3-10
フーマの中で、ここ最近で良い情報といえば、たった今、こうして原種ラセリを手に入れられたくらい。それ以外はほとんど悪い情報しかなかった。
土壌が荒れている以外にも、やれ川が氾濫した、やれ野生動物が暴れている、やれ子供の熱が下がらない……枚挙にいとまがない。
一体感は強い村だ。誰かが困れば誰かが助ける。だから今はまだ乗り越えられている。だがそれも、いつまで続くのかわからない不安に、みんなは駆られている。
どんよりと分厚い曇が、村を覆っているような気がした。……無論、それは精神的な話だ。人間がどのように感じようが、心の筆では現実を塗りつぶせない。
草木も眠りを深める深夜。憎たらしいほど満天の星空。行燈がなくても月夜を歩けるほどに。
広い意味での世界は、人間たちの心など知るつもりもなく。
フーマは昼なら見知っているはずの、だがまるで味付けの違う道を、ジョギングしていた。
前世は生涯を通して運動というものはしてこなかった。管理栄養士を目指したのも大学に入る時から。幼い頃こそ知識を持った後の目線では不養生だった。
こちらにきてからは身体が軽くて、運動するのも苦ではなくなっていた。むしろ運動不足を自覚するとムズムズするようになったほどだ。
……だが今日は、また別の理由で身体を動かしていたかった。
どうしてか眠れない。昂っている。胸の奥がドクドクと強く血液を流している。
当てもなく、星の導くままに足を我武者羅に動かす。
気がついた時には【ナゴョミ】の足元にいた。
【ナゴョミ】そのものは、男ですら、どこか違和感を覚えさせる状態のまま鎮座している。具体的にどこがそうなのかは一切説明できない。フーマが感覚でそう思っているだけなのだ。これが女ならばもう少し伝えられるのだろうが、生憎と男は不便なもので。
全てに違和感が存在するこの環境。十歳の誕生日を思い出す。あの頃とよく似ている。
「俺は、まだ何かを残しているのか」
誰に語ったのだろう。自分かもしれない。誰でもないのかもしれない。もしかしたら【ナゴョミ】かも。
幾度ともなく自問する。
「お前にやれることはなんだ」
父の期待に応えることはできなかった。自分が抱いた夢もきちんと軌道を歩けているかどうか。中等部に進学しての大目標に至っては、目の前の存在が証明している。
フーマは念じる。
気がつくと手にはミナヤから授かった刀……虹霓が握られている。
来るべき時が来れば使える、などと説明を受けた。まさか今がその時ではないだろうと高は括っているが、逆に平常時ならどうなるのだろう。
鞘から刀身を抜き出す。【ナゴョミ】へ優しく切り付ける。が、鉄の棒でも当てたようで、刃を使っている感触がまるでしない。
「……そもそも論。駄目だよなそれじゃ」
これが使える場面がきた場合、それはミナヤに頼りきりということを意味する。結局、自分の力ではない。どんな目的を持ってナゴョミへ来た。誰かの力を借りることなく、自分自身の力だけで成し遂げる。そんないやらしく低俗な想いも確かにあったはず。
「お前の価値はなんだ」
なんのために生まれ変わった。なんのために記憶を取り戻した。意味がないなら苦しんだままでいろ。
歯に衣を着せぬ言いぶり。自分への言葉だから容赦がない。
こうして悩んだところで、解決の糸口なんてありはしないのに。
ただ闇雲に走りさえすれば、いつかはゴールへ到着できるというなら、やることは一つともなろう。だが現実はもっと非情。そもそも走っているつもりでいるだけで、足踏みをしているだけ……ヘタをすると、脚を動かしているだけかもしれないのだ。
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男であるフーマには、何も感じ取れない。感じ取っていない。
その意思であり、意志こそが、なによりの栄養となってくれていることを。
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