしか思えない」


 あの実験室には生花は置いていない。広域を見渡せる魔もあるらしいが、媒介にしやすいものがあるわけでもないのに、サクラが常時使っているのも変な話だ。


 ならば、他の誰かがあの光景を眺めていて、危険そうだと感じたから、いざとなったら止めるよう、サクラに伝えた……そんな推測の方が、みんなの性格を鑑みるに、よほど自然に感じた。


 そしてフーマ、ナージ、マイカが室内にいて、何をしているのかを盗み見していそうな、サクラ以外の女。


 それを考えると自然、リィンが槍玉に挙がった。


「…………。小さき消息に心付きたるとは驚きき」


「違和感しかなかったからな。正直、自分のことでも手一杯なのに、環境が急変してて戸惑っているんだよ。だから神経巡らせてるんだ。……ただ一つ、最大に疑問があってさ。リィンってそんな風に魔を使えたっけ」


「最近よ。少しは使えるようになったのは」


 これまでまるで才能のなさを見せていたリィンが、使えるようになるとは。魔は才覚にもよるものは勿論大きいが、後天的に身につける部分だって大いにある。勉強とそのあたりは全く同じだ。


 リィンは証拠を見せつけんとばかりに、一冊の本を取り出す。目を瞑って深呼吸。開いた頁から、黒い何かが浮き上がってきた。それは秒を経るごとに輪郭をしっかりさせていく。


「……眼?」


 セゴナ語で『眼』を意味する単語の形をしている。ふわふわと所在なさげに漂う。かと思うと、ハエが飛ぶくらいの機敏さでフーマの背後まで中空を滑っていく。


「背に花弁つけり」


 聞いたことがある。軍事用として開発された魔で、斥候がよく使い、男たちの居場所を暴いたという。名は確か、【射文字】。……日本語に訳すと間抜けな響きになるから覚えていた。


「〈監視カメラ〉を〈ドローン〉としてるような感じでいいんだっけか」


「知らないけど、そうよ」


「リィンのそういう知ったかする〈厚顔無恥〉なとこ、好きだぜ」


「意味わからないけど侮辱されてることだけはわかるから不思議ね」


 そういえば、とフーマは思い出す。先程、虫のような何かが飛んでいるような気がした。それがこの魔だったのだろう。セゴナは特殊な土壌が故に、人間に害があるような虫は生息できなかったりする。


「見ることしかできないのか?」


「もう少し習熟すれば五感を得られるようになるらしいわ。まだ吾は視覚しか使えないけれど」


「ちなみに、誰から教わった? 人見知りなリィンがおいそれと誰かに教えを乞うなんて……」


「…………」


 フーマがそう問うと、途端にリィンは無言となる。その態度でピンとくる。


「ああ、最近、リィンとマイカが夜に会ってるってのがそれなのか」


「……――! どこで知ったのよ、誰も知らないはずなのに!」


「とある筋からだ。広くもない村なんだから、隠し事したって誰かは見てるぞ」


 本当は間近も間近にいることは伏せておく。シャニは夜目がとても効く。それが夜であろうがきっちり魔で隠さない限り、寮の付近でやっているならシャニには筒抜けだ。


「俺からは他言するつもりはない。大体、誰と誰が夜半に逢瀬しようと、どんな恋愛しようと、俺には関係ない」


「なにが恋愛よ、誰と恋愛よ」


「マイカの恋愛観は純セゴナ人のそれじゃなかったか? だから同性愛もありだったような。リィンもリィンでそういう小説ばっか読んでるし。まあいいや、そこは関係なさそうだし、本題からずれすぎだ」


「吾としてはそのずれた筋の方をしっかり正したいのだけれどね?」


「それよりさ、さっきのことを聞きたいんだ」


 そんなリィンの主張など素知らぬ顔で、フーマは改めて、先程の一件について、リィンの見解を求める。


「なあ。最近、女子の間で何があるんだ。リィンの見解でいいから教えてくれないか」


 誤魔化してもしょうがない。考えてわからないものを、自力で解答に辿り着けるならその方が美しい。だが頼れる相手がそこにいる。


「さる易きことも分からずとはあさまし」


「分からないから聞きにきたんだよ。俺がこういう時頼りにできるの、リィンだけだから」


「……ふ、ふん」


 腕を組んでぷいっと顔を背けるリィン。しかし垣間見えるその横顔は、どこか愉悦に塗れているように見えた。やがて、小さく、ぶつ切りの言葉を一つに紡いでいく。


「…………。単純よ。みんな、あの神樹を見ているうちに、自分がやっているのが正しいのかわからなくなって、虚しくなっているのよ。そも、どうして自分が神木を咲かせたいのかを見失っている。本当にやる必要、あるのかと。そして、そんな当たり前を今更考えてどうなるのかと」


「――――」


 みんな、らしくないことを考えているのか? それを聞いたフーマは、それをまず思った。だが同時に、どんな言葉も挟める立場ではないことを感じた。なにせ、日頃から考えていることそのものなのだが、他者から見えるフーマは、きっとそんなウジウジ悩む人間ではない。人の心を、他人が勝手に決めつけることなんて、誰にもできやしない。


「それはリィンもか?」


「どうかしらね。もともと吾はそこまで情熱はないもの。だからさほどじゃないわ。……ただ、あの金髪女は重症でしょうね」


「だろう、なあ」


 見てとれるほど調子がおかしい。もともと環境で変化しやすい質ではあったが、それにしたって。心と体は繋がっている。先程の予期せぬ暴走もそこに起因するのだろうか。


 ……ちなみに。今は流したが聞き逃してはいない。リィンとて、さほど。


「しかし、最近になって、突然の話かぁ」


「その些細な女心の変化も見逃すとはさすがに不良ね」


「それ言われると男心が痛いが……まあ、男心側も面倒なもんだぞ。今がそんな感じだ」


「?」


 女性陣は、最近になって、無力感に苛まれてきた。


 ――逆説的に言えば。


 最近までは、違う行動原理を持って、自己効力感で動いていた、ということに他ならない。


(いいなあ)


 それだけ実直に自分を信じられるとは。眩しさすら感じる。そんな場合ではないというのに、それがどうのも嬉しくなってしまったのだ。


「女は強くできてるよなあ。身体の仕組みから全く違うんだから比較することでもないけど」


「……汝が何を納得したのか分からないわ」


「なあに。みんな、真面目なんだろうなあって。俺はかなり邪念があってここに来たからさ」


「…………」


 それを聞いたリィンは、またもや無言となる。思うところがあるのかないのか。そんなことまで推し量るつもりはなかった。


「よし。おかげで考えることが――増えちまったよちくしょう」


「それは滑稽ね。考えを纏めるために吾の元へ来たのではなくて?」


「でも、方向が決まれば楽になるもんだ。……もう、いい時間だな」


 意識はまるでしていないが、もう少しで日が落ちる。短い時間でバタバタ動いていたため、そんな気配はまるでしなかった。


「送るぜ。リィンも流石に帰るだろ?」


「決めつけないでもらいたいものね」


「そう言って。いつもみんなが食事を終えた頃合いを狙って帰ってるの、あんまよくないぜ」


「…………。不用なることばかり知れる男なめり」


   ・


 戸締りをきちんと確認し、フーマとリィンの二人は帰路を行く。


 戸締りをしている最中に勝手に帰るかと思っていたが、素直に待っていてくれていて逆に声をあげて驚いた。たかがそれだけの出来事にも思えるが、そんなところにあるリィンの逆鱗に触れてしまったようで。今もまだぶすっとした顔のままだった。


「今日の飯はなんだと思う? ヴォルグさんもこの状況で、よくもまあ出汁を取れるもんだよ」


「…………」


「ってかさ、リィンって、俺がどんなの食ってるか知ってたりする?」


「…………」


「言っても、基本的にラセリで、スゥの肉を少々、って感じなんだけどな。ナゴョミだと魚が貴重すぎるよな。ナジュイ商店が来るの待たないといけないのがまたなんとも」


「…………」


「なあ。いい加減、機嫌直そうぜ?」


「……それは吾が自分で決めるわ。汝の指図なんて受けない」


 フーマは肩をすくめる。未だに、リィンの感性がどこにあるかなんて分からない。だが、分からないからこそ、リィンという女は面白かった。


「なんか、新鮮だよな」


 リィンとこうして共に歩むなど、そうそうある物ではない。どんどん遅くなったり、かと思えば突如早歩きになったりと、歩調を合わせるのもなかなか大変なのが瑕だが。リィンが意地悪をしているのではなく、歩くことすら割と下手くそだからだった。魔を使って、さながらローラースケートのように移動する女も見ないことはないが、まあリィンはいろいろと無理なのだろう。


「はあ……なして吾は、かように気迷ったのかしら」


「リィンも思うところがあるってやつか?」


「さあ。もしかしたら、そんなこともあるのかしらね」


 こんな性格をしていても、リィンはリィンで完全に一人で生きていくのは難しいことを理解している。自覚しているからこそ、フーマのお節介もたまには受けているのだ。


 そうして、ゆっくりと歩きながらも、いつしか寮へ着いた。


「—―あれ? ふーま君だー。なんでー?」


「いや、サクラもなんでだよ」


 まさに今、敷地から出ようとするサクラとナージとシャニが、寮の入り口のところにいた。その姿を認めた瞬間、リィンはフーマの影に隠れようとしたのはなんだか。


「まいちゃん、見なかったー?」


「……もしかして、まだ?」


「うんー。追いかけてー、一度は捕まえたからー、帰るように言ってー。なんとか説得できたかなーって思ったんだけどー。帰ってきてないみたいなんだー。あ、ふーま君に渡されてたのは渡しといたよー」


 さて。のっぴきならない状態になってきた。もしものことがあったら。


「サクちゃんって探知魔は使えなかったっけ」


「使ってるけど何も見つからないんだよねー」


「脳味噌花畑の魔でそれってことは」


「そうだねー。まいちゃんもー、すっごく魔が強くなってるねー」


「噛み合っちゃった……のかなぁ」


「あの金髪女ならありえるわね」


 女性陣のみしかわからない会話を繰り広げられる。フーマも知識としては持っている。


 女の魔は、謂わば、体内に無数の歯車を持っている状態であり、その中から特定の歯車を完璧な力で噛み合わせた時に発動できるようになる。魔の練習とは、どの歯車を使えばいいのか、その歯車はどの力で伝導させられるのか、そういったものを探ることである。一度見つけてしまえば後は引っ張ってくればいいだけ。


 義務教育で教えられるような魔は簡単に見つけられる歯車をしている。高度な魔になればなるほど、適切な歯車を見つけられなくなる。そもそも、その歯車があるかどうかだって、その女の資質による。


 だが、もし。自分で知覚できないうちに、うちに秘める歯車が次々と噛み合っていれば。意図をしてない仕事を始めてしまう。


 成長期にはままあることでもある。反対に、稀代の力を持った女が、実は歳を取ってから発現していた、という例もまた枚挙にいとまが無い。……どちらのパターンにしたって、数年ほどの時間がかかるのが通例である。


 マイカのこれは、早すぎであり、異常なのである。


「苦しいんだろうな」


 シャニが簡素に放った言葉は、単純だからこそ、フーマの理解とも一致した。


 成長があまりに早すぎる苦痛。自分が遠くなっていく気すらする。自分は一体何者なのか。


 そんな気持ちは、形は違えど通ってきた……否、通ってきているフーマだ。


「もう日が暮れる。愚問だろうが、探しにいくつもりなんだよな?」


 フーマの言葉に、サクラとナージがこくりと頷く。


「それじゃあ俺らが出てる時に入れ違いになっても馬鹿馬鹿しい。リィン。もしマイカが帰ってきたら、サクラかナージに教えてくれるか?」


「気安く頼むものね」


 そうは言いつつも、リィンは先程のように、【射文字】を使う。


 だが。


「う、あああぁあぁぁぁ……」


 今度は突如として、リィンが呻き声を上げる。


「ど、どうしたんだリィン!?」


「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……」


 頭を掻きむしっている。その半狂乱となった荒れっぷりは尋常でない。突如のことにフーマも安否を確認する言葉を投げかけるしかできなかった。


 一方で、サクラとナージは冷静だった。


「リィお姉ちゃん……ねえフーくん、ここはわたしに任せてくれる?」


「えー、なーちゃん、大丈夫なのー? りぃんちゃんどれぐらい魔で溢れてるか私もまだ分かってないよー?」


「こんな時に動けなかったら、わたし、ここに居る意味、ないから。だから。任せて」


 そう言ったナージは、魔で生成した楽器を横並びにずらりと発生させる。――ここまでの規模の【単響楽団】は見たことがない。……間違いなく、ナージも強くなっている。マイカと同じようになっている。


「念の為、オレは寮母さんを呼んでくる」


「しゃに君はそーした方がいいかもー。男の子はこういう時に安定するからー。じゃー私たちまいちゃん探すねー。なーちゃんも無理しないでねー」


 寮母のヴォルグは医療の知識もある。ある程度はそちらにも頼った方がいい、というシャニの判断。


「フーくん、サクちゃん。マイちゃんをよろしくね」


「分かった。この場は任せるよ」


 ナージには考えがあるはず。今はそれに任せることとた。


 ……正直な話。何が起きているのか。フーマには何も分かっていない。


 それでも。


 今ここで、マイカがどこかに行ってしまえば、取り返しのつかないことになる。そんな予感がするのだ。


   ・


「やっぱりここか」


 神木【ナゴョミ】。その木の下でマイカは座り込んでいた。


「探したぞ」


「どのくらい」


「ごめん嘘」


「明かすの早すぎだしっ」


「いやいや。そのぐらい、繋がってるってことで一つ」


「で、本当は?」


「一発目から当ててやったよ」


「当てられたことを喜ぶべきやら読まれて悲しいやら」


 声色は重いが、軽口の調子はどうやら戻ったようだった。それだけでもだいぶ安心できた。


「よっと」


 フーマもほど近いところに座り込む。ついてきていたサクラも、ふんわりと隣に座った。少しにこやかな表情のまま、何も言わない。ただ一つ、空へ向かって花を打ち出した。遥か上空まで飛翔したそれは、夜空に大輪の花びらを広がらせた。マイカを見つけた合図だった。


「何しにきたの」


「いやな。ここに来るまでに初心を思い出してさ」


「初心?」


「まあ聞いてくれよ。俺が、どうしてナゴョミにきたのかをさ」


 そうして、フーマは語り出す。

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