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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
みんなと。

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幕間・1

「言い忘れていた。本日、集会場に商店が来る。以上」


 それだけ言って、校長兼担任は教室をさる。いつもながら見事な撤退っぷりだ。


 毎週、決まった曜日に起こるイベント。いちいち報告してこなくてもこちらは把握し切っている。それなのにわざわざ昼休み明けに言いに来たのだから、律儀なんだかどうだか。


「なあフー。今日、寮母のヴォルグさんの代わりに買い出しを頼まれているんだ。俺だとどんなのを選べばいいのか分からないから、一緒に付いてきてくれないか?」


「そういうの、マイカなら分かるんじゃねえの?」


 フーマはちらりとマイカを見る。「んなの知らないし聞いてないけど」といった顔をするマイカ。


「そうかもしれないが、その時いたのがオレだったし、オレに頼んできたんだから、きちんとオレがやらないとな」


「偉いなあシャニってば」


 というわけで、村の集会場に男二人で来ていた。


 ナゴョミは週に一度、行商人がくる。


 ……一口に行商人とはいうが、セゴナのそれは、大きな背嚢を持って練り歩くような、如何にも、といったものではなかった。


「いつも覗いてはいるけど、自分の必要なもの以外は気にもしてないから、改めて言われると少々でなく不安なんだ」


「男なんてそんなもんだろ。俺も自分の分野以外はまるで興味ねえし」


 夕方になると老人たちも少なくなってくる。にも関わらず、未だ店内は人とすれ違うのに肩をよじらなければならないほどにはごった返していた。


 ナジュイ氏が経営しているから、ナジュイ商店。そんな情緒もへったくれもないシンプルな名前の店は、ナゴョミをセゴナの一地方とするだけの繋がりを、明確に作ってくれていた。


【遊走舗】。そんな魔を扱う店長のナジュイ氏は、その独特な経営スタイルで、セゴナの辺鄙にある村々のインフラを整え、生活水準を上げてくれている。


 この【遊走舗】によるナジュイ商店を見るたびにフーマは、「日本でもこの規模の個人商店は珍しいよなあ」などと思っていた。ましてやそれが、移動式とあっては。


 十メートル弱四方の店内は、簡易な棚が並ぶ。そこには生活に彩りを加える商品が所狭しと陳列されている。洗剤などの工業品から、足の早い生鮮食品など、その品揃えは多岐に渡る。流石に娯楽品はないが、そういったものを専門にする行商人もまたいるので、それで事足りていた。マイカはそちらからルォズヌを手に入れている。


「また一覧見せてくれるか?」


「ああ、これだ」


 シャニから一枚のメモ書きを預かる。すぐ集まる程度のものなのは事前に確認している。ただ、一つだけシャニには難易度が高そうな代物があった。


「『鮮度が高く、脂ののっている、季節の魚』ねえ……。入荷状況によるだろうからコレと指定できなかったのも分かるんだけどさ……」


「……どうもいまいち、魚というものがピンとこなくてな」


「内陸育ちなんだからいいだろ。それ以上に陸の生物の知見が広いんだから、別に恥ずべきことじゃねえぜ」


「それでも、今のオレは亜セゴナ人でもあるんだから、知らないままでいるのも違うだろう」


 なんともストイックなところのある男だ、とフーマは感心する。無知を自覚したら知ろうとするその姿勢を見るたびに、自分も改めなきゃな、と身に染みた。


 周囲にいるお節介な爺さん婆さんにでも尋ねればそれでも知見は得られるだろう。だが、折角フーマがここにいるのだから、フーマでなければ得られない情報を授けたい。


「とは言え、この時間だと流石に数少なくなってるなあ……」


 陳列棚に並んだ魚類を見ながらフーマは呟いた。


「そうだなあ。この時期だとホマカロ、シブリムなんかが定番だけど……お、まだあるじゃん。さて、質は如何程のもんかと」


 太陽が南中する前に、買う人は軒並み買っていく。ある程度補充もされるが、それでも夕方ほどともなれば大衆向きな商品は少ないか、品切れとなっている。どうしても流通しにくい魚介類となれば尚更だ。


「んー……しょうがないけど、確認難しいよなあ」


 魚はどれも、ひと回り大きい氷に覆われている。


 セゴナにトラックなどの小回りの効く上に大量に運搬する手段はまだないし、冷蔵技術もまだ発展していないので、長距離の輸送はそもそも難しい。それを解決してしまうのも魔だ。


 冷凍する方法はなくとも、どう冷凍すれば効率よく、長持ちさせられるかは男たちも考案している。あとはそうなるよう、女が魔を使えば、こうして僻地でもさほど不便しないインフラが整う。


「なあフー。魚ってどれも冷凍でカチンコチンになってるが、そんなに日持ちしないものなのか?」


「ああ。常温下だと獲って数時間でも駄目になるな」


「どうしてなんだ?」


「魚は陸上の生物に比べると水分量が多い。それでもって肉質が弱い。死後硬直が死後数時間で起こって、それが解硬する時に体液が流れ出す。これに含まれる酵素が魚自身のタンパク質や脂質を分解していく。自己消化、っつってな。これが魚自身の問題。それから、その環境下だと微生物が繁殖しやすい。水棲細菌は低温度下でも繁殖できるし、陸上に上がった時点で陸棲細菌にも侵される。菌だらけなのに、除菌する手段がない。だから加熱や日干しなんかで乾燥させれば持つようになる。そこは肉と同じだ」


 フーマの説明に、シャニは深く頷いた。


「それ、そういう学問があるのか? それとも、フーが独学で調べた?」


「半分くらい。経験則として、そうなるのは昔の人間もわかってるんだよ。でも、魔があるとなんとかなるから、あまり考察しないもんだし。精々俺はそれを、ただ言語化だけした、って感じだよ」


「発見っていうのは、得手してそんなものじゃないのか?」


「そう言ってくれるのはシャニくらいだ」


 そんなやりとりをしつつ、いくつか見繕い、購入の手筈を取る。「解凍はいたしますか?」と問われたので、少しだけ悩んで「そのままで大丈夫です」とだけ答えた。


 ……とまあ、前世も今世も都会育ちのフーマ。田舎暮らしをするにあたって、大変苦労するだろうなと覚悟していたが、それなりに文化的生活を営めたために、精神的な生活水準はさほど低くなかった。


「――でな、トゥールスルトには、初夜の男はこうして落ち着け、という格言があるんだ」


「ほうほう」


「天井を見ながら虚数を数えろ、ってな」


「1i、2i、3i……不毛すぎる、ってか無理だろ」


「間違えた、素数だ」


「シャニてめえ!」


 そしてきちんと翻訳が発動したことにも内心驚くフーマだった。


 シャニと役体もない話をしながら、寮への道を歩む。二人の手には、風呂敷状に包まれた袋が握られていた。その中には、氷漬けのままの魚が数匹、入っていた。


 魚というのは劣化しやすい。なるべく温度を低いままにした方が日持ちする。なので、使ったり保存したりする時間を考慮して、計算して店員に申告する。するとちょうどその時に溶けるよう調整してくれる。女ならば好きなタイミングで熱量を与えれば溶かせるが、男には土台無理だ。


「フーはそういうのよく聞いてくるが、そうなりたい相手はいるのか?」


「むー。個人的に正直、虹霓の全員、ちょっと邪な気持ちを抱く部分があって困るんだよなー。ただ俺の紳士な部分が、そんな下賤な男に任せられっかって怒る」


「別に誰とそうなろうが、オレとしては応援する一択だ。知っての通り、オレは妻に貞操を誓ってるし、チカは同性愛者。どうにかできちまう立場にあるんだからさ。ぶっちゃけると、少し羨ましいぞてめえ」


「んだよ羨ましいんじゃねえか」


「あったりめえだろ。そんなもの、男名利に尽きるだろうが」


 どうしても男二人だと話が明け透けになって仕方がない。


 寮へ戻り、依頼主であるヴォルグに魚を渡そうとするが、折り合い悪く、席を外していた。仕方がないので氷室に貯蔵しておいた。勝手知ったる他人の家。


 そのまま帰るのも味気なかったし、シャニに誘われたこともあり、部屋を訪れることにした。


 シャニの部屋はあまり飾りっ気がない。服装は故郷のセンスを取り入れているというのに。ただ、故郷やセゴナとは全く関係のない、旅した土地のスーベニアは主張控えめに飾っているあたりは、どこかシャニという人物を表していた。


 こうして訪れるのはさほど珍しいことではない。チカキも一緒にいる時はよく男三人、この部屋で夜通し何かやっていたりする。夜更けに笑い声が響く度、上の階から電撃が飛んでくるのもよくあった。


「前回の続きをやるか? それとも別のにするか?」


「別のにしようぜ。まだまだやれてないの、いっぱいあんだろ」


 男二人で部屋に籠って、ただ喋っているだけというのも絵が汚い。大概、なにかゲームをしながら過ごすのが定番となっていた。ゲームとはいっても、テレビゲームなどあるわけないから、ボードゲームやカードゲームといった類のものだが。


 一度部屋を出て、正面の扉を勝手に開ける。ここはチカキの部屋だった。


「なんかチカキの部屋って臭くね? なんで本人いないのに匂いが入る度に変わるの?」


「ミナヤ様汁出てるからな」


 ひどい言いざまだが、妙に臭いのは事実。本人そのものはそこまで体臭しない性質のはずなのに、部屋はどうしてか、人間のものとは思えない匂いがしていた。


 そこはともかく、こざっぱりしたシャニの部屋とは対象に、多種多様なものが所せましと積まれている。ややもすればゴミ屋敷と化してもおかしくないが、整頓されてはいるため、そこまで汚らしくはなかった。


 その中に、娯楽にしか使われない、様々な国から取り寄せたゲームの類が集められている一区画があった。チカキのミナヤ愛以外の趣味であり、こういった物を揃えている。これを使ってよく三人で遊んでいた。本人が首都へ出向している今も、本人の許可は取ったうえで、こうして勝手に使って遊ばせてもらっている。


 こうして、二人は夕方までの暫しの時間、友好を深めるのであった。



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