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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
みんなと。

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20/54

2-9

「あ、しゃに君だ。やっほー!」


 ふと後ろへ振り向いたサクラは、遠く、豆粒よりも小さな人影らしき何かへ向かって叫んだ。雨で視界が悪いこともあり、フーマの視力では一切見えていない。しばらく待つとまずは、身体をすっぽりと覆う大きな傘が。次第にその制服に民族装飾を取り付けた独特な着こなしをする偉丈夫が見えてくる。


「しゃに君おっはー」


「おっす」


「おはよう」


 簡素な挨拶をして三人は学校へ向かって歩き出す。


 サクラと取り留めのない話をしながら道を行く。


「…………」


 シャニは全然喋らなかった。別に機嫌が悪いとか、サクラと話したくないとか、そういった理由ではなく、ただ単純に、元来無口なのだ。男同士でふざけあっている時が性格の崩壊を起こしているだけである。リィンの方がまだ普段から饒舌。


 まあ涼しげな顔立ちの偉丈夫だから、黙っているだけでも絵になる。それに言葉こそ出さないが、困った人を見たらすぐに手を差し出す優しさも持つので、何考えているか分からない、などと嫌う村人はいない。


 そうして学校へ到着する。


「おはよーございまーす」


「はぁいおはよぉございまぁす」


 校門近くまでくると、弦楽器の演奏がお出迎えしてくれる。気品のある音色は、雨の陰鬱な気分ををどうにも豊かにしてくれる。それと対照的なナージの人懐っこい挨拶はご愛嬌といったところか。


 初等部の子も物怖じなどせず元気にナージへ挨拶していく。そのうちで男子は、校舎まで音で形取った道に入っていく。入った男子たちは、髪が逆立ったかと思うと、傘や服といった、雨に濡れた部分がみるみるうちに乾いていく。【なーちゃんの雨下天晴シンフォニー】だった。


「おはようナージ」


「なーちゃんおっはー」


「おはよう


「あ、サクちゃんフーくんシャニさんおはよぉ」


 こちらを認めたナージはぱっちりした瞳を輝かせながら挨拶を返した。たとえ気分が憂鬱だったとしても、こんな笑顔を見せられては心から元気が飛び出してしまう。さすがは初等部男子のアイドルである。そのせいで迂闊に仲良いところを見せると男子共の視線が痛い痛い。


 フーマとシャニも演奏によって創られた道へ入る。水滴が飛ばされていく感覚。……足元の跳ねていた泥が乾燥してパリパリになっていく感触はそれなりに不快だった。


 そのまま下駄箱から上履きに履き替え、教室へ向かう。二階の初等部からは始業前の一時の喧騒が聞こえてくる。元気でいいな、などと思いつつ、三階まで上がって、ホームたる中等部教室へ入る。


「はー……」


「どうした。そんな肺ごと吐き出すみたいなため息」


 フーマは自分の椅子に座りながら、隣の席で机に頭の全てを埋めているマイカに、一応声をかけた。


「腰痛い……」


「なんでまた」


「チャリエお婆ちゃんとこの畑手伝ったからだしっ」


 なんというか、これこそが『人がいい』というのだろう。近所のばあさんのお手伝いをする田舎ギャル。いい子の要素しかなかった。


「それこそシャニにやって貰うんじゃ駄目だったか?」


「温度操作しながら一定の深さに均等に耕すなんて男にゃ無理無理」


「うん。そんなの無理無理」


 適正な生育方を男の技で導き、実際の作業を女の魔が行う。男女平等だからこそ協力可能なセゴナの農業。その結果が、常人一人じゃ不可能な農耕様式の完成である。これを男でも行えるようにするのが技の発展に繋がるわけだが、まだ男たちはその場所へ辿り着けていない。


「治癒魔は使わないのか?」


「使ったうえでこれだしっ」


「……効かないほどだなんて。どんぐらいやってたんだよ」


「昨日の放課後からさっきまで」 


「おー。お元気なこと」


 それ以外に言葉がなかった。雨下の中、半日は動き続けたのか。驚異的な体力だ。回復の魔を上手く使えば休みなど男からしたら驚くほど減らせるらしいが。このナゴョミで魔を多用する人間は珍しいから、マイカは特殊だ。


「お疲れ様」


「……? なにこれ」


 フーマは包みを一つ、取り出す。マイカが中を開くと、中からそれぞれ白、紅、緑色をした、小さな丸い物が現れる。触れてみると、ぐにぃ、と固めた泡かのような、固体ではあるのに不思議な弾力で指を押し返す。


「『薄紅立葵(ウスベニタチアオイ)』からできたお菓子でね、でね、」


「長くなるだろうから読点一回目までは聞いてあげる」


「薄紅立葵の根を洗い泥や汚れを綺麗によく洗って薄切りにして水と鍋に入れてちょっと煮て粘ついてきたら煮汁だけを濾過して蜜を加えて白くなるまで泡立てたら皿に澱粉を敷いて一口の大きさに丸めてまぶして冷やしたやつ」


「よく出来ました。結局聞くつもりはなかったけど」


 説明はともかくとして、見栄えはとてもいいそれは、周囲の見物人の目にも物珍しさがあった様子。座ってピーチクおしゃべりをしていたナージサクラの二人組も、リィンとはまた違った方向に読書に耽っているシャニも、気づいたらフーマの席を囲っていた。


「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、きちんと人数分のを用意して――」


「いただっきまーす!」


「まぁす!」


「うまい」


「よく作るねこんなの。……可愛いのにおいしいしっ」


 フーマが作ったものなのに、みんなフーマの言葉を無視して菓子を食べ始める。生徒自治会長は偉いというのに、どういう了見だろう、と憤るフーマを尻目に、みんなは満足そうだ。


「ファアラ婆さんが薄紅立葵を調査依頼で持ってきてくれてさ。作り方は知ってたから成分似たようなのでやってみたら、むしろこっちのが綺麗なの完成したんだ。着色もなんかうまいこと決まった」


「ふうん。たしかに凄く可愛いしっ。男が作ったってのが解せないけど」


「菓子なんて奴隷の男が作って女に献上するのが歴史的な流れだろうが。可愛くて繊細な菓子ほど男が作ってるもんだよ」


 もっとも、前世の知識に該当するお菓子があったため、考案者とは一切名乗るつもりはなかった。そこまで厚顔無恥になれない。その名も『マシュマロ』。


 そんなふうにやいのやいのと授業前の僅かな時間を満喫していると、がらら、と扉を開けて誰かが入ってくる。


「全員集まってるな。よし、出席を終わる」


 五人の顔を一瞥だけし、それだけを言い残して去っていった。


「全員っつうか、全員はいねえんだけどな……」


 まだ都心に出てるチカキもそうだし、登校した時点で既に古書室に籠っているリィンもそうだ。逆にいてはおかしい人間も居るというのに。


「ま、歴史学の時以外はこれが楽だしっ?」


 あの校長兼担任は週に一度だけ、セゴナ史の授業を午前中の全てを使って行う。逆を言えば、それ以外に受け持った授業はない。今日はその日でなかった。


 他の曜日は、セゴナ共通の教科書を使い、自分たちで作成した時間割に沿って自習、教え合いをすることと決めている。学校……というより、その集団によってこの辺の方針はだいぶ変わってくる。


 さて。記念祭の準備はもちろん必要だが、学生には学生の義務というものがある。試験だ。


 学期末の最後に大きな試験はあるが、それ以外にも単元ごとの小さな試験がある。これらを合格していかないと次の試験を受ける資格を得られない。明日は『国語』の小試験が待っているので、今日の一限目の国語は、その対策に費やす。


「じゃあ今回の試験範囲、軽くおさらいするしっ」


 壇上に立ったマイカが、各々に一枚の紙を渡す。そこには、教科書から抜粋した、試験範囲の概要が纏められていた。


「みんな国語苦手だからこうやってまとめてみたけど……大丈夫? これで分かる?」


「うん! マイちゃんのすごぉく分かりやすい!」


 要点が大項目はざっくりと、それに連なる小項目はこと細かに記載されている。今回の範囲が分かりやすく纏まっていた。


 各々が自習するだけだと味気ないし、単独行動を望むほど仲が悪いわけでもない。得意教科ごとにリーダーを決めて、その人物が教師係を受け持つことにしていた。マイカは国語担当。


「一番きついのはやっぱ文法だと思うし、そこは重点的にやったよ。色々語呂合わせとかも引っ張ってきた」


 セゴナ語は文法的な法則がかなり人為的に整理された言語である。例外事項といったものがほとんど存在しない。反面、少しでも迂闊な使い方をすると間違いになってしまう。日常会話はかなり緩くても許される……どころか崩すのを推奨するぐらいだが、後年に残すことを目的とした『文語』は厳密さを要求される。初等部は日常程度の内容しかやらないが、中等部に上がった瞬間に難易度が跳ね上がる。


「フーミンは? これで分かる?」


「ふむ。まあ、なかなかいいんじゃないか?」


「成績一番下なのによくそんな態度とれるね?」


「…………」


 時に事実は人を深く傷つける。


 ……フーマは体質的に、セゴナ語を日本語に勝手に翻訳してしまうので、厳格な使用方法だと脳みそが混乱してしまう。なので成績は芳しくなかった。


「くそう……喋るのがそんなに偉いかよ……」


「それでよく学術書なんて出してるよね?」


「そこはほら、代行業とか頼めるところはあるし」


「……引くわぁ……」


 過去にセゴナ語が不十分なことが原因で挫折したとある出来事もあったから、立ち向かうためにも勉強しようとは思っている。思ってはいるが、気持ちだけで学習できるなら学校なんていらない。


「しょうがないよ。フーくんは他のとこで頑張ってるんだからぁ」


「ナージ……」


「年下の、セゴナ人じゃない女の子に慰められるってどんな気持ち?」


「…………」


 特別理由はないだろうが、マイカがやけに冷たかった。


 それこそ前世であれば、月に一度のものか? などと下世話な思考になっただろうが、生憎こちらでは、女は月の満ち欠けに左右される身体の仕組みは存在しない。単純に冷たいだけだ。日頃の行いだろうか。


「セゴナ語ってさー、そんなにむつかしーかなー」


「…………」


 ぼんやりといっただけのサクラに、更に追い討ちをかけられる。この中で成績一位保持者。生徒じゃないくせに。


 ポン、と背中に手を置かれた。シャニの大きな手のひら。国語成績下位同士かつ男同士ということもあり、わかりあう何かがあった。


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