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交代にきたナージにあとは任せて、フーマは村に出る。リィンは外に出るつもりはなど毛頭なく、あのまま留まるつもりらしい。こんな機会だからと二人きりで村巡りをしないかと誘ったが、けんもほろろ。少しショック。
身軽になったフーマは一先ず村の中心部へ向かった。村人たちが色々な出店を出している。
普段と違う光景。村の子供たちの笑い声があちこちで響いていた。大人たちも雰囲気に当てられてとても和やかだ。
「お、栄養士さんのお眼鏡に適ったのかな?」
「こういう時は無礼講ですよ。心の栄養のが重要です」
「はっはっは。なら少し多目にしてやるよ。栄養にいいって宣伝してくれよな」
「心のね、心のですからね」
顔見知りの村人から快いサービスを受け取りながら腹ごなしをしていく。喧騒を調味料にするのはなかなか格別だ。祭には祭の味がある。その栄養価は何事にも変え難い。
「あ、ふーま君だ。おーい」
「あのなあサクラ……買い占めはよくないぞ」
「なにもしてないよー。みんなが勝手に持ってくるんだってばー」
「なんかもう、御神体みたいだ」
中心にいたサクラは、どこか困ったような顔をしながらもとても美味しそうに食事を食べていた。各店舗から様々な商品が贈られている。その喜びの余波か、足元の草がとても伸び伸びと生い茂っていた。
美味しそうに食べるというのも一つの才能だ。その笑顔だけで、食べさせているこちらが幸せになるのだから。
「サクラはしばらく観光か?」
「うんー、そうだねー。特にやることもないしさー、お花たちも喜んでるみたいだからー、一緒に遊んでようかなってー」
「いや、まあ、うん、まあ、なんだ、それでいい」
本当は仮にも虹霓に顔を連ねているものとして手伝って欲しいことはあったが、正式な生徒でもないからなあという諦めもある。なにより村のアイドルと化しているサクラだから、各所で好き勝手やってくれた方が祭としては盛り上がるだろう。そんな風に思ってしまったから、強く言えなくなってしまった。マイカあたりに見られたら白い目で見られることは明らかだったが、その甘さがフーマという人物の美徳ということでここは一つ。
「さっきまでなーちゃんもここにいたんだー」
「あー……なんかやけにお腹さすってるとは思ったんだよ」
村の爺様婆様は加減を知らない。サクラがあれよあれよと食べ続けるから、同じような量をナージにも振る舞ったのだろう。ナージは見た目通りに小食だが、人の好意を無碍にできない性格しているので、頑張るだけ頑張ったのか。学校の方へ向き、一礼するフーマだった。
「まいちゃんも会いたいんだけど、なかなかここに来ないんだよねー」
「あいつは結構やることあるからここにいたら会えないと思うぞ」
「そっかー。じゃあそろそろ動こうかなー」
そう言ったサクラは、卓の上の料理を、大きな花弁一枚を生み出し、ふわり包み込む。淡黄色に光るそれは、風に乗った花弁のように、ひらり宙に舞った。
「私はまいちゃん探しにいくねー。後でりぃんちゃんにこれ分けてあげるんだー」
「おう。マイカとリィンによろしくな。リィンもそんだけご馳走貰ったら喜ぶぞ」
適当なことを言うフーマ。リィンの泣き言が浮かぶようだ。想像して少しだけ興奮した。
サクラと別れたフーマは、さて次はどうしたもんか腕を組む。予定していることはあるが、純粋に祭を楽しみたいという、子供じみた感情を無視できるほど好奇心を殺せるわけでもない。
祭の準備は敢えて直接はあまり見回っていない。そうした方が当日の非日常感が強まるからだ。回ってみたいところはそこいら中にある。
とりあえずは集会場を見てみようと決めた。男たちの議論の場は、あそこに限ると相場が決まっている。そこにもしかしたら面白い人物がきているかもしれない。
そうして集会場に向かう。
そちらにはシャニがいて、白熱した議論を交わしていた。
「あ、フー。来たか。すまん、手伝ってくれ」
「手伝えって……何を話し合ってんのかも知らねえって」
「最初のうちはナゴョミ独自の農法を語ってたはずなんだが、次第に外れていってな。今やってんのは――」
シャニから耳打ちされる。たしかに、あまり大手を振って語る内容ではなさすぎた。
「援護しましょう」
ないはずの眼鏡を煌めかせ、フーマは『紳士』として参加する。
まあ、そういった手合いが今の議題だった。
「お、ナゴョミ気鋭の若者じゃないか」
爺様たちの知り合いなどだろう。そこへ物怖じなくずかずかと割って入る。
…………。議論は白熱する。
「そういえばシャニ、チカキの言ってた学者さんとやらは来てるのか?」
そちらが主題なはずなのに、しばらく経ってからようやく、ついでのようにフーマは言った。あまりに横道に逸れすぎたことに自分自身気がついていない。
「そちらの方がそうだ」
「あ、そうなんですか。はじめまして。ナゴョミ校の生徒自治会長を勤めておりますフーマ・ミシナムと申します」
「こちらこそ。城下大学で樹木学の講師をやっておりますテワレ・ハイャゴと申します」
村人ではない見知らぬおじさんに、今更のように挨拶を並べる。言葉という言葉で殴り合った仲。どこか清々しく、互いに素性を明かす。
「さっきまでこの御仁に話を伺ってたんだ。言っとくが真面目なやつな。手記に残してある」
シャニは手帳を渡してくる。ぺらりとめくると、達筆な字でずらっと文章が並んでいた。
「…………。へえ。そんな樹、存在するんだ」
「説明しましょう」
改めてテワレ講師から説明を受ける。
「やっぱ学者からしても珍しいよなあ……」
実質的に得られたものは、やはりナゴョミは特殊だということだけ。
「ところで」
テワレ講師は、それまでの自信に溢れた口調から一転、少し下手に出た。
「お宅、生徒自治会長と仰いましたよね? でしたらお顔も広いと思って質問をするのですが、……ニムが村を訪問していると聞き及んでいるのですが、何か耳に入ってきています?」
「ニム? ニムナ様、じゃなくて?」
「ええ、ニムです。わたくし、ニムに目がないものでして。追っかけをしているのですよ」
フーマは聞こえないぐらいの小ささで「おぉう」と呻いた。人の趣味自体にとやかく言うつもりはないが、それはそれ。
「オレも答えてやりたいけど、フーの方が詳しいと思ってな。オレはそもそも、ニムのことをよくわかっていない」
だから呼ばれた部分もあるのか。
「ほほう。あまりニムにお詳しくないと」
それを聞いたテワレ講師が、知らないと言われて気を悪くするどころか、瞳の奥をぎらりと閃かせた。
ああ、これはあれだ、引くことを忘れた男の目だ、とフーマは思った。
「む、すみません。どうもオレは、女の職業への知識がうとくて」
「しょうがないだろうさ。小さい頃からセゴナに住んでれば当たり前になることだけど、少し大きくなってからじゃ」
そうしてテワレ講師は、ニムのことをつらつらと説明始めた。
ニムとは、言わばミナヤ・クロックおそば付きの使用人である。また、その集団を指す。
ミナヤに付き従うニムナのように、「我らからもミナヤ様の身辺のお世話をしたい」という、セゴナ国民から自主的に選出したのが起源。名前からしてニムナをもじっているのは、セゴナ人にとって、ニムナ・クロックはミナヤへ付き従っている者という印象があり、例えその一歩手前でもいいからその高みに並びたい、といった気持ちがこめられている……とはセゴナ史の観点から見た担任の談。
そうかなあ、とフーマなんかは思ったりもするが。ミナヤと直接対面したのは二回。うち一回の、先日の邂逅。ニムナはその時に初めて見たわけだが、世間が言うように、そんな主人とメイドのような、親しくも恭しい関係には思えなかった。むしろ手元に観測するために置いていつもバチバチにやりあっているようにすら感じる。
……そういったフーマの思いとは一切関係なく。
城の運営、ミナヤへの給餌、客人への完璧なもてなし、その他等々。これを至高の水準で行わなければならないという想いから、全てが高能力者だけで編成されている。
ニムになるには過酷な試験を受けなければならず、それに合格できるのは年に一人いればいい方、などとも言われる。
それだけの大人物でないとなれないので、それはもう、セゴナでも指折りの天才集団となる。セゴナの女子はニムに一度は憧れると言われているくらいだった。
そして、男でも純粋にファンが存在する。追っかけがいるのはフーマも知っているが、こうして対面するのは初めてだった。
生憎と、そのような人物がいたら村で噂になる。ニムは一般的に特殊な制服に身を包む。そのため見ればすぐに分かる。そんなのを目撃した女性は瞬時に情報網に乗せるに決まっている。どの世界でも人の口に戸は立てられぬ。まさか、そこまで職務に忠実であるからニムとなる人物が、制服を着用しないなどと、あり得るはずもない。
……何故かフーマは、ごく最近、誰かの口から聞いたような気もするのだが、どれだけ思い出しても出てこなかった。
「もしもいると聞いたら、こちらに連絡を頂けませんか」
「はいかしこまりました」
ナゴョミについての有益そうな情報を得たのだから、これくらいならいいだろう。
そんなやり取りをしていたら、外から音楽が聞こえてくる。
「なんだ?」
「フーを呼んでいるようだが……」
この曲は、ナージによる、フーマを呼ぶ演奏。
女たちは魔により遠方にいても連絡手段があるが、男にはそのようなものがない。何かが起きて虹霓を揃えないといけないことがあった場合、ナージに演奏してもらうよう決めていた。それが演奏されたということは。
リズムの速さから、急を要しているのは聞き取れた。シャニにこの場を任せ、音の方向へ足を運ぶ。演奏は続いているので、なんとなく場所は察せる。




