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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
祈年祭

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3-5

  ――そもそも栄養素とは。


 フーマはわかりやすく概念を説明するために、決まった表現を使っている。


 身体とは謂わば『家』であり、その中には命という名のヒトを住まわせている。そして栄養素は、家を修復させるための小道具である、と。


 この『家』に住むヒトは、この一軒だけで生涯を過ごす。快適に住まう為には、食料を調達しなければならないし、どこかが壊れたら補修しないといけない。たまには娯楽だって必要。


 そのために『家』は、ヒトの行う営みを成立させるために、外部から様々な物を取り寄せる。


 その取り寄せの大部分が、食事由来となる。


 人間の身体は基本的に、食事で摂れた栄養素を、できる限り細かくする。小学生の時に行ったであろう『デンプンを唾液のアミラーゼで分解してブドウ糖にする』という実験は、栄養素は分解をする必要があると端的に教えてくれる。


 既製品のまま入荷するのではなく、まずは細かいパーツ単位で手に入れるのだ。テーブルを買ったら、木片と、金属部分と、ネジを手に入れる、のような利用をする。


 よく言われる、コラーゲンは肌にいい、というものがある。コラーゲンはタンパク質の一種であり、これを体内に入れる時は、強制的にアミノ酸まで分解してしまう。身体側に、「これはコラーゲンだから、肌に使うぞ!」という認識機能はない。タンパク質であれば勝手に分解し、パーツ単位にまでバラしてしまう。もしもこの後に、肌を修復したいと身体が判断すれば、このパーツを組み合わせて改めてコラーゲンとして再合成するし、他のことに使いたければ、このパーツから別のものを再合成する。言ってしまえば、コラーゲンを取れば肌に直接効く、というのはあり得ない。人間の身体はそこまで既製品が好きでない。


 家なんてどこが壊れるか分からないものだ。水道の調子が悪かったり、床が汚かったり。もしかしたら天井から雨漏りしたりするかもしれない。その都度起きた問題を解決するのに必要な道具は、それこそケースによって変わってくる。ドライバーがあればネジは回せるが床は拭けない。


 そんな時のために、『家』に様々な小道具があれば対処しやすい。


 肌が荒れれば肌の素となるタンパク質で修復するし、血液を失えば血漿成分を作るし、ストレスがあれば緩和物質で対処する。


 全ては家に何を仕入れておくか、だ。


 もしこれが、不要な物資ばかり溜め込めば、生活がしづらくなるどころか、ヒトの生活に悪影響を及ぼすこともある。トイレットペーパーは生活に必要だが、トイレットペーパーで埋め尽くされた部屋で暮らせようか。


 それが一般的に言う脂肪であり、糖であり、塩分であり。それぞれはきちんと必須だが、過多となると途端に話が変わってくる。本来は手に入れないと危機となるそれらは、常に多くを備蓄しようとする。なので、それがどれほど家を圧迫させようが、ヒトが死ぬよりはマシ、といった美辞麗句を掲げた上で、限度を超えてでも倉庫へ仕舞い込むのだ。


 全く同じ構造を持つ家などない。壁の材質に木を使うのか、土を使うのか、はたまた金属でも使うのか。そこは千差万別だ。それこそが個人差となる。どんな家を建てるかの方針の違いがあるのだから、必要となる物資も自ずと違うものとなる。


 これこそが、色々なものを適度に食べた方がいい理由であり、食べ過ぎが悪となる理由なのである。


「――それでは。楽しい時間をどうもありがとう」


「いえいえこちらこそ。この分野は素人ですので勉強になりました」


 背中がすっかり曲がってしまった老紳士を見送る。齢を重ねたその身体は、年齢通りの力しか発揮させられないが、心はまだ熱を燃やしている人物だった。


「ふうーっ……」


 薄荷のような、強い清涼感のある薬草を少々混ぜた飲料を口に含み、ゆっくりと嚥下する。口の中が少しずつ爽やかな青色に染まっていくような心地。大きく息を吸うと、清浄な空気が身体の奥深くまでかき混ぜてくる。


「きっつー……」


 誰に言うでもなく、ぼやく。


 手垢のついた説明であったが、未だにセゴナ流に直すのが慣れない。下手をするとすぐ日本語が出てきそうになる。それを抑えながらの説明は、無闇に脳みそを消費させた。


 セゴナは小国だ。栄養、そんなものを研究する者となれば、なおさら数は限られる。その中でも頂点として立つのが、この老紳士だった。二年前、彼が発表した論文を、フーマは真正面から批判した。遠慮などせず、徹底的に。それ以来、両者は公然と対立している。今日はその決着をつけに来たというわけだ――セゴナ流として、言葉だけを武器に。


「……汝は戦ひの恋しきかな」


「そっちは大分平和だなおい」


 席に座って小説を読んでいるリィンの元を訪れる人物はいなかった。興味を持たれていない……のではなく、リィンは学術紙の紙面上が主戦場。得てして人見知りの激しい性格の者が多いから、そちらの方が都合がいいのだ。


 一方のフーマは持論を用いて各所に喧嘩を売るタイプの発表の仕方を取っていたため、わざわざフーマへ会いに訪れる人物は、決まって好戦的だった。その方が議論も白熱して面白いから、それは別に望むところなのだが、疲れるかどうかはまた別の話。


 これで三人目。田舎の村の小さな祭、その中でも更に学生がこじんまりと運営している学校の創立記念祭。規模なんてたかが知れているだろうに。既にこれだけの客人が入るということは、観光客もそれなりに来ている。数少ない民宿も、予約でいっぱいだと聞き及んでいる。足りないこともあり、村人たちは自分の家に客人を招待しているくらいだ。


「今年は来まらうども多く盛況かな」


「去年を知ってるのか? 聞いてないけど」


「学校選びに見学に来た時、ちょうど創立祭だったのよ。あの時は中等部の生徒も卒業間近な人間しかいなかったし、村との協力もなかったから細々としたものだったわ。……思えばあの時は、来年度の入学生は吾だけだと気楽な生活を夢見ていたものよ。嗚呼、吾が一人いらるる日やはこむ」


 リィンが自分語りなんて珍しい。いつもより饒舌とも感じる。これでも少し浮かれているのだろうか。だとしたら実施した甲斐も出てくるというものだ。


「そっか。俺は入学式の日にようやく初めてナゴョミにきたから、その辺の空気も全く知らないんだよな。先代の虹霓はリィンから見てどうだったんだ?」


 初等部の子に聞けば去年よりも前の情報は入ってくる。どんなことを行った結果ナゴョミを咲かせられなかったか、その活動履歴と報告書も教室に置かれている。そうではなくて、リィンがどのように感じたのか、そこに興味が湧いた。


「別に。普通よ。多分、無能そうな顔していたんじゃないかしら。だって吾の記憶には顔も名前も残っていないのだから」


「……あんまりそういうことを言うもんじゃないぞ。先代だって、ナゴョミを咲かそうと努力していたはずなんだから」


「だから、それが無駄だと言っているの。あの樹を咲かせぬまま時間をただ失ったのだから、そこに価値なんて出ないのよ。……吾も含めて、ね」


「ああ、そういう考えだったか。……ほんっと、俺らって何をやれてるんだろうなあ」


「大人の知恵を拝借しようと浅ましく思っているだけでしょう」


「言い方よ。……んー、チカキの言ってた学者とやら、当然っちゃ当然だけどここにくるはずないよな」


 元々の目論見、知恵を借りる会を結成すること。そのために行事を利用した……といえば聞こえは悪いか。ともかくとして、ナゴョミを知らなかった知識人から、ちょっとしたキッカケを手に入れられれば。そんな気持ちも含めているのは事実だ。


 さて。その学者とやらは、目ぼしい対象をチカキが何人か招待しているという話なのだが、それらしき人物の話を一向に聞かない。全員が全員断ると言うのも、セゴナ人の気質からして考えにくい。


 もっとも、祈年祭と創立祭が同時に開催してから、フーマはずっと学校に篭りっぱなしだ。初等部の子に任せるのも不安が残るから、まずは陣頭に立って指揮を取り、回るようになってから各所の様子を見に行くつもりだった。そのため、村の情報が全く入ってきていない。あちらはマイカたちに任せているから、暫くはお願いするしかなかった。


「ミシナムお兄さん。これ、さっき子供が走り回って壊しちゃったんですけど、直せます?」


「ほらきたこれだ」


 初等部の男子生徒が、装飾にしていた張りぼてを持ってきてフーマに聞いた。ほんのりと人型にくり抜かれている。


「その子は大丈夫だった?」


「はい。なんかお母さんの方が恐縮しちゃってて。大丈夫ですからって言っちゃいました」


「ならよかった。それでいいよ。怪我して祭を楽しめなかったら可哀想だ」


「ただの飾りだからいいかなとも思ったんですけど、直せるなら直したくて」


「うーん、難しいけど、まあやれるようにやってみるさ。俺がなんとかしてるから、君はまた持ち場に戻ってて」


「分かりました。あとはお願いします」


「はいよ、任されて」


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