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「とまあ、さぁ……持ってきてくれてわりぃけど、もう少し、見た目でも期待持てるもんを持ってきてくんねえ?」
「なはは。いやあ、こういうのこそイケるもんだぜ? オレっちも食ったけど毒なかったし」
「美味くねえからキレてんだよ俺は! 毒の有無の部分で戦ってねえ!」
黄色の斑点が全体に散りばめられた、なんとも生理的に嫌悪感を催す植物の葉。それをバン、と叩きつけながら、フーマは怒鳴った。
「まったく……俺の調査はタダだけどさ、ヒマじゃねえんだぜこれでも」
「そこんとこよろしく頼みますよ学者先生ぇさん。ロハだからこそ、オレたちは安心して依頼できるんだぜえ?」
「次は見る時点で良さそうなもんを持ってきてくれ。こんな見える毒物じゃなくて」
「わかったよ、次こそきちんと持ってくるからよ」
カカカと豪快な笑い声と共に、男は小屋を出て行った。残ったのは、採取された後も未だ自己防衛に励む毒々しい植物と、舌の渋みをどうにかして消したがっている、フーマという少年。
「……『ロハ』ってちゃんと訳されるんだ。変換基準がよく分からん翻訳機能してんよな、お前。死語に換えんな」
こんこんと自身の頭を二度叩く。じんわり痛いだけで、あとはなんの変化もない。
いたって普通の、自分自身の頭。
「――さて、そんなことはさておき。スゥの世話の時間かね」
首をこきこき、小気味の良い音を立てながら立ち上がったフーマは、同じ姿勢を続けていたせいで痺れてしまった脚を引きずって、億劫げに暗い小屋を出た。
小屋に併設されている小さな牧舎。なんとも生を感じさせるナマナマしい匂いに包まれたそこを、タライ一杯に詰めた飼料を持って歩く。
中へ入ると……どうやら先客がいたようだった。
「あ。ふーま君。おはよー」
「よおサクラ。今日も来てくれてたのか」
「うんー。最近は目覚めがいいからねー。春になってくるとウキウキしちゃってー」
「あー、それ分かるわ。……サクラの故郷って、春あるのか」
「ないよー。季節三つしかないから、セゴナの気候はすごく新鮮ー。でも、セゴナにきたばかりの去年の春はすごく楽しかったー。またその季節がくるなあって思うとねー」
「そうか」
「しかも今年はさー、みんなもいるしー」
「――そうだなぁ」
目を細めながら去年一年のことを回想する少女。
「ふじらさんの依頼の日だったよねー? あの葉っぱ、結局どうだったのー?」
「どうもなにも。だめだありゃ。まだ舌がジンジンしてやがる。色々と調理してみたけど、ついぞ渋みは消えなかった」
べえ、とフーマはおどけて舌を出す。その色は少しだけ緑に染まっていた。それを見て、おかしいおかしいとキャッキャ笑うサクラ。
「ふじらさんー、色々とふーま君に持ってくるのはいいけどさー、おかしなものばかり持ってくるよねー」
「かといって、こっちも依頼として正式に出されちゃ、雇われ学者の卵モドキとしては断るとお給金貰えなくなるから、やるしかねえっていうね」
「それはあれだよー。ふーま君はいい性格してるからさー」
「おい」
てへ、とあっけらかんとした笑顔をされると、それ以上は追及できなくなる、なんとも不思議な空気を纏っているものだ。悪気があって言ったとしても、嫌悪感が薄めさせられる。困ったものだった。
少女は、サクラといった。側頭部のやや後ろにある二つ結びの髪が、いつもどこか楽しげにぴょんぴょん跳ねている。そんなどこの世界にだって普遍的にいるだろう少女のするその恰好は、この空間、どころか『この世界』にすら似つかわしくないものだった。
……まるで陰陽師か、とでも思うような、かっちりとした深緑の和を想起させる装束なのだ。
フーマの持つ知識でも、これほどにコテコテな和装をした人物なんて、この少女に出会うまではてんでなかった。あろうことか、この世界で出会うなどと、夢にだって思うはずがない。
……いや。そんなことよりも。もっとあり得ないことは目の前にあるか。未だ、年頃の少女と同世代としてやりとりしている自分自身の方がよほど、違和感を拭えない存在に成り代わっている。
――もうこの世界にきてから十数年は経っているというのに。ここまできたら慣れることなんて、ないのだろう。
「えーよー、なかったんだ。あんなにうきうきしてたのに」
「栄養素、な。胃に入ればなんでも栄養となれる。肝心なのはその材料、栄養素の方だ。そこ、間違えるな。今回のアレは各種の栄養素はそれなりにあるのは発見できた。ただ、どう調理しても食えることは食えるけど、美味くなんなかったから諦めたんだよ。結局食えないなら栄養素たりえん。〈大学時代は何度、献立でパセリを百グラム入れようと思ったか〉」
「あーあーあー。ふーま君の言ってることは難しくてよく分からないよー。なので聞きませーん」
あまり踏み入れるとフーマの熱弁が繰り広げられるのを知っているサクラは、その辺は割かしぞんざいに扱う。フーマは意趣返しに長講たれたくなったが、時間も時間なので、日課であるスゥの世話を優先する。
「この子たち、順調に大きくなってるみたいだけど、ごはん変えたのって効果あったの?」
「ああ。今回はうまくいってる。……これ、五大栄養素は確認できたけど、本当に六番目の栄養素、あるなぁ……」
ふごふご、と鼻を鳴らしてサクラにすり寄るスゥの群れ。ほぼ全てのスゥがサクラの周囲に擦り寄ろうとしている。えらい人気っぷりだ。
フーマの知識では『豚』とでもいうはずの生物を、この世界ではスゥと呼ぶのだった。ただ、見た目こそ豚そのものだが、その生態系は豚のそれとは大きく異なっている。特に、とある性質は豚どころか生命体として異質なものがある。その性質をフーマは、敢えて悪く聞こえる言い方をすれば、『利用』して仕事に使っている。
だが今はそこにかまけている余裕もないので、日課に決めていることを、ぱっぱとこなすのだった。
飼育している全てのスゥの体重を量り、糞の重さを計測、分析用に少量を回収。体調や見た目の変化などをノートに書き記していく。それらが終わったら、朝食用に用意はしておいた飼料を与えて、日課は終了。これ以降の時間は正式な飼育員の仕事。フーマが担当するのはここまでだ。
「よし、これで終了」
「お疲れ様ー」
額にうっすらとかく汗を袖で拭っているフーマに、サクラは労いの言葉をかける。その言葉を発したサクラは、とても涼しい顔をしていた。当たり前だ。サクラはスゥをただ愛でてただけなのだから。最中、動いているのはフーマだけで、サクラは特別に何もしていない。正直、側から見たらお荷物だ。ただフーマ目線からしたらそうでもない。サクラがいると、スゥたちはとても気分がよくなり、こちらの言うことを不思議といつも以上に聞いてくれるようになる。そういった意味では、サクラはただそこにいるだけで手伝ってくれていることとなる。
「今日はちょっと早く終わったねー」
「そうだな。こいつらももう少しで繁殖期を迎え始めるか――おっと、鐘が鳴ったな」
朝を告げる鐘が、ガランガランと村に響く。どこかこれまでの気怠い空気を明るさで飛ばす、薄荷のように感じた。
「ちょうどいいな。それじゃ、学校に行きますか」
「うん、そうだねー」
時計。この国にもごく一般的に流通はしている。だがこの村は自然との一体感を重要視していることもあり、時に縛られるのを嫌う。一応、一日に三回、時刻を報せる鐘が鳴るので、それを基準に動けばいい。不便さを感じることもあるが郷に入りては郷に従え。もう慣れ切った。
そんなわけで、まだ学生の身の上なフーマとサクラは、共に村唯一の学校へ登校することとなった。




