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「率直に言うわ。【ナゴョミ】。あの子は力がどんどん弱くなってる」
「――――。いや、本当に直球ですね」
十歳体ミナヤは見た目相応に冗談好きではあるが趣味の悪い嘘は言わない。
「なに? 時候の挨拶から始めるべきだった? そんな回りくどいことするような水臭い仲じゃないでしょうに」
「……はは」
思わず笑ってしまった。セゴナ人ではなく、日本人としての性質を言っている。それに加えて、この家族のような親密さ。挨拶をすること自体は否定しないが、外堀を埋めながら会話する仲じゃなくて、もっと近い距離……それこそ親子のような関係だろうと、ミナヤは言っているのだ。詰め方が強引だと、フーマは感じる。
「知ってるわよねこのこと。桜は」
これまでフーマにだけ声を掛けていたミナヤが、唐突にサクラを名指しした。どことなく、『サクラ』の発音に含みを持たせたように感じたが、気のせいかもしれない。口頭でそのようなことをされても、フーマとしてはくみ取ってやれない。
いきなり名前を呼ばれたサクラは……ひゅーひゅーと、下手くそな口笛を吹きながら、どこへでもなく視線を彷徨わせる。
「知らないはずないわよね。自然の意思を汲み取る力は妾の千分の一はあるんだから」
「私との対比ですと万分の一ですが」
ミナヤの言葉に対し、今の今まで、影として背後にいた侍女のニムナ・クロックは即座に口を挟んだ。
「…………。ニムナ。いきなりなによ。くだらないことで妾に張り合うのはやめなさい」
「ですが私よりも数値で下回るのは事実です。もとより私はミナヤに全てにおいて負けているつもりは毛頭ない」
「ここで戦争してもいいのよ?」
「やめて下さい」
フーマが二人の会話に割って入って止めた。この二人が本気で暴れると文明が一つ終わりを告げる、などとも噂される。姉妹喧嘩感覚で始めていい代物ではない。
「だってですねー、あの子、ダイニチさまのことが大好きすぎるんですもんー。そりゃー、ダイニチさまがどっか行ってたら、へそ曲げちゃいますよー。あそこまで意固地なの、そうとしか考えられませんってー」
「まあそれはあるわね。あの子とは種子の頃からの付き合いで妾の魔に大層喜んでいたものだわ。前に会った時も変わってなかったわね。けどいつまでも妾につきっきりじゃまるで成長しないじゃない。あの子も独り立ちするべき。力を持ちたくて持ったんだからみんなと協力してくれないと困るのよ」
「あの子って何歳なんですかー?」
「今年で千五十七歳」
「あー、なるほどー。そりゃーダイニチさまも私に教えるわけですねー」
「もっとも桜ができるかどうかは桜次第なのは変わらないわ。八百長試合なんて妾は無粋だから絶対に仕組まない。それ以前に他の子らも気にいってきているようだし」
フーマにはなんの話をしているのか、さっぱりだった。
それよりも。サクラは神の御前だというのに、どこも物怖じする様子もなく……というより、まるで旧知の仲のように話す。そこが気になった。
「……サクラって、ミナヤ様に会ったことあるのか?」
「知ってるもなにも、ナゴョミを教えてきたのはこの人だよー。樹木も、村も」
「なっ……放浪した末に辿り着いたんじゃなかったのか」
「私をなんだと思ってるのー」
それは過剰表現にしても、これまで各地を旅していると聞いていたから、ナゴョミもそうなのだと勝手にフーマが思っていた。たまたま痕跡を見つけたのだとばかり。
「すごく頑張ってよーやく見つけられたんだからさー、ぶらぶらしてて見つけられないってー」
「……まあそうなんだけど。なんかサクラだとすぐ見つけられそうだし」
そんなフーマとサクラの会話を、ミナヤはどこかにやけながら見ていた。一方でニムナは無表情のままではあったが、背景がどす黒くなっていくように感じた。その様子を見てミナヤはまたにやにや。
「いやはや。あの小さかった子がねえ。子供の成長の早さには驚きと慣れが同居しているのが妾だけど桜は少し例外ね?」
「忌まわしい。さっさと捨て置けばよかったのです」
「まあそう言わない言わない。ニムナ。あんたがキレるのもまあ理由を分からない妾でもないけどたまには考え直してもいいんじゃない?」
「そんな無駄なことをしている暇があるならとっとと貴様の首を跳ねます」
「おーやだやだ。これだから女のくせに男たちの神様という名のアイドルやってる女は」
なんだか盛り上がっているようだが、フーマには全く意味が分からなかった。説明する気もない辺り、フーマが知る必要性は全くないようなのが救いか。
「それで」
話の腰を折ったのはサクラだった。声にどこか棘がある。
「《ダイニチは私をどうしたいんですか。職務に戻れと仰いますか》」
フーマの知らない言語を突然に喋り出す。全く聞きなれないそれは、どこの国のものかを推測することもできなかった。
「《桜に望むのは母探しを遂行すること。ただそれだけ。桜が貴重な人材なのは確かだけれど外部班に割く余裕もある》」
ミナヤもおそらくはその言語で返す。
「《流石。そうやってニムや守隊を作り、世界を裏と表で動かしている人は違いますね。そうやって私が目的を達成できたとして、そこを起点にどれだけの人を巻き込む心算ですか》」
「……サクラ、さん?」
セゴナ語では間延びとした口調で話すサクラが、捲し立てるよう次々と発音していく姿は、異様としか思えない感覚があった。時折聞こえる、セゴナ語らしき単語があるのがまた不気味だった。
だが、そう怯えるフーマを認識しているのかすらも怪しく、サクラは言葉を並べていく。
「《私は一人でもお母さんの軌跡を辿ってこれます。ですが道すがらの痕跡を消してきた跡もありました。これはダイニチが態と消した跡を残したと、そう判断しました。その上でダイニチは私にナゴョミを咲かせればとおっしゃる。そこに母の痕跡の大半があると》」
「《まず第一に。何も嘘は言っていないわ。貴女にナゴョミを息吹かせる以上のことを今回は望んでいない。そしてそれで十分なのよ。ナゴョミを咲かせられることに加えてそれだけの力を貴女が得ること。これだけしか目論んでいないわ》」
はあ、とサクラはため息を吐いた。
「《まあまあ。いい待遇は用意しておくわ。それがあれば貴女は生き永らえる。それこそが『あの子』 の唯一の望みだったから》」
「《それを人質にされるから強く出られないのですよ》……分かりましたよー」
最後の一言だけ、言語も雰囲気もいつものサクラに戻っていた。
「……なんの話してたんだ?」
「話せませーん」
「まあ女同士の秘密というやつよ。貴男の人生単位で影響ないから無視していていいわ」
前世において、工場のラインで周囲が外国人しかいなかったことをふと思い出した。そうは言われても、居た堪れない気持ちにしかならない。
「妾はこれ以降は貴方達に任せることにしてるからでしゃばらないわ。今回のこれで干渉しすぎなくらい。それでも老婆心で忠告よ。……覚悟はしてなさい。これからの貴方たちは、試練ともなる困難が待ち受けているから」




