4-2
思い立ったが吉日。なるべく早くに作戦を詰め切って、行動に起こそう。今日はさっさと帰って、さっき思いついた考えを纏めよう。
「ねえフーくん。もう一回、あのお話聞かせてもらっていい?」
と思って帰り支度をしていたら、ナージに声をかけられてしまった。
「あのって、どれ?」
「ほら、創立祭の時にやった、怖い話だよ」
「〈怪談〉ね」
少し出鼻を挫かれる形になってしまった。
……まあ、今日でなければならない理由もない。それに、夜をただ休息だけに当てる性格でもない。折角ナージが頼ってくれているのだ。頼れる兄貴分をしてやりたかった。
「うん。いいよ」
・
創立祭にて、フーマは個人的な趣味として、怪談をステージの余興として披露したりもした。セゴナでは怖い話というのがそれほど多くなく、とても珍しいものに映る。独特の口上を用いたそれは、初等部の頃なんかによくやっていた。当時からなかなか受けていたものだ。
「〈お後が宜しいようで〉」
「うっひゃぁ……こわーいぃ」
使い方を間違っているのは知っているが、それらしい口上を述べられればそれでいい。どうせ日本語の意味など伝わらないのだから。
シャッと窓掛けを開放し、外界からの光を受け入れる。先程よりもだいぶ傾いた太陽は、やや橙味を帯びて、実験室を染めていた。
「楽器ってさぁ、演奏するだけじゃなくて、こんな使い方もできるんだねぇ」
「怖い音を出す専用の楽器だからね。世の中にはそれで曲を作る人もいるけど……まー怖いよ」
ウォーターフォン。フーマが怪談を話す時に愛用している楽器。金属製の共鳴器と円筒形のネック、共鳴器の縁には長さと直径の異なるロッドが取り付けられている。共鳴器には少量の水が含まれている。これを弦楽器の弓を使って、摩擦させることによって発音させる。
日本式の怪談には、硬質で戦慄を覚えさせる音色は合わないが、日本の怪談をそのまま持ってきてもまるで伝わらないため、セゴナ式に改変してある。その改変されたものにはよく演出が馴染んだ。
一応、教室のままでは、どこか長閑な雰囲気が合わないだろうと、またも実験室にナージを連れてきている。ナージはあまりこないこの部屋を、これまた不気味に感じているらしく、少しは怖さを助長させる手助けになっていればとも思ったり。
「ふぅん……なんか、フーくんって、つくづく凄いなぁって。色々できるよねぇ」
「できないよ。できるフリしてるだけ」
フーマはお茶を淹れる。実験用の火起こしで沸かしたお茶。あまり褒められる行為ではないだろうが、このくらいの勝手なら可愛いものだろう。
「そんなことないもん。そんなこと、ナーちゃんと比べたら、ないもん……」
「……ナージ?」
先程まで怪談を聞いてきゃっきゃしていたのはどこへやら。風船よりも分かりやすく萎れていく。
唇をきゅっと結び、小さな手を固く握っている。
「やっぱね、ナーちゃん、なんにもできてないんだなぁって、思っちゃってね」
「…………」
フーマは私物のように扱っている備え付けの棚から、小さな籠を取り出す。
「食べてみて」
「……これは?」
「まあまあ。食べてみてって」
ナージが籠を開く。赤色をした、小さなクッキーのようなものが入っている。くんくんと匂いを嗅いでみているが、それでも検討がつかなかったようだ。意を決して口に運ぶ。
「――――!」
「お茶もご一緒に。よく合うよ」
フーマの勧め通り、そのままお茶に口をつけるナージ。
「――――ふぁ」
先程まで苦しげだった表情は一点、解けた朗らかなものになっていく。それを見たフーマも、その笑顔に嬉しくなった。
「これさ、ラセリから作ったんだ」
「…………。え、ラセリ?」
仄かな甘味と鼻腔突き抜ける芳香。あのラセリによるものとは到底思えるはずがなかった。
「最近、原種を手に入れてね。色々改良してるんだ。今回育てたそれは、グズフヴィンって物質が多くて。加熱して灰と混ぜると、青臭さの原因のグズフヴィンって物質が糖と架橋を起こして、甘さ成分になる――まあ要は、青臭いからこそ甘くできるってこと」
分かったか分かってないか、へえとだけ頷くナージ。
ナゴョミの土壌が変わっても、ラセリは安定して生長させられる。主食にできるほどのカロリーがないためこれで飢えを凌げるわけではないが、貴重な栄養素が豊富に含まれている。この状況下では、栄養状態を支える強い味方になるはずだ。その想いから品種改良と調理法も研究している。
「一見、欠点のように見えるそれも、見方次第、もしくは使い方次第で、誰にも負けない強みになる。……ナージはそれじゃ不満かな?」
「――――あ」
「辛いなら黙っててもいい。けどね。人っていうのは、言葉だけで分かり合えるようにできている……って、ミナヤ様はそう言うけど、それは俺も本当だと思う。もしよければ、ナージの不安、俺に教えてくれないかな」
「…………」
小さな声で、ナージは語り出す。
曰く、【ナゴョミ】がこうなっているのに、音楽の力で何もできない。
その上で、セゴナでは新たな楽器が次々に生まれる。音楽の世界がどんどん広がっている。それだというのに、フーマのように自分から生み出すことができない。
そんな、とても小さいような、それでも無力感に襲われているとわかる、必死の吐露だった。
「だ、だって、わた、しは、強くないと、いけないんだから……」
「……ナージ?」
「じゃない、と、お、お母さんが、セゴナに、送ってくれた、意味が……」
「ナージ!」
フーマの張り上げた声に、僅かに浮き上がるナージ。
「あ、れ、……なー……?」
「落ち着いて。ここはセゴナで、ナージは勉強しにここへ来ている。出来ないし分からないから学校に来るんだ。こうして俺たちと肩を並べるだけで、ナージは頑張れてる。そこに消極的になることなんて、ないんだよ」
ナージの細くて小さな肩をしっかりと掴み、しっかりと、力を込めてフーマは優しい声色で発する。
「――ほら、ラセリチップ食べる手、止まってるよ」
すっかりと意気消沈してしまったナージにかける言葉は、あくまでもフーマそのものだった。温くなってしまったお茶を淹れ直す。
「そうだなあ。結構、厳しいこと言うよ」
フーマは一言を緩衝材としておいた。
「まず第一に。【ナゴョミ】はナージだけの責任じゃない。俺らも、大人たちも、みんな等しくできてない。そこに自分が非力だからできなかったと悲観するのは――それは、自分が物語の主人公であるという、自惚れがあるからだよ」
「うぬ、ぼれ」
「うん。自分の人生の主人公は自分自身。間違いようのない真理。そこはいいんだよ。……ただナージは、自分を過大評価し過ぎてる」
「……な、わ、わたしは、そんなこと思ってない!」
そんなこと言われるなんて、といった顔をするナージ。
その顔は悲嘆でもあり、憤慨でもあり。
「衝撃を受けている時点で無意識ではわかってるはずだよ。……俺も、身に覚えがあるからね」
「フーくんも、なんだ……ねえフーくん。ナー、どうしたらいいのかな。分かんなくなってきちゃった」
「俺は考えてもしょうがないから、うん、あがこうと、今も必死になってる。やりたいことが多すぎてね。時間がいくらあっても足りてない。ナゴョミだけじゃなくて、栄養もそうだし、遊びもそう。でもどれも生半可な気持ちじゃない。全部、本気だよ。そのために、常に考えてる。まずは考えるしかないんだ。それでも駄目なら他の人も頼ってみる。自分とは違う考えを持つと、新しい扉を開けるものだよ」
その言葉を最後に、ナージはすっくと立ち上がった。
「もうちょっと、考えてみるね」
真面目な顔をするナージは、少しだけ前を見ている気がした。裏に隠した顔はなさそうだ。
退室する足取りは、きちんと床に足をつけていた。
「考えてる、ねえ……どの口で言ってんだか」
ほんの少しだけのナージの香りに名残惜しさを感じながら、先程の自身の言葉を嘲笑する。




