3-9
一面の花畑。夕暮れを超えても薄灯に燈る空気。幻想的な情緒は明け暮れ違わず。
それなのに。
「なんか、これ……」
フーマは意識せずに口をついていた。
様子がおかしい。
何がおかしいのかは全く分からない。完全に言語にできない。
それでもこれは、おかしい。
そう感じたのは、フーマだけではなかった。むしろ男であるフーマ、シャニですら感じたのだから、【ナゴョミ】を見るやいなや、女子陣の行動は早かった。
起こし歌を演奏するナージ。ただおろおろするだけのリィン。何を考えているのか分からないマイカ。深刻な顔つきで木に触れるサクラ。
『妾は貴方達に任せることにしてるからでしゃばらないけど。それでも老婆心で忠告よ。……覚悟はしてなさい』
ミナヤ・クロックの言葉を思い出す。
「ミナヤ様が、何か言ってたって言ったよね? フーミン……」
あの一件は念のため、中等部に共有しておいていた。それを覚えていたマイカが、それを確認してきた。
聞かれたところで、その問いに対する答えなんて持ち合わせていない。この件を指していたことは容易に想像できるが、それ以上の行動にならない。何も言えず、ただただ眉を顰めるばかりだった。
「――聞こえた」
サクラがぽつり、無感情に呟いた。
「【ナゴョミ】の声か!?」
「こう言ってるんだー……『たくさんの生に触れられた。満足だ』って。……それだけ、なんだけど」
「そ、れっ、は……」
――どうしてか、前世にて、老人ホームで働いていた時代を思い出す。
今際の際に立った人間は、不思議なことに、おかしな行動をした。平常ではない行動というのか。食事が突然食べられなくなったり、逆にどうしてか食べられるようになったり。傍目では元気そうに見えたり、かと思えば紙飛行機の着地のようにすぅっと息を引き取ったり。画一の動きなどないが、なんとなく、後から思えばあれが兆候だったのか、というものがあった。
その光景がフラッシュバックして振り払えないのだ。
ようやく声を出したと言うナゴョミ。だがその内容はまるで――。
これが悪い前兆であってくれるなと、願うしかないフーマだった。
・
「よおミシナム先生さんよ」
「お? なんかフジラさん見るのご無沙汰な気がする」
「はっはっは。そりゃそうべ。祭が終わってから今日まで山に籠ってたからなあ」
夕暮れ時。自宅兼研究所で調査を行なっていると、からんからんと、来客を告げるベルが強く叩かれる。割って入ってきたのは、あちこち泥だらけでやけに饐えた匂いを放つおじさん。
「いいもん、持ってきたぜ」
「ほうほう。なかなか期待できそうだ」
身の丈以上の籠をどさりと置いたフジラは、中から鉢植えごとフーマに植物を渡す。
「――こ、これって!」
「おー。さすが。分かるかい」
「あたぼう! 見てわからいでか!」
見た瞬間に興奮が振り切ってしまった。
「どこにあったんだよこんなの」
「それはちょっと言えねえな。まあ本命は別にあって、そっちはちゃんと手に入ったついでだ。持ってったら喜ぶだろうと思ってよ」
「ああ、ああ! いや〈テンションぶち上げ〉だわこんなん! あー、〈マジタギる〉!」
「……何言ってんだ?」
「失礼」
完全に日本語で発音していた。フーマがこういう人物だとは知れ渡っているが、それでも変なものは変だ。
「それにしたって、あるもんだなあ」
「もともと、野生だったもんを食用にしたもんだぜ」
「先人の知恵と努力は頭が下がるよまったく」
フジラが持ってきたのは、野生のラセリ株。栄養価がどのように変遷していったのかを知りたいがために、まだ存在するはずのそれを、ずっと探していたのだ。
「それで代金の方だけどよ、」
「これ、一式持ってっていい」
「おぉう。本気かよ。オレとしちゃ嬉しいがよ?」
「そんだけの価値を俺は見出してるんだからいいんだよ」
袋に詰めた糖の塊。製法を完全に秘密にしているこれは、同じ重量をした銀の十分の一ほどの価格で流通させている。それを知らないフジラではない。
「それはそうとよ、どうしたんだ一体。村の様子、おかしいじゃねえか」
懐に袋を詰めながらフジラは言った。
「あー、いなけりゃそりゃ分かんねえよな」
ここ数日、ナゴョミで起きていたことを説明する。
――【ナゴョミ】に異常が起こると同時に、村全体に異変が起きた。
あれ以来、【ナゴョミ】はその状態のまま、沈黙を保った。なんの変化もないそれは、時が止まったよう。
それとは裏腹に、周囲は絶えず変化を繰り返している。
祈年祭の終わったあの日から二週間。その間、村の農作物は深刻なダメージを受けていた。
どうしたことだろうか。ほとんどの作物が病気に冒され、生長を阻害されている。収穫間近のものに至っては、廃棄しなければいけない状態まで追い込まれた農家もあった。
……おそらくは土壌が大きく変化し続けているのだと、識者は分析している。敏感な作物なんかは、酸性度が少し傾くだけでも被害が出る。少しの要因が大きな歪みを生ませる。
その原因はともあれ。
自給自足だけで生きている村でもない。外部の流通もないこともないわけで、生活はなんとかなる。それでも経済面で痛いものは痛い。
フーマとて、ラヴァワを収穫まで育ててもらい、それを油に加工して流通させている身。既に納品の予定も立っている。今は在庫分で足りているが、早いところなんとかしないと、そのうちに断らなければならなくなる。
「っかー……また大変なことになったな」
「原因が分かるはずもないしなあ……」
【ナゴョミ】のことなど、まともに分かっていることの方が少ないのだ。ましてや、それが周囲に及ぼす影響など。こんなことはかって一度もなかった。
「オレの方も協力できることねえか、明日から探ってみるわ。それじゃここらでお暇するぜ」
「うっす。お願いしまっせ」
そう言ってフジラは家を出て行った。
「……問題は山積みだよなあ」
残された静寂と、かなりの異臭を誤魔化す様にフーマは呟いた。




