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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
生き様

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42/54

4-3

 コンコン、大きなノック音。この部屋を訪問する人間は珍しいから、近づいてくる足音の時点で誰かは検討がついていた。


「ねえ、フーミン。ナーがすごく落ち込んでたけど、どうしたの?」


 探り探り、という様子のマイカが、小さな歩幅で実験室へ入ってきた。


「ん? マイカがここくるの珍しいな。いや、創立祭の時、〈怪談〉を聞けてなかったらしくてさ。生で聞きたがってたから、単独公演でやったやつ、再上演してやったんだ」


 目の前を飛んでいる、なにか虫のようなものを叩きながらフーマは答える。嘘を言っているつもりはない。


「へえ、そうなんだ」


「まあ怖がってはいたな。落ち込んでるように見えたのはどうか知らないけど、俺の〈怪談〉に、怖さがぶり返してたんじゃないか?」


「ふうん、な、ならいいんだけどさ……ほら、フーミンが酷い男だったらさっ、とっちめないといけないしっ、広めてやろうかと思って」


 興味のないような感嘆。……意識して出しているようにフーマは感じた。


「…………」


「どうした。それだけ聞きに来たなんてあるか?」


「は、はあ? そんなわけないしっ」


 語るに落ちている。どこか微笑ましさすら感じた。


 シャニが言うには、ナージとマイカが少しギスついていると。しかしこのマイカの反応を見る限りでは、決してナージを嫌っているわけではないようだった。そこは少し安心する。


 ただ、マイカの心情は、あまり理解できない。フーマとマイカの二人は、文化のまるで違う場所で生まれ育った虹霓の中では唯一、同じ国で生まれている。だからこそそういうものだと割り切れない分、余計に理解してやれないところだってある。見えないところで起こしている動きを、どんな面持ちで行っているのか。そんなもの、読み取れるはずもない。自然、こちらとしても少し探るような物言いになってしまっていた。


「そ、そうだっ。報告書読んだんだけどさっ、」


 そうしてマイカが言い出したのは、シャニが纏めて、リィンが編纂してくれていた、来客者たちの見聞。いろんな情報を手に入れることができたし、調べる方法も同時に聞けたことで、何かしらとっかかりを作れるようになった、一連の報告書。


「なんか、人に見えない光っていうの? それを植物は吸収してるって説、あるみたいじゃん?」


「あ、ああ……」


「あれって、わたしの魔の光でやれないかなあって」


 ……植物は基本的に赤と青の光に波長を吸収し、緑色の波長は不要とする。この緑色は反射され、人間の瞳によって分析され、植物は緑色であると認識されている。それはチカキが化学の授業で解説したところだ。……話を逸らすのが強引すぎるだろと思いつつも、戻すのもおかしなことだと感じたので、その流れに沿うことにした。


「できなくはないと思うぞ。出てるかどうかは、分析機にかけないと確認取れないけど。詳細に調べたいなら大学じゃないとないなあ……三稜鏡(プリズム)くらいならここにもあるけど」


 普段から我が物顔で使っているだけあって、そういった器具の場所も把握している。即座に器具棚から取り出してくる。


「ただうちにあるのは、光には波長があるってことを視認するためだけの、簡素なやつだから、大した情報は得られないだろうけどな」


「ふうん、やってみたいかも」


 そんなつもりもなさそうなのに、誤魔化しに誤魔化しを重ねているマイカ。


(……こんなマイカ、見たくないな)


 本当にらしくない。「誰がやるしっ」あたりの反応がほしいのに。先程までの微笑ましさから一転、失望、とでもいえばいいだろうか、そんな感情が湧いていた。


 そうして上っ面を塗り固めたマイカは、小さな光の玉を発生させる。


 ――【照明弾】、という魔がある。


 前世における、夜間における照明、または信号として使う兵器の一種……では勿論ない。


 こちらにおける【照明弾】とは、強烈な閃光を発しながら、それ自体をぶつける、高熱原体の武器とする魔。視認できないのではなく、それ一色に視界を染め上げてしまう。それが、低速でこちらへ向かってくる。男には防ぎようのない魔だった。


 光を発する魔。物体を移動させる魔。エネルギーを保持させる魔。これらを併用することによって発動させることができる。


 さて。


 今、マイカがフーマに見せようとした魔。それは、この【照明弾】と、よく似た仕組みによって構成されている。


 それを一箇所に固定できるなら、ただの大きな線香花火だ。周囲に火花が散るかもしれないが、そこまで危険なものではない。


 だが。


 移動させる力加減を、少しでも間違えたのなら。


「「――――!」」


 既に走り出した車輪は、止めるにもエネルギーは必要となる。急ブレーキを効かせたところで、空走距離の方が長ければ暴走を止めたともいえない。


 正面にフーマが位置取っていたのもまずかった。光の力を、もろに浴びてしま――


「…………」


 何も、ない?


 もしあれが、現象自体はきちんと生じていたのなら、無防備な男の身、ただでは済まない。それなのに身体のどこも、外界からの攻撃を受けたと報告してこない。


 全く意識せず顔の前で交差させていた腕をゆっくりと下すと、そこにあったのは。


「〈桜〉……いや、サクラ?」


 花弁に包まれた、小さな球。くるくると回っていて、桃色の淡い光を発している。それを見てフーマが呟いた。


 マイカは、何が起きたかも分からず、ただ茫然自失としている。


「だいじょーぶですかー」


「!」


 窓の外、サクラが突如として現れた。……蝙蝠よろしく、逆さまの姿で。


 これはこれで恐怖なのだが、そのせいか、なにかが吹き飛んだ。やっと正気に戻ったマイカ。


「ご、ごめんフーミン、あたし、そんなつもりじゃ……」


「いや、別になんの被害もなさそうだから別にいいけど」


「な、ならよかった……そのほんとに、ごめんね、わたし、ちょっと、行くね!」


 それだけを言ったマイカは脇目も振らず、脱兎の如く駆け出していく。


「あちゃー。まいちゃん、ついにやっちゃいましたかー」


 訳も分からなくなったフーマは、取り敢えず、窓の外で固定されているサクラに話しかけるべく、窓を開けた。


「……何か知ってるのか?」


「うーん。そこは女の子の秘密かなー」


「それより。できれば正面に戻って欲しい。すげえ気が散る」


「それはむつかしーですなー」


 よく見ると、空中に逆さまのまま浮遊していた。申し訳程度に屋上の柵から植物の蔓が伸びているが、あんな細さでいくら軽めとはいえ女の子の体重を支えられるのだろうか。


「わたしの体重はラセリ三個分ですよー」


「心読めるの? ……いやいや、どうでもいいや」


 本当か気になったが、魔を使えば質量変化くらい平気で起こせるだろうから、今の体重は本当にそんなものだろう。冷静に考察するだけ無駄。それより今は。


「マイカを追いかけなきゃ――」


「あー。それなんだけどさー、ちょっと私に任せてー。女の子には女の子の世界があるデスー」


「…………。分かった。俺ができることがあったらなんでも言ってくれ」


「うんうん。それじゃーわたしは行くねー。――ふーま君が色々やってるようにさー、私もやってるんだよー。だから安心してねー」


 そう言い残して、地上まで真っ逆さまに落ちていく。着地と同時にサクラは姿を消してしまった。あんまりにもな光景だったが、それ以外に気になることもあった。


 遠い地点に花を作り出すことも可能なサクラだが、視界に入った物は細かく操作できても、そうでない場所に遠隔で発動させる魔はさほど得意ではない。やろうと思えばやれるらしいが、精度はそれなりに崩れる。そんなサクラが、フーマをマイカの【照明弾】からピンポイントで守れるよう座標を指定したのは、どうにも腑に落ちない。


 ――いやいや。そんな場合じゃないだろう。


 フーマは自戒する。驚愕なんてしているよりも前にやることがある。


(サクラもなのか)


 なんとかしたい、という想いは同じ。なればこそ。マイカの元へいってしまう。その前に。


 これが正解だとは思えない。それでもこれだけは今じゃないとできそうにない。


「サクラ! まだそこらにいるか! これ、マイカに!」


 フーマは窓の外へ、ある物を思い切りぶん投げた。途中で失速したそれは、すぐさま空中に浮かび上がった花の円環の中心を通り、潜り抜けたと同時にそれは消えていった。一拍置いて、花の円環も煙のように散っていく。


 これが慰めになるかは知らない。こちらの真意を間違われるかもしれないし、なにより、フーマ自身がマイカの気持ちなんて推し量れていないのだから、鼻で笑うくらい見当違いかもしれない。だとしても。フーマは、この刹那にやれそうなことはやってみた。


 果たして正解かどうか。


「…………。聞いてみるか」


 本人には聞けそうにない。なら、周囲の誰かと寄り添って考察してみる。それがフーマのやり方。


 創立祭も終わり、残っている生徒は少ない。ようやく余韻も消え去り、残響もすっかりない。飾り付けも全て片付けられたここは、はたして数日前まで若者の楽しみを深く受け入れていた場所なのだろうか。ただ寒々しさだけがあった。


 そしてこの廊下は、俗世がどのような変革があっても、まるで意に介さず、ただそのあり様を維持し続けている。


 とんとん、古書室の扉を叩く。相変わらず返事は――


「在室せり」


 あった。あまりにか細く、ややもすれば虫の羽音のように環境音として聞き逃してしまいそうだった。それでも声があった以上は、普通に入室する。


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