幕間・3
「あー、サラリヤさんとこもなんですか。アピオに被害あるとなると、なかなか痛手ですね」
「そうなのよ。ピトンさんの所はまだ大丈夫なようだけれど、いつうちみたいになるか。サクラちゃんがいるからまだなんとかなってるようなものよ。ただ、サクラちゃんに頼りっきりというのもねえ」
「あいつも気分屋なところありますからねえ……。それに農作物ならサクラに頼れもしますが、スゥなんかはそうもいきませんしね。あいつ、動物は可愛がるだけでなんも知らねえ」
「ほんと、どうなっちゃうのかしらねえ。……あら、もう太陽がこんな高さ。いけない、あの人たちのご飯用意しておかなきゃ。それじゃあねミシナム君」
「ええ。サラリヤさんところも無理はなさらないように」
そう言って井戸端会議を終わらせる。まあ本当に井戸があるわけではなく、単なる立ち話なのだが(ナゴョミは水源が豊富で、地下水に頼る必要はなく、井戸はない)。
こんな村だから、会話の基本は何処何処の誰々がなにをした、なんて話になりがちだった。フーマもそれに倣い、こうして村人との友好を計ったり、情報を仕入れたり。
しかしこうしてオバさんたち……もとい、お姉様方の集まりに参加する度に思うが、不思議なことに、こちらの世界でも女は世間話が好きだ。母もそうだったし、妹たちもそうだった。父は違ったが。
魔による牽制は際限がないため、無駄な力を抑えるためにも、会話劇のような表向きの繋がりを強めた……とは、どこの論文で見た説だったか。セゴナは既存の文化を打ち壊したい人間で集まった成り立ちをしているくせに、そういった部分は残っているのが、どこか面白く感じるフーマだった。
「さてと……再開しましょうかねい」
止めていた足を動かし、進む先の当て所もない旅路を繰り返す。又の名を、散歩を。
……この行為自体は、休日になると普段から行なっていることだった。基本的には研究をしていることも多いが、行き詰まることだって、それなりどころでなく、ある。そんな時は、軽い気分転換なら散策や楽器演奏なんかを。がっつりとした息抜きならシャニやチカキを誘って街に出かけたりして過ごす。
今日は少しだけ気になることもあり、気分を変えるという理由づけで散歩に出掛けているようだった。
(我ながら未だにジジ臭く感じるというか)
別に散歩は悪い趣味では断じてないのだが、なまじ管理栄養士としての経験がある。運動を推奨する際、相手が高齢だった場合、無理のない範囲の運動として散歩を勧めることも多かった。そのために、心のどこかで、散歩イコール老人、のような図式が成り立っている一面も隠せなくはない。これも俗に言う『職業病』に近いものがある。
ただまあ、こんなゆっくりとした時の流れ、明るい日差しの中を謳歌できるのが、雑多な生活を送る日本人を経験した身として、どこか贅沢にも思う面もまたある。むしろあちらが忙しなかっただけなのだが。
どちらにしろ、日本人感覚とセゴナ人感覚を併せ持つから俺がいる、という自負は取り消す必要もないし、良いところどりをすればいいだろ、のように考えているフーマであった。
(しかし……こうなると見てて楽しいものでもなくなってくるな……)
道中、あちこちの畑などを見て回っているが、どこも大なり小なり被害が出てきている。農家たちは頭を抱えていた。原因が見当もつかないのもタチが悪い。
更には農作物だけでなく、野生生物の様子だったり、主に子供たちに体調不良な者が頻出したりと、あまり明るいニュースは聞こえてこない。
「ミシナム先輩」
「……ん? クスィ? どうしたいきなり」
考えながら歩いていたせいか、背後の気配にまるで気がつかなかった。振り向くと、すっかりと日に焼けた、いかにも快活そうな少女がいた。鋏でぞんざいに切ったようにざっくばらんな髪は、少女の動きに合わせて切り口が別方向に揺れ動く。
初等部の高学年生にあたる彼女、クスィは、その気さくな人当たりもあり、歳の差も関係なく接するため、虹霓のみんなともよく交流があった。よく昼休みなどでも一緒に遊んだりする。こんなさっぱりしている少女でありながら、マイカのギャルっぽさに憧れていたりする。曰く、尊敬する先輩であり、マイカのような最先端をいく都会っ子になりたいだとか。それを豪語される度に目線を泳がせるマイカに、フーマはせめての情けで何もいわないでいた。
とまあ、そこだけ切り取れば話しかけられるのも不自然ではないのだが、生憎と、クスィとはそれほど個人的な交流はない。やはり女子は女子で群れがちだし、なんだかんだ生徒自治会長として動き回っているフーマでも、初等部の特定の子とあまり深く親交を温める機会も少ない。微妙な距離感。なので個人指名で呼ばれるのに、少しだけ驚くフーマだった。
「いや、見かけましたから挨拶しなきゃって思ったっす。制服だからすぐ分かったっす。休日なのになんで制服なんすか?」
「動きやすいし。私服の趣味を笑われないで済むし」
目立つことは目立つが、どうせ狭い村。何か悪いことをしたらすぐバレる。しかもフーマは虹霓の生徒自治会長。ある意味で村一番の知名度となっている。ならむしろ、一目でフーマと気が付かれた方が都合がいい。悪いことなんてするつもりはない。
「……しっかし、律儀だねえ。〈会釈〉……首を曲げるくらいでいいのに」
翻訳の阿呆さにポカポカ自分の頭を殴るフーマへ「なにしてるっすか?」と純粋な疑問をぶつけてくるクスィ。会釈を意味するセゴナ語はあるはずなのに。セゴナ語で言え自分。「時折頭をぶつと頭が良くなるらしいんだ男は」などと適当ぶっこむ。「へえ。勉強になったっす」と率直に受け止められたことに罪悪感を覚えなくもなかった。今後この子は、良かれと思って男を殴ることがあるだろうか。「そういう学説を見ただけだぞ」と逃げは打っておく。
「そりゃ、ミシナム先輩は会長っすからね。目上の人には挨拶しませんと」
「体育会系だねえ……クスィは中等部でトウカイの方の学校に進学するんだっけ?」
「はいっす。両親から離れるのは寂しいっすけど、ハスフェルトを真剣にやりたいっすから」
フーマも詳しくはハスフェルトという競技は知らないが、このクスィという少女はそれの名手だとも聞く。両親がナゴョミに移住してきたからここにいるだけで、進学先はフーマたちとは全く違った種別の道へ進む。
クスィに限らず、ナゴョミの初等部は大体がそんな感じだ。親族がナゴョミにいるから、庇護下のうちは初等部に通う。卒業した後は、中等部に進むなり、職業に就くなり、他の夢を目指したりと、セゴナの別地方へ散り散りとなる。ナゴョミに残ったまま、といった例はほぼない。ナゴョミ初等部から中等部へ上がって虹霓に名を連ねたのは、このナゴョミの短い歴史の中でも数人しかいない、と調べたことがあった。
「でもその中等部に進学するにも学力試験はあるんだろ。競技の練習しながら勉強するのも大変だよな」
「そうなんすよねー。言いたいことは分かるっすけど、面倒っすよ。今日もそのための課題作成っす」
「へえ。そんなの必要なんだ。……〈スポーツ推薦〉とは縁遠い生涯だったしなあ……」
前世では知能一本で飯を食ってきたし、こちらでも体を動かしてどうにかしよう、という発想はまるでしなかった。そういう道は道なりに、フーマの知らない障害があるのだろう。
「アタシはこれから、ヒスイカ先輩とスゥの牧舎に行くっす。なんか生物の課題が出てまして」
「…………。マイカと一緒ってのはまあいいんだけど、スゥの牧舎に、マイカが?」
「はいっす。相談したら『ならあたしが教えてあげるしっ』って言ってくれたっす」
「へえ。…………。ちなみにだよ。どんな風に相談したんだ?」
「『生き死にについてって課題、どんなのがいいっすかねえ』ってヒスイカ先輩に言ったら、『スゥの生態なんかいいんじゃない? 飼育してる地域って実はそんなにないしっ』って言ってきたっす。だから『アタシはどうすればいいのか分かんないんでヒスイカ先輩教えてくれないっすか⁉︎』って聞いたら、快く引き受けてくれたっす」
「ふうん……」
フーマは腕を組み、寸刻、思慮に耽る。
「……もしよかったらさ、俺もマイカの講義、混ぜてよ。興味あるから」
「いいっすよ」
女二人の間に割って入る男の図になるため、心の血涙を流すほどやりたくはなかったのだが、それ以上に気になることがある。断られるかもしれないとは思っていたが、すんなりと許可が出た。
「ミシナム先輩は何か用事ないんすか?」
「ああ、まあ。ちょっと気分転換に繰り出しただけだから」
「ふーん。中等部って思ったより暇なんすね!」
「…………」
なんの曇りもないその一言は、邪気などまるでないことふぁ、むしろフーマには毒と感じた。
まだ合流せぬマイカがいるであろう方角へ顔を向け、空想する。
マイカよ。よくこの子にいい先輩面を向け続けられるな。




