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『祈年祭の方はこちらに任せてくれませんか? 擦り合わせも必要ですし、少しでも助成して頂けるなら勿論歓迎いたしますが、まずはミシナム君は、創立記念祭を第一に優先し、盛り上げるようにして下さい』
後日、改めて村長と更に話し合った際に、このような提案された。
あまりに手一杯になっても身動きできなくなる。その筋に通じる人が音頭を取ってくれるなら、そちらに多く振り分けた方がいい。
かくして、学校側では校長が、村側では村長が、公式に辞令を出したことで、創立記念祭と祈年祭の準備は始まった。一大プロジェクトの始動である。
……とはいっても。
日常があるから非日常が映えるのである。
「よーすふーま君。今日もいいラセリの食いっぷりだねー」
ラセリを齧りながらスゥの世話をしようと牧舎へ入ると、朱色の装束を身に纏ったサクラが、やはり汚れを厭わずにスゥを一匹一匹撫で回していた。毎日違う装束を身に纏っているが、どこから持ってきているのだろうか。聞いても答えてくれない。
「飽きもせずよく通うな」
「飽きないよー。ここのすーちゃんたちさー、愛情たっぷり受けてんだねー。こんなのびのびした子たちはさー、すっごく珍しいよー」
「スゥにそこまで国の違いあるのか」
「うんー。本当に育つご飯としか考えてないとこも多いもんねー」
気軽に言ってくれるが、家畜への感情なんてそんなものだろうか。……食に携わる者として、生きているうちから感謝する気持ちは忘れたくないものだった。
「スゥの一生は短い。こいつらも直に出産に入る。せめて可愛がってあげてくれ」
「頼まれなくてもそうしまーす」
相変わらず可愛がるばかりで何も手伝ってくれないが、それはそれでいいのかもしれない。不思議と動物に好かれるサクラだから、スゥたちも喜んで近づいている。
「すくすく育ってるのー?」
「餌変えてから顕著に。これまでで一番成長率がいい。……あとは、脂肪として蓄えられてただけなのか、桃臓モドキが成長したからなのかは命を頂く時にならないと判明しないけど……」
「むつかしーことはどーでもいいけど、この子たちの命が無駄にならないといいですなー」
可愛がってはいるが、家畜としての命運をしっかり理解しているのか、こういう時のサクラは嫌にドライだ。むしろ死生観は、フーマよりも格段に厳しいのかもしれない。
フーマはぶつぶつ呟きながらも世話を続けていく。
第六栄養素。
あるような、ないような。今でも仮説の域は出ない。
そうして順当に今日のお勤めも終わる。
程なく鐘がガランガランと鳴り響く。もう登校時間だ。家へ戻り、制服に着替える。登校用のラセリをまた齧りながら、外で待っていたサクラと向かう。
「なかなか強い雨ですなー」
「まあ恵の雨だ。人間が不便なくらい、我慢しないといけないだろ」
「ふーま君は傘差さないといけないから大変だねー」
「差すことでお腹ぺこぺこになるぐらいだったら差すわ」
昨日から降り続けている雨は、通学路をぬかるみに変える。木の骨に防水加工の紙で整えられた、とても原始的な雨具、傘。その重さ以上に、フーマの足取りは重い。
サクラは華美な装束を濡らすのを気にすることもなく、跳ねる水と戯れる。泥に汚れるなどなんのその。童謡の一節のような光景だった。
道行く度に村人に挨拶をしては、雨なんて吹っ飛ばすような陽気な笑顔を振り撒いていく。老人たちも釣られて笑顔になる。
そんな光景を見ていると、なかなか不公平だよな、などとフーマは思う。
男は雨を防ぐには傘を差すしかないのに、女は身体に撥水をかけたり、雨から逃れた後に風や炎で乾かしたり、様々な魔によって自分好みに対処できる。それなら雨も、空が見せる変わった表情としての一面にしかならなくなる。笑顔だけじゃ寂しい。
「最近また新しい子たち見つけてさー。ナゴョミってほんと、他のとこにいない子多いよねー」
「植生がセゴナの他の地域と比べても全く違うからな。……土壌のせいか定番のものがどれも育たなすぎるおかげで、農家含むいろんな人が骨折ってるわけだけど……」
「ふつくつさんとこのアピオ、酷かったもんねー」
「あれなー。一昨日、対策会に俺も参加させてもらった。見事に駄目になってたからなあ」
「なんとか頑張ってもらったけどねー。昨日は大変だったよー」
「……ん? もしかして」
そういえば昨日は、登校こそしていたが、昼休みを終えてから姿を見ていなかった。ままあることなので、特に気にもしていなかったのだが。
「うんー。すっごくお話聞くのに時間かかったけどねー。やりましたよー」
さらっと言ってのけるが……やはりというか、サクラの力は底知れない。
「すごいなサクラは」
「えっへんへんー!」
胸を大袈裟に逸らすサクラ。その仕草は日に日に圧力を増していく。
「…………」
いや成長期すぎないか。フーマは訝しむ。
ここ数ヶ月、もともと将来有望だったというのに。その装束からでも分かるほどとは。
「よしよし。ご褒美に蜜をやろう」
「わーい。もうお腹空いてたんだよねー」
フーマから受け取った木筒を、中が雨に濡れぬようにと小さな花びらの球で守りながら飲み干す。どうせならこのままよく成長してくれよ、と少し邪な気持ちは雨に流れてほしかった。




