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「――初めまして。僕はフーマ・ミシナムと申します。本日はナゴョミ生徒自治会長として訪問させて頂きました。そしてこちらが……」
「…………」
肩に力が入りすぎているマイカを、無言で二の腕をあたりを軽く指で突く。ビクン! と見てわかるほどに震えた。
「は、初めまして、マイカ・ヒスイカと、いいます!」
「はは。初々しい。妻の若い頃のようです。かつて虹霓として共に駆け回った青き日々を思い出します」
そう言う村長こそ、フーマにはなかなか精悍で紳士な若者に見えた。見える、ではなく、実際に若いのだったか。三十代だったかと記憶している。とても柔らかい物腰。自然な態度は、一朝一夕で身につくものではない。
ただ……奥にある、人を値定めるような、どこまでも深淵な冷たさ。
「本日はご足労ありがとうございます」
「こちらこそお時間頂き、大変恐縮に思います。ナゴョミを先導する統率者、会えて光栄です」
「いえいえ。村長の立場を頂戴したというのに、村の若者……ましてや、虹霓と全然顔を合わせられていなくて申し訳ない。せっかく、このナゴョミ校を選んで学生をしてくれているというのに。村に戻ってきたのも実に二ヶ月ぶりでして」
「お気になさらず。村長だからとて村に籠ってばかりいられないのは承知しています。都心に出て啓蒙する人間も必要です。それが大切と分かっているからこそナゴョミの村民は貴方を村長に推したんですから」
「そう言ってくれると助かります」
陶器の茶器に非発酵茶……緑茶が注がれる。村長のお気に入りというそれは、このナゴョミの地で村長の一家が手ずから栽培し、製造したもの。
「お茶というのは、どのような『栄養素』が含まれているのですか?」
ニコっとしながら村長は言った。フーマがどのような研究をしているのかも当然知っている。
「そうですね、カテキン、アスコルビン酸、カフェインなんかが多い。そしてアミノ酸としてテアニン――まあそれらも十分にありますが、なにより、」
「?」
「ティータイムを楽しく過ごせる栄養素が一番ですかね」
「…………。……ふふっ、それはたしかに、大切です」
一本取られた、のような少し戯けた表情をする。隣にいるマイカは、何が面白いんだろう、といった疑問符が浮かんでいた。
「僕の研究に喜んでくれたところで――こちらの『おはなし』を始めさせたいと思います」
そうしてフーマは用意しておいた資料を広げる。
――もうじき、ナゴョミ校は創立記念祭の日がやってくる。
セゴナにおける創立記念祭は一般的には、その学校が設立された記念すべき日に、その年に在籍している学生が、これまで自分が学習してきたことを披露する場である。……言ってみれば、文化祭的な催しだ。
その場に、各界の著名人を呼んで、見聞を集めてみては如何だろうか。
もしかしたら世の中にはナゴョミに花を簡単に咲かせられる人材がいるかもしれない。だがナゴョミは知名度がまるでない。誰も成し得ないのは、単純に対応する人間がいないからではないか。
そのためにはまず、知名度を増やし、関心を向けさせる。その中に存在するかもしれぬ、相応の能力を持った逸材が発見できるのではなかろうか。
その方法として、『祈年祭』をどうにか使えないだろうか。
――それが、チカキが手紙で寄越した提案だった。
それに感銘を受けたフーマは、これを基にして、ある計画を出した。
ナゴョミ校は小さな規模の学校だ。そんな学校が文化祭だからと気合を入れた催しを行ったところで、大したスケールの祭にならない。
なのでそのチンケさを誤魔化すべく、特定の日に定まっているわけではなかった村の『祈年祭』(今年の豊穣を願う祭)も同時開催とする。この村は特徴だけなら多すぎるくらいだし、また集まっている村人の大半は各所から流れてきた変わり者たち。これまでの祈年祭も、身内向けなのにかなり見所だらけであった。
村全体をあげての祭ともなれば、それなりには盛大なものとなる。それを外部に向けても解放することで、一種の村の広報とする。
この調整は、立案者であるフーマ主導で行っていた。
まず学校の催しとしては、主軸の文芸発表。これはフーマ、リィン、チカキが担当する。
注目を浴び始めた気鋭の栄養士フーマに、独自の哲学論で密かに評価を受けているリィン、新規に数学の定理を証明したチカキと、なかなか面白い若者が集まっている。生徒こそ少ないが、学術界においての注目度は意外と高い。
残った人間は、催しや飾り付けなどを主体に行う。こちらは学芸方面。
こうして、まずは学校側が態勢を整えた。
そして祈年祭の方も、大人たちにやりたい旨を話しただけなのに、既に村人はそのつもりで動いてくれていた。
村の大人からしても虹霓に【ナゴョミ】を委ねている以上、動向は気になるものだ。その報告の意味も兼ねて日頃から村人とは交流している。また、娯楽も少ないことも手伝ってくれた。
創立記念祭まで残り二ヶ月。現在のフーマの体感時間としては長く感じたりもするが、そこは前世の経験を活かすタイミングと判断した。二ヶ月。発注や行事食を考えている時にはせいぜい一週間後くらいの感覚で仕事を進めていた。
とりあえずは青写真を作り込み、そこから具体的な案に移行させていく。既に案はできた。
……ただ、まだ確定していないことも多いのに、話だけが先行し過ぎてしまったのだ。
創立記念祭は前々から期日が決まっている行事で、校長に許可を取るのも容易。一方で祈年祭は村長に許諾してもらっていない。折しも村長が村から離れているといった都合もあり、すぐに相談できないという理由はあった。ただ、それにしたってその隙をついて推し進めたと取られても文句はいえない。
なのでこうして、村長が戻ってきた今、詳細な計画と、誠意をきちんと見せる必要があった。
「へえ。面白い試みですね。なにより私が興味を惹かれる。数学を専攻したこともありますから、チカキディーガ君の論文は楽しみです。……いやはや、お噂ではかねがねより聞き及んでおりましたが、なかなか練っておりますね」
「そうおっしゃってもらえて光栄です」
こうして直接説明するのは初めてなのだが、村で発生していた出来事はフーマの知れぬ情報網で把握しているはず。形だけの頷きなのは承知していた。
「僕たちは学生だったからナゴョミの勧誘がきたわけです。ということは、世間の人たちはまだまだ知らない人も多い。そちらの方が『普通』なんです。ですから、文芸発表という体裁の観光のために来訪して頂きます。ナゴョミの名を知ってもらうだけでなく、その人たちと交流して知識を借りる。温故知新の気持ちです。……また、知名度を上げられれば将来的な人材育成の点でも有効ですよね。もっと熱意のある子供が興味を持ち、虹霓になってくれれば。この自然の宝庫のナゴョミは色んな方面で活用できる。単純に観光地として認知されるだけでも大きいわけです」
付け加えるように、フーマは更に別視点からも効果をアピールする。これはシャニが考えてくれたものだった。
「ふうむ。とても思慮深く張り巡らされていますね。――――」
フーマの言葉を聞いて村長は静かに目を閉じる。呼吸すら忘れるほどの集中力。
「――私個人としては、応援します」
ようやく口を切ったら、そんな簡素な返事で戻される。
「と、言うと?」
「現状だとこの案を実現するためには、まずは先立つものが必要です」
来た、とフーマは思った。身もふたもないが、ここを乗り越えるかが重要となってしまう。
「ヒスイカさん、鞄から例のものを――」
事前に打ち合わせていた通り、マイカに取り出してもらう。
「こちらが予算案です」
すかさず出された一覧を見て、村長のこれまた違った冷たさが垣間見えた。
「ナゴョミ校に与えられた資金と、それからこちらが村にかかる諸経費。今年のナゴョミの歳入がこれでしたから――」
細かい数値を一つ一つ説明する。村長から聞かれたことは答えられるだけ答えた。中には突っ込まれて言葉を濁すしかない部分もあったが、ある程度は事前に用意していたこともあり、概ね答えることができた。
それにしたってその指摘の鋭さたるや。やはり洗練された大人相手になると、付け焼き刃な知識が浮き彫りになってしまう。なにせこちらは管理栄養士として給食運営していた経験を入れただけの、素人にほど近い存在。
「それとこちらが委員会の概要です」
人員と時間には限りがある。余裕を持ったプランをしても、どうせ間近になればあれやこれやと齟齬が出て上手くいかないのが行事運営というもの。なので効率よく進めるためにも、フーマは学校内で組織を設立。生徒自治会面子たるフーマ、ナージの二人を筆頭とし、残った中等部の人間はそれぞれのリーダーにし、その下に初等部の子を配置。樹形図状の組織にした。
「なるほど」
説明を終えた時、村長はこれまでの瞳の奥の冷たさは鳴りを潜め、どこか子供が新しい玩具を見つけたような、煌めきを灯した。
「一つ。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんなりと」
すー、と村長は大きく息を吸った。
「――ナゴョミに来る人間は、言ってみれば食い詰め者です。俗世でたち立ち行かなかった半端者が、せめて自分はミナヤ様の役に立てるんだと、精神的な一攫千金を目指して集まっています。虹霓としてその代で成せなかった者は、いつか帰ってくるにしろ、村を去っていきます。年寄りばかり村に残るのはそのためですが、まだ若い貴方達は、もっと別の利益が取れるはずです。ましてやミシナムさん、あなたは『栄養士』としてそちらの界隈では十分に活躍していらっしゃる。なのに敢えて、分野の全く異なる、神木の世話をするその意味はなんでしょうか」
それを聞いたフーマは、あまりに身に覚えのある言葉に眉を顰める。その明確な答えは、フーマだってずっと探しているのだ。
「……それはっ、」
口を開いたのはフーマではなく、マイカだった。見ればマイカも似たような表情をしている。
似た物同士。そんなありふれた言葉がフーマの脳裏に過ぎった。
言いたくて発言したのではなく、つい昂って出だしだけが飛んできてしまっただけのようで、以降の言葉をマイカは出さなかった。だがフーマ自身が、その先があるなら聞いてみたかった。じっとマイカの目を見つめる。フーマと村長、二人の目線の意味を理解したのか、マイカは拙く語り始めた。
「それ、は、……やれれば、前を向けるって、思ったんです。力がないなら、ないで、認めるから、せめて、自分ができる、全力ってやつを、出したかった、んです……」
普段はハキハキしているはずのマイカが、とても辿々しく言葉を紡いでいく。最後の方は消え行くような小ささだった。
「――俺も似たようなものです。初等部の頃に嫌な現実を見まして。改めて自分を見つめ直すためにも、力、知恵、どれだけ通用するか知りたくなったんです。それは他の何かでもよかったかもしれません。でも【ナゴョミ】を実際に見て、村に住んで、今の虹霓連中と切磋琢磨して。気がついたら、ここでやり遂げなければいけなくなったんです。もう僕は、引きたくない」
それを聞いた村長は静かに目を閉じる。フウ、と大きく息を吐いた。
「――どうやら、ミシナムさんたちの情熱は本物のようです。だから約束して下さい。この祭を、お互いによりよいものにしましょう、と」
村長は立ち上がり、フーマに握手を求めた。
が、フーマは座ったままだった。
え、え、とどうすればいいのか分からない様子のマイカを尻目に、フーマは切り出す。
「やっぱり、こんな子供の世迷いごとと切り捨てないあたり、村長はとても柔軟なんですね。判断がとても早い」
「良い物は良い。良い物なら取り入れる。それを、逃さないうちに。それだけです。私も若い頃はそうやって大人に助けられたものですから」
「大変勉強になります。――失礼でしたらすみませんが……村長も、どのような想いを持っているか、お聞かせいただけますか」
「――――」
フーマがそう問うと、村長はゆっくり、茶器を持ち上げた。
「なるほど」
たったそれだけでフーマは理解した。
その動作だけで、男として信用した。
「本当に失礼でした。約束します。みんなが笑い、喜ぶ祭にする。それが今の僕の気持ちです」
今一度、フーマは手を差し出す。ガシっと繋がりあう手と手。見た目の細身とは裏腹の、がっちりとした力強く熱い掌。
「ヒスイカさんもお願いします」
「あ、こ、こちらこそ」
座ったままだったマイカが、起き上がりこぼしのように、少しふらつきながら立ち上がる。出されたその手を、こちらもまた握った。




