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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
祈年祭

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34/54

3-7

 到着したのは、学校だった。結局、すぐ戻ってきてしまった。


「フーくん。遅いよぉ」


「ごめんごめん。それで、どうしたの」


「いや、うぅん……フーくんをご指名だから、どうしようかなぁって」


「俺? どんな人?」


「どうだろう……青くて長い髪で、眼鏡をかけた、大きなおねえさん」


「――――。ふーん。まあ会ってみるよ。どこにいる?」


「教室でフーくんの論文見てるよ。マイちゃんが応対してる」


「分かった。ナージはもうすぐ演奏会の手番でしょ?」


「うん、そうだよ」


「思ったより色んなお客さんがいるから、緊張しないようにね」


「大丈夫! みんなに聞かせたいんだからぁ!」


 先日、街で土産として買ったピアスを揺らし、ナージはぱたぱたと講堂へ走っていった。聞いてみたいとは思ったが、まだ何回か公演するので今回は諦めよう。そのうちの一度くらいは顔を出したい。


「――さて」


 ナージが言った特徴に当て嵌まる、フーマの知り合い。心当たりはあった。


 懐から飴を取り出す。口へ放り込む。薄荷味に作ったはずのそれは、なんの味もしなかった。噛み砕く。破片が舌を刺す痛みだけはやけに鋭敏だった。


 教室へ行くと、そこには予想通りの人物が、マイカに詰問責めをしていた。


「あ、フーミン。やっと来たよー」


 マイカのそんな泣き言を尻目に、フーマは女性と向き合う。


 ……久しぶりに対面したが、まだ身長は越せていないか。フーマは年代の男子の平均よりもやや高いぐらいだが、それでも彼女は拳一つ分は大きい。


 そして何より、醸し出す雰囲気を彼女をより広大な存在に見せていた。


 顔立ちこそ記憶よりも僅かに年経ったような気もするが、その気迫は、いささかも衰えてはいない。否、むしろより強く成熟してきている。


「……よ。きてた、んだな」


「招待されててな」


 そういうことか、と合点がいく。チカキの仕業だ。チカキはフーマの事情を知っている。何を考えているんだあいつ、と心の中で悪態つく。


「……マイカ、俺たちは中庭使うから、また暫く店番頼む」


 明らかに繕った声色。只ならぬ事態なのはすぐに察せられる。ましてや男と女だ。どんな関係であれ繊細さが付き纏う。マイカはうなずくことしかできなかった。


「それじゃ、……あっちで話そう」


 フーマは彼女の返事を待つこともせず、早足に中庭まで歩く。彼女も無言で後ろに着いてくる。道中の会話などなかった。


 中庭は創立祭の催しを何もしていない。教室からも死角となる。ことを荒立てるつもりは毛頭ないが、それでもいざということを意識していた。


 麗かな日差しが差し込む昼時。花壇からは花の香りが漂ってくる。人間はこんなに深刻なのに、緑たちはどこ吹く風だ。


「風光明媚ないい村だな」


「そうだな。空気も綺麗だよ」


「こういった温泉街へ行った以来か。かような在郷は。覚えているか」


「……いや、全く覚えてないな」


「そうか。それだけの時が経っていたのだな」


「旅行なんてまるでしなかったから嫌いなのかと思ってたよ。流石に若い頃は違ったんだな。俺が幼くて覚えてなかっただけか」


「時間が惜しかったからな。流石に新婚なら旅行の一つくらいはしろ、と念入りに周囲から責められたから仕方なく、だが」


「…………」


 そうだ。この人はそういう人だ。知っている通りの理由に、思わず苦笑しそうになる。


「いい村だと認める。しかし、勉学に励む環境ではないな。最低限は揃っているようだが、それだけだ」


「っ……」


 始まった。フーマは奥歯を噛み締める。


「チカキディーガといったあの少年、彼のような者ならここでもいいだろう。だがお前はそうではない。ずっと閉じこもったままでは見聞は広まらんぞ」


「書物を齧ってるだけならどこで勉強しても変わんねえって考えてるだけだよ」


「なるほど。そんな考えか。……論文は読ませてもらった」


「そうかよ。お眼鏡にはかなったか?」


「お前にしてはよくやっていた。その手法も評価に値する。が、児戯だな」


 高慢な語り口は、フーマの幼い頃から変わらない。変わらず、フーマの神経を逆撫でる。


「………本気でやってんだよ。本気でこっちの道にきたんだよ」


「そうか。お前なら、私の後進となってくれると信じていたが、その通りで終わるなら、思い違いなようだ」


「っ……」


 拳が大きく震えたが、胸の内に集まる熱を無理やり冷ますことで耐える。


「どうだ。早いうち、帰ってくるつもりはないのか」


「顔はちゃんと出してるだろ」


「はぐらかそうとするな。お前の悪癖だ」


「…………。知ってるだろ。俺は才がない。あんたと同じく、女だてらに下のちっちゃいの二人が優秀なんだからそっちにやってもらえよ」


「何を言う。私の中で、認めた男はお前だけだ」


「気にかけてくれてありがとうよ」


 皮肉も全く効かず、彼女は無表情のまま。


「まあいい。私はこれで帰る。よく考えておくことだ」


 話の繋がりというのも無視して、彼女は立ち上がる。


「フーマ」


 大きく、毅然とした声が、背中越しに響く。


「青春は一瞬だ。とても貴重なものだ。若い身空では知らないだろうがな」


 それだけを言い残し、村の方へ歩いて行った。


 完全にその背中が消えたことを確認したフーマは――壁に向かって思い切り蹴り上げる。


 がすん、と鈍い音だけが空気を震わした。……一瞬、壁の木板に穴が空いたらどうしようと過ぎったりもしたが、すぐに激情に押し流される。


「知ってんだよ、んなもん」


 飴を三粒、口に放る。がりがりと噛み砕き、口の中を強すぎる清涼感が襲う。


 それが呼び水となり、少しずつ頭の冷えていく感触がする。


 よし、ようやく少しは取り戻した。


 年々キレやすくなっていると自覚している。どうしても前世の思春期と比較してしまうが、あの頃はキレていい相手などいなかった。だから鬱屈した時間を過ごしたものだ。


 それが、自我を出せる環境になった途端にどうだ。こうして外へ発散する。日本人でもあるが、セゴナ人の誇りも持っている。ふさわしくないな、と自己嫌悪に陥る。


「まだまだだな。〈楓馬〉もフーマも。『父さん』ぐらい克服してみせろよ」


 自分自身に言い聞かせるため、声量こそ会話程度であったが、はっきりと発音した。


「やうやう分かれりやこの痴れ者や」


「ん!」


 頭上から聞き覚えしかない声が届き、フーマはすぐそちらを睨む。ちらついていた人影が、さっと身を引いた。


「……いや、なんで隠れる。別に怒りはしねえよ」


 フーマがそう言うと、思っていた以上の人数が顔を覗かせた。その数、四。


「いやいやみんないるのかよ! 聞き耳立ててたな! それはまた別問題で怒るぞ!」


   ・


 彼女らは、屋上の一角にて、村の出店から購入したであろう料理を広げていた。晴天の中の食事はとても心地良さそうだ。


「言っとくけど、わたしたちが先にここにいたんだしっ。サッキーの提案でみんなでご飯食べようってことになってて、休憩時間に集まっただけなんだから」


「みんなでご飯食べてたらね、フーくんと女の人がきたから、マイちゃんが――」


 訳がわかっていないフーマのために、ナージが説明してくれた。


 マイカの言い訳染みて感じるそれは本当のようだった。野掛け用のシートの上には村からかき集めた、様々な茶菓子が並んでいる。出店で見かけたものが多い。サクラが運んできたと想像するに難くない。……茶菓子を指してご飯と称するのは、栄養士としては我慢ならないが、まあ祭の時まで口出しするのは無粋だろう。そこは逃しておく。


「ここにリィンがちゃんと居座ってるのが俺には意外だよ」


「不良栄養士には吾がこの光景を望んでそうなったように見えるのかしら」


 先ほどからリィンの周囲に張り付いているサクラを無視した上でフーマは言った。案の定、抗議の言葉で返される。


「それ言うなら、よくあの光景を見ておいて俺を罵倒できたな」


「汝がどんな精神状態であろうが吾には関係ないわ。ただこのお花畑から吾を解放してくれれば誰でもいいのだから」


「それであの状態から俺を呼んだかよ……しかも呼ぶ台詞があれかよ……」


 屋上から声を掛けてきたのは、馬鹿にするためもあるが、こちらにきて助けろ、という意味がほとんどらしい。分かってたまるかそんな自己中心、と思うフーマだった。


「はあ……」


 つい先日までもこのような環境だったはずだが、やはり女子多数に男一人は少々居心地が悪い。それこそ近頃はシャニとばかりつるんでいる。特別な用事があってここにきた訳でもないし、適当な理由をつけて離れようとするが……隅にある籠を見て考えを改めた。


 シートにドスンと座ったフーマは、籠に積まれるだけ積まれたラセリに手を伸ばし、許可を取る前に齧り始める。


「どうせ食わねえのになんで持ってきてんだよ」


「食べながら聞くこと?」


 そうは言われてもどうせ誰も食べないのは分かっている。もしもう少しみんながラセリを食べるなら、庭で栽培しているラセリの品評会に誘っているところだ。


「マイちゃんとリィお姉ちゃんがねぇ、これあったらフーくんを誘えるかなぁって持ってきたんだよ」


 ナージが耳打ちしてきて、ニコニコ顔で離れていく。喜びの太鼓をトントコ鳴らしている。その意味するところまでは、ラセリに夢中になっているフーマには些細なことだったので、特に考えていなかった。


 あとは適当に雑談をして過ごした。時折マイカが、何かを言いかけては止める、といった光景があった。


「……まあ、別に怒ってたっていうかさ。俺のよろしくない部分だから、あの人との一面は。見られるのは、なんというか、具合が悪いんだ」


 聞き耳を立てたこと自体にフーマは怒っているのであって、その内容を知られたことはさほど問題にしていない。むしろこちらから正式に言い切ってしまった方が互いにすっきりするだろう。そう思ったフーマは、素直な気持ちを伝えた。


 その姿勢を見せると、女子たちは納得したのか、それ以上の言及は止めるかのごとく、無言で頷いた。


「ねえふーま君。あの女の人って、誰なのー?」


「ちょ、サッキー」


 ……と思ったら、サクラが空気を読んだ上で壊してきた。マイカも止めはしにきたが、マイカだって気になるようで、言葉に強さを伴っていなかった。


「もしかしたら恋人ー? とかって話してたんだー」


 それはまた、かなり突っ込んだ仮定をしていたものだ。女子が集まればそんなものか、と決めつける。


 サクラだからこそ、ここまでズケズケ聞いてくるが、他三人は流石にこれ以上となるとあまりに踏み込みすぎという自覚はあるようで。


 だからこそ、はっきりだけはさせておこうと思った。


「あの女性は――俺の、父だよ」


 四者四様、別々の反応を返してくる。ただ方向性としては一様に驚きだった。


「見た目が女性の男ってわけでもないぞ。正真正銘、肉体は女だけど、俺との関係は父と息子だ。……もっと正確に言うと、腹違いの姉であり、義理の父だ」


……一同、更に疑問符を頭に浮かべる。改めて口にすると、フーマ自身もそうなる。


「分かったろ。言わない理由。説明するのも難しいし、説明したところで理解はない」


「ふーん。家族って大変だねー。やっぱ分かんないなー」


「だろ。面倒くさいだけなんだよ。しがらみが多い方だと」


 家族が消息不明な母しかいないサクラ。元々の奔放な性格もあり、素で空気を読まない発言をする。それにフーマが自然に乗ったことで、どんな態度でいたらいいのか決まってくれて、マイカとナージは胸を撫で下ろす。


 あとは取り留めもない話に脱線し、そのまま和やかな時間を過ごした。


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