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一日目は無事に終わる。二日目、三日目も夕方まで、特に何事もなく事態は進んだ。
もともと、学校側は特別なことはない。また村側としても、厳正で伝統的な祈年の祈りは、神事に縁のある人物が、人知れぬ秘境で行うらしい。その詳細は村人には隠し立てされている。……言ってしまえば、外野がワイワイ騒いでいるだけなのだ。その羽目外しもこれまた重要であるのが祭というものである。
よほど外部から破壊でもしようとしなければ、止まることはない。そしてここに、そんなことを目論む人間などいないし、しようという人間も発生しない。ここはそういう世界。
そんなこんなで、全ての行程を無事に終わらせることができた。
遊び疲れた身体もなんのその。フーマとシャニは二人で、校庭の真ん中で作業をしていた。
様々な理由で学校に居座っている生徒たちが、何をやっていると好奇の目で見つめている。
「結局、特段めぼしい情報は入らなかったよなあ」
「しょうがないさ。ただ俺としては、発案者のチカキが結局来れなかった方がよほど残念だ」
「チカも調整したけど、間に合わなかったらしいしな。ま、これが終わって片付けまでしたら一旦暇になるし、こっちから一緒に会いに行こうぜ」
「そうだな。土産話だって新鮮な方がいい。……よし、終わりだ」
祭の前から前準備は済ませていたので、あとはここまで運んできて組み上げるだけ。ほどなく終わらせることができた。作業の手が早い二人が効率よく動けばそうもなろう。
フーマはナージからもらった笛をピーと吹く。突き抜ける槍は、瞬時にナージへ届いた。それを聞き届けた屋上にいたナージは、演奏を開始する。【集会のフォーク】。
祭の前、これが聞こえたら校庭へ集合してくれと全校へ通達をしておいた。聞こえてきた生徒たちは、ぞろぞろと校庭へ集まってくる。
「えー。なになにー?」
「あれ、なんだろう」
見覚えのない正体不明なものの場所へ集合とあらば、それはたしかに意味不明だろう。
「はあ? なんなんだしこれ」
詰めてくるマイカ。なんだろうこれー、と興味深そうに眺めるサクラ。当然のようにリィンはこない。
「え、聞いてないんだけど。何これ?」
当たり前だ。何も言っていないのだから。ナージにすら、合図したらこの曲を奏でて欲しい、としか言っていない。屋上にいるナージは興味津々にこちらを眺めていた。
まだ村の方へ行っている生徒もいる。全員が集まれるわけではないから、それなりの人数が集まったのを確認した時点で「頃合いか」と呟いた。ナージもこちらへ来る様に呼びかける。
「みんなー! 二日間、お疲れ様ー! 大変頑張ってくれた! おかげで創立祭も祈年祭も無事に盛況に終わってくれた! それもこれもみんなの協力のおかげだ!」
校庭中を揺らすほどの声量でフーマは叫ぶ。言葉終わりで頭を下げると、まずはシャニが拍手をした。それからみんなは割れんばかりの拍手を連ねる。
――祭の終わりを告げる鐘なんてない。期間はここまでと決められており、その時間が近づいたら、誰ともなし、緩やかに撤収の準備をするもの。少しずつ少しずつ、日常へ戻していく。
始まりがあるものには終わりがある。嘆いたところで時は止まらない。だからこそ、祭の最中は全力で楽しまなければならないのだ。
だからといって。線香花火の散り際、一際強く輝く光。それがあるから、消えていく光も希望を持って見つめられる。このまま味気なく、青春の一時を流れさせたくない。
「慰労を兼ねて、俺たちからささやかな贈り物だ!」
そんな動機からフーマは、シャニを巻き込んで、記憶に残る仕掛けを用意したのだった。
「三、二、一――点火!」
フーマの掛け声と共に、木の枠たちはボッと燃え上がる。
高い歓声が上がった。
キャンプファイヤー。セゴナは炎への信仰はそれほどない。だから宗教的に特別な意味を持たないそれは、純一無雑、人の心へ原始的な美しさを叩きつける。
炎の熱と焔の光。それは、人の邪心を焼く。
揺らめく炎の影は、人類が炎を克服できた証。
古くは火を通すことで、細菌を克服し、栄養素の吸収率を高めた。人は知らずして、言語による意思疎通と同じように、栄養についてをある種の学問としてきたのだ。
ナージも即興で【単響楽団】の名の通り、音楽を奏でる。それが一層、雰囲気を駆り立てる。
あちらこちらでこの三日間の思い出を語り合う。大人にもなれば酒を介することでまた雰囲気も語る。今頃は村の大人たちも、各々の場所でゆるりと過ごしているだろう。それはそれで格別であると知っているフーマは、そちらを否定する気はない。
だがしかし、子供時代特有の、鮮烈とした気持ち。これは何ものにも変えられないのもまた知っている。それには刺激のあるものが付き物だ。
「シャニ。『クロックの栄光を』」
「おう。『クロックの栄光』」
――それは、セゴナで喜ばしいことがあった時、嬉しさを分かち合うための挨拶であり、とめどない感情を伝え合う手段。せいぜい「イエー」とか「よっしゃあ」ぐらいの意味しか持たない「クロックに栄光を」という掛け声とともにハイタッチをする習わしがある。
普通はクラスの中心でワイワイガヤガヤするのが好きな集団が、コミュニケーションとして行うことが多いそれは、この場面ではこれしかあり得ない慣用句となる。
「ありがとな、シャニ。我儘に付き合ってくれて」
「水臭いな。フーの願いを我儘なんて思ったことはないぞ」
シャニへ茶を出す。疲れを癒す、薬草茶。保存方法がないから常温だが、その温度で美味しいようブレンドしてある。
「チカキにも、『クロックに栄光を』」
「『クロックに栄光』」
完全に影から操ることとなったチカキにも、二人は杯を掲げた。ここに居てくれたら、どれだけ更に楽しかっただろう。
薬草茶に風味が体に染み渡っていくのを感じる。作ったのは自分だから味はわかっているはずなのに、なんでか美味しく感じた。
男二人で世界に耽ってしまっていたが、他の生徒たちも、思い思いの手法で過ごしていた。
三日間の出来事を語る者。そんなことは関係なく普段通りの者。興奮して暴れ回る者。浮世心で胸の内を告発してしまう如何にも青い若者。
そんな、僅かに伸ばした楽しい時も、やはり永久には続かない。
自然に燃え尽きる。それが、時計のないこの村で、終わりを告げる鐘となる。
「【宴もたけなわでありますが】……対訳あるわけないな、祭もいよいよ終わりだ。みんな、ありがとうございました」
また強い拍手がパラパラと鳴る。
時間も時間だ。初等部の子たちは、それぞれ固まって帰る。親には内密に終了するタイミングを教えていたから、それを見計らって迎えにきている親なんかもいた。
一人、また一人と学校から去っていく。
それがまた、なんとも寂しい。
「これで完全に終わり、か」
年長者の務めとして、最後まで見送る。そうして学校には虹霓だけが残った。
「ねーねー。みんな、時間だいじょーぶー?」
サクラがここぞ、と言わんばかりに声を掛けてきた。
「俺は大丈夫だが」
他のみんなを見回すと静かに頷いた。祭の終わった直後。用事のある者がいようはずもない。
「ナゴョミ、見に行きませんかー」
それはサクラなりの惜しみだろうか。いつもと同じ笑顔で読み取ることはできない。
それでもなまじ、気持ちは通い合ってしまうもので。




