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非常時に見舞われているように思われようが、それがこちらに直接干渉してこない限り、学校生活などさほど変わらないものである。こと、子供に関しては。
「――セゴナ語。これを広めるためにセゴナの学制は速やかに制定された。各地から集まった人間たち、それを繋ぐには、魔による統治ではなく、第三の方法として、言葉による意思疎通を尊ばれた。女たちの社会は魔による情報伝達ができたはずだが、不思議と『お喋り』という手段を捨てなかった。喋るという行為は、男女の垣根をも壊す。我らが今日、こうしてセゴナ語を当たり前に使うのは、こうした当時の人間たちが選んだ結果だ」
今日も今日とて、校長兼担任の歴史学を拝聴する。
「…………」
横に座っているサクラが、真剣に話を聞いている。
おかしな光景だった。
……いや、授業中に授業を聞いていることがおかしいと表現できてしまうのも困るのだが、事実なのだから仕方がない。
「どうしたサクラ。そんな真面目に」
授業終わり、流石に不気味がったフーマは声をかけた。
「んー? とくにー。なんもー」
その声はあくまでも平穏そのものだった。
「え、さくちゃんってノート纏めるの?」
「まとめますよそりゃー。なーちゃんみたいにせっせとはやんないけどねー」
フーマの知っているノートのまとめ方ではない。花弁に情報を転写させ、それを記憶媒体とする。サクラ独自のメモ。ただそれも今までやっていなかったことを考えれば、やはり今更やるのはおかしかった。
「なんかいきなりね思ったんだー。そうだ、勉強しよう、ってー」
「なんだ突然」
「なんか突然頭の中がさー、すごく透明なんだよねー。いろんなの詰め込みたくてさー」
「え、さくちゃんも」
「なーちゃんもー?」
「うん。なんか今日の朝、起きたらね、すぅっごくすっきりしてて、いっぱい演奏したくなっちゃったんだぁ。……まいちゃんに怒られたけど」
「だってさっ、ナー、あの大きな楽器全力で吹くんだもん。心配して村の人たち集まってきちゃってたんだから」
「それはいけないね」
「ごめんなさぁい」
そんなことがあったのか、と寮組ではないフーマはぼんやり思った。
「…………」
いつもは静かに読書をしているシャニが、なにやら複雑な面持ちで女子勢を見ていた。
「どうしたシャニ」
「いや、なんでもない……と思いたいんだが」
「なんだよ。思ってることがあんならちゃんと打ち明けてくれ。遠慮する間柄でもねえだろ」
「…………。そうか、そうだよな。わかった。昼休みに時間、開けてくれるか? そのくらい時間くれれば、このもやもやも言葉にできると思う」
「ん、分かったよ」
そして昼休み、実験室で二人は落ち合った。
「さあ、どうしたんだよ」
フーマは背もたれつきの椅子を二つ持ってきて、一つに腰掛けた。背もたれ側を正面にガニ股に座るという、なかなか行儀の悪い格好。シャニもシャニで似たような座り方だった。男同士、飾る必要もないから、なかなかだらけている。
「最近、寮での女子の雰囲気が変わったんだ」
「へえ。シャニがそう言うってことは、よっぽどなんだな。……ちなみに、陰険な方?」
「そこは安心してくれ。表立っての諍いはない」
「表立って、とな」
「そりゃ、オレだって内心どう思ってるかなんて分かるわけない。それでもぶつかり合うようなことはしてない。だってほら、今日だっていつも通りに見えただろう? オレも女心なんて疎いから絶対なんて言えないが、あれを陰険、と呼ぶのは露悪すぎると思う」
今日もごく普通の授業時間を過ごした。違和感があって見逃すフーマでもない。ならそれは本当に、裏向きのことなのだろう。
「……なんというかな。噛み合って、ないんだろうな」
「具体的には」
「小さい、小さなことなんだ。オレの思い過ごしかもしれない。それこそ食卓でさ、調味料をちょっととって欲しい、そんな時、軽く頼むだろ。それを、『自分で取れるでしょ』みたいなこと、言うか?」
「言わないなそんくらい。……それマイカ?」
「それはヒスイカとネンガクシのやりとりだけど、どの組み合わせでもだ。むしろヒスイカとフミトウワ、最近なんかしてるぞ。夜遅くに二人で、外に出て何かやってるの見てる」
「ふぅん……見えないところで色々あるな。仲良いはずの二人がなんかぎくしゃくしてるし、相性悪い二人が……か。たしかにおかしいなそれ」
「だろ。オレも特別、部屋を訪れたりするわけじゃないから、共有空間での話……主に飯時だな、そのくらいしか見てないが……それでも、そんだけ感じ取ったんだ」
少しくらい噛み合わない、そんなのは人間同士、割とあることだ。倦怠期、とでも言おうか。
それでも、このナゴョミを巡ってやや騒乱になりかけているこの状況下で起きた、精神的ないざこざ。
「俺らに敵はいないのにな」
「まったくだ」
「――たださ。これは勝手な憶測だけど、それ通りなら、あいつらの気持ちも分かるんだよな」
ナーバスになる気持ちもわかる。フーマだって不安と焦燥に駆られ、何ができるでもないくせに気が気ではない。無力さに打ちひしがられるばかり。
だからといって、フーマの言う通り、敵なんていないのだ。周囲には味方しかいない。手を繋いで走っていなければいけない。
「オレが口澱んでたのは、そりゃ、何か喧嘩の原因になるような大きなことがあったら、もっと早くフーを頼る。けどそうじゃないんだ。何もないからこそ、どう言えばいいのかまるで検討できなかった。……すまんな。不甲斐ない男で」
「何を言う。立場が逆だったら、それこそ俺はそんなもやもやを打ち明けることもなく、自分一人でどうにかしようとしてただろうよ。俺を頼ってくれたの、すげえ嬉しいんだぜ」
「…………。ありがとう。そう言ってくれて心が楽になった」
「――そうか、そうだ」
ふと、フーマは思いついたことがあった。
「どうしたんだ」
「結局人ってやつはさ、魔が使えようと、改膜質が発達しようと……相互理解するには、触れ合うしかないんだよ」
「?」
「この件、預からせてくれないか。解決できるかは知らないけど……それでも、少しでも楽しい毎日にしたいからさ」




