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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
祈年祭

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29/54

3-2

 一都四県。それがセゴナの行政区画。セゴナ城の城下町を首都とし、そこから東西南北にそれぞれ県が設置されている。その県は更に市区町村に区分けされ、各地方自治体を担っている。


 ナゴョミは首都より西にある『サイアキク』という市の、更に奥まった山間に存在する。ナゴョミの村人が街に出かけると言った場合、このサイアキクまで行くことを意味した。


 フーマとサクラはナゴョミから片道四時間ほどかけ、サイアキクまで足を運ぶ。


 最寄りの駅がある町まで徒歩で二時間、そこから軌道車に乗る。


 セゴナは技がかなり発展している国だが、それでも科学的な動力の車はまだ開発できていない。魔による『魔車』とも呼んだ方がいい列車が一般的だったが、そうは呼称しなかった。『魔』という名を冠させると、女に頼りっきりとなり、男たちの劣等感を煽ってしまう……という(余計な)気遣いから、どちらつかずに言い換えるのを基本としている。男女平等な国ならではの弊害だったりした。他の国はほとんど女尊男卑なので、セゴナ特有の現象だ。


 閑話休題。


 サイアキクにくるのも久しぶりだ。駅に降り立つ度に、ナゴョミへ向かった一年前を思い出す。もうあれから一年か。早いやら遅いやら。ナゴョミに来る前も来た後も、色々ありすぎた。


 今日、ここへきた一番の目的は、チカキの論文を受け取ることだった。


 チカキ本人は未だに出向先から動けないため、ここの郵便局留めで送った論文を受け取る手筈を取った。ナゴョミに送られるのを待ったら祈年祭が終わってしまう。


 そもそもの話、ここまでギリギリになったのは、チカキが完成度を高めるため、期限の許される限り推敲を重ねていたからだった。拘りがとても強い男なので、こうなることは予想できていた。伊達に友達やっていない。


「個人番号をお願いします」


「293476です」


「照会取れました。フーマ・ミシナム様ですね。チカキディーガ様の郵便物は、お渡しすることができません」


「――はい?」


 ……言われた意味が分からなかった。話が違いすぎる。


「言伝として、こちらの便箋を渡すよう当方は承っております」


「は、はあ……」


 気の抜けた返事をしながらフーマは一通の便箋を受け取った。上質紙で、無記名・宛名なしの便箋。封蝋が施されているが、印璽がないのでそこからも送り主を類推できない。


「そちらに全ては記載されている、と聞き及んでおります。あとのことは守秘事項に抵触するため、こちらからは控えさせていただきます」


 機械的に受け答えをする郵便局員。突っ込んだ話をしても何も返ってきそうにはなさそうだ。


 何も分かっていないまま、郵便局から出る。外で路傍の花と戯れていたサクラが、フーマの姿を認めてぱたぱた駆け寄ってくる。


「ちかき君の手紙受け取れたー?」


「いや、それが……」


 フーマは簡単なあらましをサクラに言った。


「ふーん。どんな手紙なのー?」


「さあ。これから開ける」


 封蝋に手をかけ、無造作に開け放つ。がちがちに固められていたような印象を受けたのに、開けようと触れた瞬間、一人でにぺらりと剥がれ落ちる。


 中を見ると、手紙などは入っていなかった。唯一、フーマは知らない花弁が一枚だけが所在なさげに封入されていたのみ。


「あー。それねー……」


 それを見たサクラは珍しく気怠そうな声を出した。


「花……サクラ、これなにか分かるか?」


「どれどれー」


 その花弁にそっとサクラは手を添える。


「――――!」


 いつも朗らかな笑顔を崩さないサクラが、眉をしかめる。


「大丈夫か?」


「――うんー。強いなー」


「なんか込められてたのか」


 男だからどうしようもないが、そのくらいの予想はついた。だから問題は、その内容の方だ。


「私もよくわかんないけどー、あとでその時になったら呼ぶからやりたいことやってて、って言われたー。あと、女の子の秘密がいろいろー」


 なんとなく、思い当たるというか、こういったことをする人物が思い当たる。


「……お腹空いたなー」


「魔を使ってないのに減るの?」


「着払いだったんだよねー。気づかないでやっちゃったよー。これだから好きじゃないなー、あの人ー」


 いずれにしろ、これを行った人物の思惑がどうであれ、こちらとしては待つ他ない。買い出しもそうだが、チカキの論文は絶対に回収しておきたい。


 時刻は正午より少し手前。昼時になると飲食店も混み始める。まだ少し早い時間ではあるが、手早く腹ごなしをすることに決める。


 フーマはお気に入りの店に入る。セゴナでは定番の学生向けの食事を提供するチェーン店だった。早くてそれなりに美味くて量が多く、そしてなにより、安いことで有名。


 各々の好きなものを注文し、まだ混み始める前の店内、その中でも特別に用意された席に、フーマは所在なさげに座る。


「こういうとこ、よくくるのー?」


「そりゃあ、セゴナの男は学校帰りにここで飯食って授業の文句言いながら駄弁るのが定番だ。……この席には初めて座るけど」


「えー? でもみんなも頼むでしょー?」


「バカだね誰が頼むんだろアハハで終わるはずなんだよ普通は……」


 店内のど真ん中。店員の魔による、冷たくない氷で生成した、結晶模様がとても繊細で綺麗な四角い大テーブル。フーマが寝転んでも優に余るその大きさは二人席には似つかわしくない。


 いつもよりもかなり遅い時間が経過すると、ようやくフーマの前に注文した品が置かれる。そしてサクラの前にも、異様な光景を一瞬で形取る、トンデモない食事らしきものが置かれる。同じタイミングで食事提供するような気遣い、いらなかった。


「ふーま君ってそういうの食べるんだねー」


「俺が普段何食ってると思ってやがる。同じ給食食ってるだろ」


 なんというか、実物を見たら、諦観というか、どこか頭の線が一本、引っこ抜ける感触がした。なにも気後することなく、普通に会話するフーマ。


 フーマは定食型で注文している。セゴナ全体では基本的に米食が主流。その土地に合わせた穀物にもよるが、サイアキクのあるこの地方が米食だった。それにナゴョミでは少し珍しい、海魚を使った香草焼きを合わせる。主食に主菜、副菜を合わせてバランス良く。


「そうだっけー」


「俺、普段給食の時って認識されてないの……?」


「やー、そういやぶつぶつ言ってるのいるねー。あれがふーま君だったんだー」


「おのれー!」


 二人してケラケラ笑う。マイカとはまた違ったふざけ合いだ。


「視線を感じますなー。私、蠱惑な女ー?」


「雰囲気が原因じゃないから安心しろ」


 さっきからサクラはやけに注目を浴びていたが、本人はどこ吹く風。それもそうだろう。多種多様な人間がいるのがセゴナだが、それにしたってサクラの装束はとても目立った。そこに侮蔑のニュアンスが含まれようもないが、それでも興味をそそるのを否定はできまい。


 ……そしてその女が、大食いに挑戦しているのだから。


 本来なら食後に頼むようなデザート、サヮリ。パフェのように、背の高いグラスに植物性のクリーム、ダラルミツを果物にかけ、それを何層にも重ねて綺麗に盛りつけた一品。わざとまだ青い果物を使ったり、青臭さのあるダラルミツを使用することによって、あまり甘すぎない。男にも食べやすいデザートで、セゴナでは男女問わず市民権を得ている。


 ただし。


 その大きさが初等部の子供ほどもあるとなると話は変わってくる。


 ……もともと、店長の悪ふざけメニューだった。友達十人くらいでワイワイしながら分け合ってもらいたい。最初はそんなパーティ感覚を楽しんでもらいたい一心で開発した。それをとち狂ったか、一人で食べ切ったら食事代は無料、そして表彰し、未来永劫、店史で語り継ぐといういらない特典付きの、ある種の裏メニューにしたのだ。


 フーマはこのメニューを聞いた時、率直に「アホだろ」と思った。前世でもこういった代物はあったが、もう少し加減していたように覚えている。


 そして、そんなメニューの存在を知った瞬間、なんの躊躇もなく頼み始めたサクラには、その数段上の「アホだろ」を送ることになった。


 制限時間は三十分というところもバカだった。食べる速さを何も考慮していない。細かいところで発想だけが先行している。先人が『考えたけどやらなかった』を地で行く。


「やっぱ大きい街は色んな人がいるよねー」


 ゆっくりと食べ始めたサクラは、周囲を観察していた。店が店だけに、若い世代ばかりしかいないが、それでもその多種多様っぷりは未だにフーマは慣れない。


 そして食べる手を止めない。そして、異様に早い。……いやこれ、食い切れるぞ、という邪念をフーマはふりはらう。現実を直視したら負けな気がしている。


 当たり前だが、これも魔の使用は禁止している。少しでも使用した形跡があれば即座に挑戦終了。なのに引っかからないということは、つまり……考えたくないフーマだった。魔を使用していないのに物理の壁を超えている。それは男にはあまりに度し難い。


「これでも都心に比べれば本当に小さいぞサイアキクは」


「ほんとーにー?」


「そこで嘘つかんわ。サクラってセゴナのどこ行ったことあるんだ?」


「まだナゴョミしかほとんど行ったことないんだよねー。色んなところ見たいと思ってんだけどさー。なかなか動けなくてねー」


 サクラの目的……母探し。ナゴョミに痕跡があるなどと言っていることから、まだ見つけられていないのか。


「……その割に、セゴナ語すごい上手いけど。訛りとかほとんどないし」


「えー? 言葉なんて喋るだけじゃんー?」


 身体は言わずもがな、根本的に脳みそも違いを感じた。無意識に魔でも使っているのかと疑ったこともあるが、マイカ曰く『素』とのこと。普通に頭脳明晰なだけ。


 結局三十分間で、適当な会話をしながらも平然と平らげたサクラは、表彰を断り、満腹になったことをただ喜んでいた。店内の羨望とも好奇ともつかない目線で見送られながら店を後にする。元来、こんなところで時間を食ってられないはずなのだ。


 背嚢を深く背負い直し、軌道修正の覚悟を締め直す。


 各店を回って、必要な物を購入していく。特に香辛料。食事の屋台をやるつもりだが、切らしているものがあると聞いていた。フーマも持ち合わせがないので、気分転換の意味を込めて、まとめて手に入れたかった。


 セゴナの流通の目はとても細かく張り巡らされている。ナゴョミのような辺境の土地ですら、三日もすれば最新号の雑誌が届くほどだ。なので日頃の生活も苦痛とはいかないが、それでも入荷される質も量も高が知れている。真に必要な物は、こうして脚を使うしかない。


 村人から頼まれた香辛料を取り扱う店舗に入る。物珍しさから、サクラは一つ一つに興味深く観察していた。


「色々ありますなー」


「男向け女向けどちらも共通、色んなのあるもんだ。凄い奥が深い。俺は入口で止めた」


「でもでもー、この子達がどう頑張ってくれるのかは分かるなー。あ、ほんとにそーなんだー」


 商品の説明札を見ながら何やら一人納得していた。


「花どころか、この状態になってても分かるもんなのか?」


「昔こんなことやってましたよー、って教えてくれるんだー」


 種そのものどころか、挽かれて粉々になっているものの意志を汲み取れるとは、と流石に驚くフーマ。サクラが言うと信憑性が強い。


 そんな風に雑談しながらも、買い物を終える。


 ふと街の中央まで行くと、なにやら街広場が騒がしかった。


 こういう時、どうもフーマは野次馬根性を発揮してしまう。日本人のサガ抜けていない。乗り気でないサクラの背を押して、そこまで連れて行ってしまう。


「あー。そこそこ。そこの男女を中まで通して」


 おそらく中心と思えしところから、とてもよく通る高い声が突き抜ける。


 すると、ザッと人並みが整列し、中心までの花道となった。


「え、俺?」


「私もー?」


 なんのことか。少しだけ予想はついていたが、いやはや、またもそれはないだろうと、否定したい気持ちでいっぱいだった。


 二十人はあるだろうという半径を抜け、そこに広がっていた光景は――

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