表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
祈年祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/54

3-9

 一面の花畑。夕暮れを超えても薄灯に燈る空気。幻想的な情緒は明け暮れ違わず。


 それなのに。


「なんか、これ……」


 フーマは意識せずに口をついていた。


 様子がおかしい。


 何がおかしいのかは全く分からない。完全に言語にできない。


 それでもこれは、おかしい。


 そう感じたのは、フーマだけではなかった。むしろ男であるフーマ、シャニですら感じたのだから、【ナゴョミ】を見るやいなや、女子陣の行動は早かった。


 起こし歌を演奏するナージ。ただおろおろするだけのリィン。何を考えているのか分からないマイカ。深刻な顔つきで木に触れるサクラ。


『妾は貴方達に任せることにしてるからでしゃばらないけど。それでも老婆心で忠告よ。……覚悟はしてなさい』


 ミナヤ・クロックの言葉を思い出す。


「ミナヤ様が、何か言ってたって言ったよね? フーミン……」


 あの一件は念のため、中等部に共有しておいていた。それを覚えていたマイカが、それを確認してきた。


 聞かれたところで、その問いに対する答えなんて持ち合わせていない。この件を指していたことは容易に想像できるが、それ以上の行動にならない。何も言えず、ただただ眉を顰めるばかりだった。


「――聞こえた」


 サクラがぽつり、無感情に呟いた。


「【ナゴョミ】の声か!?」


「こう言ってるんだー……『たくさんの生に触れられた。満足だ』って。……それだけ、なんだけど」


「そ、れっ、は……」


 ――どうしてか、前世にて、老人ホームで働いていた時代を思い出す。


 今際の際に立った人間は、不思議なことに、おかしな行動をした。平常ではない行動というのか。食事が突然食べられなくなったり、逆にどうしてか食べられるようになったり。傍目では元気そうに見えたり、かと思えば紙飛行機の着地のようにすぅっと息を引き取ったり。画一の動きなどないが、なんとなく、後から思えばあれが兆候だったのか、というものがあった。


 その光景がフラッシュバックして振り払えないのだ。


 ようやく声を出したと言うナゴョミ。だがその内容はまるで――。


 これが悪い前兆であってくれるなと、願うしかないフーマだった。


   ・


「よおミシナム先生さんよ」


「お? なんかフジラさん見るのご無沙汰な気がする」


「はっはっは。そりゃそうべ。祭が終わってから今日まで山に籠ってたからなあ」


 夕暮れ時。自宅兼研究所で調査を行なっていると、からんからんと、来客を告げるベルが強く叩かれる。割って入ってきたのは、あちこち泥だらけでやけに()えた匂いを放つおじさん。


「いいもん、持ってきたぜ」


「ほうほう。なかなか期待できそうだ」


 身の丈以上の籠をどさりと置いたフジラは、中から鉢植えごとフーマに植物を渡す。


「――こ、これって!」


「おー。さすが。分かるかい」


「あたぼう! 見てわからいでか!」


 見た瞬間に興奮が振り切ってしまった。


「どこにあったんだよこんなの」


「それはちょっと言えねえな。まあ本命は別にあって、そっちはちゃんと手に入ったついでだ。持ってったら喜ぶだろうと思ってよ」


「ああ、ああ! いや〈テンションぶち上げ〉だわこんなん! あー、〈マジタギる〉!」


「……何言ってんだ?」


「失礼」


 完全に日本語で発音していた。フーマがこういう人物だとは知れ渡っているが、それでも変なものは変だ。


「それにしたって、あるもんだなあ」


「もともと、野生だったもんを食用にしたもんだぜ」


「先人の知恵と努力は頭が下がるよまったく」


 フジラが持ってきたのは、野生のラセリ株。栄養価がどのように変遷していったのかを知りたいがために、まだ存在するはずのそれを、ずっと探していたのだ。


「それで代金の方だけどよ、」


「これ、一式持ってっていい」


「おぉう。本気かよ。オレとしちゃ嬉しいがよ?」


「そんだけの価値を俺は見出してるんだからいいんだよ」


 袋に詰めた()の塊。製法を完全に秘密にしているこれは、同じ重量をした銀の十分の一ほどの価格で流通させている。それを知らないフジラではない。


「それはそうとよ、どうしたんだ一体。村の様子、おかしいじゃねえか」


 懐に袋を詰めながらフジラは言った。


「あー、いなけりゃそりゃ分かんねえよな」


 ここ数日、ナゴョミで起きていたことを説明する。


 ――【ナゴョミ】に異常が起こると同時に、村全体に異変が起きた。


 あれ以来、【ナゴョミ】はその状態のまま、沈黙を保った。なんの変化もないそれは、時が止まったよう。


 それとは裏腹に、周囲は絶えず変化を繰り返している。


 祈年祭の終わったあの日から二週間。その間、村の農作物は深刻なダメージを受けていた。


 どうしたことだろうか。ほとんどの作物が病気に冒され、生長を阻害されている。収穫間近のものに至っては、廃棄しなければいけない状態まで追い込まれた農家もあった。


 ……おそらくは土壌が大きく変化し続けているのだと、識者は分析している。敏感な作物なんかは、酸性度が少し傾くだけでも被害が出る。少しの要因が大きな歪みを生ませる。


 その原因はともあれ。


 自給自足だけで生きている村でもない。外部の流通もないこともないわけで、生活はなんとかなる。それでも経済面で痛いものは痛い。


 フーマとて、ラヴァワを収穫まで育ててもらい、それを油に加工して流通させている身。既に納品の予定も立っている。今は在庫分で足りているが、早いところなんとかしないと、そのうちに断らなければならなくなる。


「っかー……また大変なことになったな」


「原因が分かるはずもないしなあ……」


【ナゴョミ】のことなど、まともに分かっていることの方が少ないのだ。ましてや、それが周囲に及ぼす影響など。こんなことはかって一度もなかった。


「オレの方も協力できることねえか、明日から探ってみるわ。それじゃここらでお暇するぜ」


「うっす。お願いしまっせ」


 そう言ってフジラは家を出て行った。


「……問題は山積みだよなあ」


 残された静寂と、かなりの異臭を誤魔化す様にフーマは呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ