幕間・2
フーマは虹霓としての顔の他に、学者としての一面も持ちあわせている。
その内容は主に、ナゴョミ全体で採取できた未知の食材を、どのように調理すれば美味しく食べられるようにできるか、である。栄養に関しての研究は、その副産物。フーマとしては栄養学こそ本筋なのだが、村での役割としてはそうなってしまう。
ナゴョミは特殊な土壌をしている。【ナゴョミ】が生態系に大きく影響を与えている、などの説は唱えられているが、未だ立証はされていない。ともかくとして、外部から持ち込んだ作物などはまともに育たない。またセゴナはスゥ以外の家畜はそれほど育てないこともあり、動物性の食材もさほど種類がない。ナゴョミが村として勃興した直後の村人が口にできたのは、ナジュイ商店のように外部から持ち出したものか、ナゴョミ独自の生態系の中から採集できたもの、と聞いている。
今でこそ、ある程度は畑で栽培できるものも判明したため、アピオなどの芋を中心に、多少の自給自足ができるようになった。だがそれもあまり種類が豊富とまでは言えず、また、美味しいとも言えず。多数の農家はいるが、セゴナでポピュラーな家庭料理が恋しくなっても、代用でそれっぽい物を作るのも無理、といった現状だった。セゴナ人は気質として、美味しいものは勿論美味しいと感じるが、そこまで食に拘りがない。その上に、なまじ飽食であるが故に必要に迫られての発見をしない。これが組み合わさった結果、美味いものを探そうとする者がいなかった。
そこでフーマが目に着けたのが、食べられることは判明しているが、あまり美味しくない食材を、いかにして美味しく調理、加工できるようになるか、といったものだった。
なんというか、日本人の性とでもいうのか。それこそ、蒟蒻芋から蒟蒻を作ってしまった民族の血が騒いだのだ。
フーマが調理法を確定させ、それなりに多く育てられると確定させた食材は、既に五十に及ぶ。農家に相談し、栽培してもらえるようになったことで、量産の目途が付き始めたものも既にいくつかあった。ラヴァワはそのうちの一つで、これがある程度育てられれば、純粋に穀物としての消費の他に、油としての販売経路も考えていた。
(…………。この辛味、なんかに使えねえかな)
そして今日の依頼人が持ってきた食材も、なかなか興味深いものだった。
太陽が沈んだ頃に訪れます、と約束を交わしていたのは、野山に交じって木々を取りつつ、材料を集める薬師だった。薬の材料なんて味は無視してしかるべきもの。フーマに依頼する意味はなさそうなものだが、別の角度からの視線は時に新たな発見を導く。知見を交わすべく、たまに来訪してきた。
フーマはその薬師の持っていた葉の中から一つ、やけに惹かれたものがあった。
(〈アリシン〉に近い……加熱したら分解される? ただこの量だと、〈玉ねぎ〉みたいな使い方はできねえなあ……)
思いつく加工法を試してみる。生のままだとえぐみの向こう側に何かを感じる。このえぐみをなんとかすれば、いい利用法ができるような気がするのだが。
「んー……」
深く伸びをする。どうにも駄目だった。思いつかない。
案を煮詰めるのは大切。ただ気分を変えるのも、また発想の転換には大切だ。
こういう時は、決まったルーティーンがあった。
私室空間からある物を持ち出し、一度外へ出る。外壁に取り付けられた梯子を使って、屋根に登る。屋根の端に座り、脚をぶらり投げ捨てる。
――――♪
軽く調弦を行う。
七弦琴。前世でいうところの、アコースティックギターに似た楽器。しかし出る音色はエレキギター。昔は何も感じなかったが、記憶を戻してからは違和感が未だにあった。音楽など娯楽でしかないものに使われる技は、時に高度すぎてついていけなくなる。
「さてと……」
調弦も終わり、すぐさま演奏に移る。どうせ誰も聞いちゃいない。好きなタイミングで、好きに始めてしまえばいい。それが遊びというものだ。
「――――♪」
音色に乗せ、月へと声を伸ばす。
体制に反旗を翻す……つもりになっただけのちっぽけな子ども心をあざけた歌。少し前まで首都の方では流行っていた。今ではもう、話題に上がることもないのだろう。
初等部の頃、あまりよくないタイプの人間とつるんでいた時期、耳コピしては色々と演奏していたものだ。あの頃は低音域の楽器を担当することが多かったが、一人で重低音だけ鳴らしててもなんだか妙に寂しくなったので、こうして主旋律の楽器に鞍替えした。
……前世は音楽は聴きこそしたが、演奏なんて授業以外ではやったことがなかったものなのに。忌避感を持っていたものも実際に行ってみると、楽しいし最低限度の能力はあるしで、とにかく食指が伸びた。精神的に荒れていた頃は家に帰りたくなかったから、新しいことがとにかく新鮮味を帯びていた。
「♪――――……」
一曲歌い終わる。誰に向けたものでもないから反応もない。空を仰ぐ。星の瞬きは、拍手代わりの祝福か、などと想像する。ならまたすぐ次の一曲を入れよう。
……前世では、ジジイになったらこういう田舎でゆっくり過ごすか、などと妄想したことがある。まさにこういった小屋で、慎ましく暮らせたら。実際は都会と現代の雑多さに染まりきっていたのだから、素朴な社会に染まれるはずないというのに。
それを形を変えて、むしろ若くしてこの生活をしているのだから、生きていると何が起こるか分かったものではない。
さて二曲目。
(――久しぶりに、やってみるか)
セゴナどころか、全世界で見ても珍しい曲調。しかしフーマは何よりも耳に馴染む、その旋律。
前世で好きだった、花火と祭に寄り添う、少年の恋心を唄った曲。
この曲をコピーできるよう技術力を高められるよう、バンドに参加した側面もあるほどのもの。
「――遠い 夢の中――♪」
妹も好きだったこの曲。唯一CDで買ったか。当時は金が無くて中古だったが、壊れることなく、長いこと持っていたような気もする。あのCDは最終的にどこへやっただろう。覚えていない。
……前世。
フーマは、三嶋楓馬であった時代のことを指して、『元の世界』ではなく、『前世』という表現にしている。
それは一重に、あちらへの未練はさほどないから。
強いて言うならば、唯一の肉親である妹だけか。ただもういい大人だったし、こんな自分なんかよりもずっと立派な男と誠実に恋愛し、結婚し、子供まで成していた。
(……すげえ男もいたもんだよなあっちにも)
フーマよりも一回りは若かったのに、既に都心に一軒家建てるわ、なんだボンボンかと思ったら両親にも家と車をポンとプレゼントするくらい一代で成しているわ、それでいてとても爽やかで誠実だわ、と非の打ち所がない。そんな男がいたことにも驚きだったし、自分の妹がそんな男を捕まえたのも驚きだ。
二人の結婚前、サシで呑みにいったこともある。その場で、一度でもいいからお前に妹はやらん! とリアルに言ってみたくて、準備だけしていた。そうしたら、兄が欲しかったから義理でも嬉しい、などとどう生きたらそんな世辞を言えるようになるのか不思議なことも言われた。大分ベロベロになった後、絞り出すように「――は僕を伴侶に選んでくれるなんて果報だ……」なんて台詞が出てきたからには、本人的には選ばれる側だと思っているのか、と驚愕した。例え冗談でも、やらんとは言えなくなってしまった。迎えにきた妹が「この人、好きな人の前だと見え見栄はって呑みすぎるの。よっぽど気に入られたみたい」など教えてきた。どうしてこれほど好いてくれるのだろう、などと最早恐怖心に近いものすらあった。
とまあ、そんな男と添い遂げておいて、幸せになれないなんて展開があったら嘘だ。フーマの期待と羨望通り、温かい家族を作っていた。
妹からしたら唯一の肉親である兄を、まだ若いうちに亡くしているのは、一般的にも不幸な境遇だろうが、そこから立ち直れるだけの人の繋がりに恵まれている。そうできるだけの環境なのは何度も確認した。
出生の段階からあんなズタボロな環境から、よくもまあ。
そこまで育てたのはフーマの力……など自惚れるつもりはなかった。むしろ、もっと簡単で楽な道があったのではないか、と常々思っている。今でこそそれ以外のことばかり考えるが、こうしてふとした拍子にフラッシュバックし、思考の渦へ巻き込まれる。
ただ、全ては過ぎ去ってしまったこと。
魔ですら干渉のできない、過去という、不可侵の領域の奥深くへ潜っていったもの。
言われなくたって、どうしようもないことは分かっている。
そう。前世にはなんの未練もないのだ(……本人は知る由もないが、サクラだけは、フーマの心底を知っているのだが。だが無意識は、意識できないから存在できる。辛い過去も、思い返さなければ痛くない)。
だからこそフーマは、前世の出来事は、あくまでも過去にあった物語として、処理しているのである。
それよりもずっと大切なのは、今と、明日だ。
逃げている一方だった人生で、逃げた先には逃げたくないものが待ち受けていた。
立ち向かう勇気を奮うために、今は歌おう叫ぼう。
その向こう側に、僅かでも救いがあると信じて。
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