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「やっときたしっ。呼ぶだけでどんだけ時間かかってんの」
鍋をお玉でガンガン叩いて苛々を隠そうともしないマイカ。苦笑いしているナージが印象的だった。
卓の上には既に料理が並んでいた。大皿に盛られたスゥ・アピオの炒め煮から立ち上る湯気が食堂をほんのりと温める。
「盛り付けるとまた見た目が変わってくるよな」
食堂の席はそれぞれ定位置がある。なのでフーマはチカキが本来座るはずの席を使わせてもらうことにした。
「いやあ。それほどでもないよ」
「自分が言ったフーミンがなんで自分で言うしっ」
ビシンと臀部に電撃が走る。ツッコミ用の、ほどほど刺激の電気の魔。椅子に座りながらだったので、座った体勢のまま思わず飛び上がった。その様子を見て笑うナージ。
「ほら早くバカなことやってないで『食の言祝ぎ』するよっ」
「はーい」
いくらふざけていても、食の言祝ぎはしっかりせねば。前世から『いただきます』の挨拶はしっかりしていた。現在でもセゴナの国教に則り、各々が食への感謝の言葉を述べる。
「それじゃ食べるか」
手始めに主菜から手をつける。
「……うん。なんというか、美味しい」
「そ、そう? 普通でしょ。ヴォルグさんに比べたら」
「まあヴォルグさんは出汁の名手だからな。でもその出汁はちょっと使ってるだろこの味」
「あ、やっぱわかんだ」
「まあな。分析したくて使ったことある」
寮母たるヴォルグは、セゴナでも屈指の出汁の使い手、としか言いようのない能力を持った人物。スゥの骨をベースに、ナゴョミの自生植物で臭みを消す。この味がまた格別で、料理ごとに微調整したその出汁の美味さたるや。
「この出汁さ、あまりに旨味が強すぎてきちんと自分の味にすんのって凄い難しいんだ。俺やっちゃったことある。けどマイカはそこを加減して少量しか使ってないから、ちゃんと素材を引き出すだけに留まって、調味料と組み合わさってマイカの味になってる。うん、誇っていい」
「――ま、まあ……フーミンが食べられるのでよかったよ……」
先程とはまた違った長台詞だったのに、今回は素直に聞き入れたマイカ。その金髪を忙しなく弄っている。
「なんかフーくん来るの知ってたらもっと違う料理もいぃっぱい作ってたみたいに言うねマイちゃん」
「そんなことないしっ」
やけに強く否定された。フーマの隣で少し顔をニヤつかせているシャニ。脇腹に軽い肘打ちをかましておいた。
いつも教室で顔を合わせている面子。なのに、温かな夕餉の雰囲気が生み出しているのか。意外にも雑談は尽きなかった。今日の授業の内容から、初等部相手の臨地教師、帰り道での些細な出来事。どんなことでも楽しい話題となった。
人間は食事を摂らなくてもよくなるよう進化すれば、とても楽になる。栄養士の仕事はなくなるが、食べなくて健康ならそれでいい。そう思ったことは何度もある。だがそうではない以上、こういった人間らしい場の食事というのは切っても切れぬ関係となる。
……たまに自分の目的や夢を見失いそうになる。食に関する知識でできることなど多岐に渡りすぎる。だから迷走する。
こんなふとした日常を過ごすたびに、自分の目指している意義を思い出す。
フーマがやりたいのは……食という方面を通して、こんな笑顔でいられる、平和で健康的な世界にすることなのだ。
そのためにも、今は経験のためにも、目指したい目標もあるのだから――
「ところでシャニ、頼んどいたやつ、進展はどうだ?」
食後のお茶をずずっと啜りながらフーマは聞いてみた。セゴナは発酵茶が主流。芳醇さが鼻へと抜ける。
フーマとシャニは既に寛ぎ状態に入っているが、視界の隅ではナージがばたばたと、一人分の食事を保存している。そして食器を片付け。この中で一番年下だからという理由で雑用を引き受けている。嫌々やっているのではなく、手伝いを跳ね除けてまで自分から楽しそうにやっているのだから、人の世話が好きなのだろう。
「順調だ」
「流石。仕事が早い。おかげでこっちもナージと計画書を進められた。……マイカ、首尾は?」
「はいはい。じーさんばーさん軍団はこっちで説明しといた。ほとんどは賛同してくれてるんじゃないかな」
「うんうん。マイカに頼んどいてよかった。サクラかマイカで悩んだけど……サクラだとお茶出してもらったらそれで長居して一日終わるからな」
「若者方面とか、逆に村長とかはまだなんだけど……」
「それでいい。十分すぎる。村長なんかは暫く不在だったししょうがない。明日には戻ってくるはずだから……大丈夫そうなら訪問して許可取りたいな」
明日以降の予定を算段する。やることもやりたいことも多い。順序つけねば。
もう一口、お茶を含む。渋みの奥にあるほんの少しの清涼感がどこか気持ちいい。
「――しかしまあ、これはこれで誤算だなあ」
「ん、なんで?」
フーマが唸り出すように言ったことに、マイカが反応した。
「いやな。反対意見を聞かぬままに進んでしまってんのがさ。もちろん、まだ村長に話を通してないから、そこで止まる可能性もあるけど」
脳内で計画の順序を組み立て直す。思った以上に早い。電車は定刻通りに運行するから予定を立てられるのであって、早く到着したからと早く出発されたらそれはそれで計画がずれる。
「ここまでとんとん進むと、村のみんなも、もちろんお前らも、俺の勝手に近い、やりたいことをやってくれるのが、なんだか申し訳なさが先行してて」
「なに? 裏に秘めた隠された野望でもあんの?」
「いや、ないけど。そこまで器用なことができる性格なら、そもそもここに進学してない」
「ならいいんじゃないの? アタシはなんか面白そうって以上の動機はないしっ」
「オレも似たようなものだ。だから気にするな」
「わたしもだよ! フーくんは虹霓だし生徒自治会長なんだから、よさそうって思ったことはやっていいのでぇす! だめそうだったら、わたしたちも全力でフーくん止めるもん!」
「みんな……」
こんな大したことのない男なのに。嫌なことから逃げてきたような矮小な人間なのに。
それでもついてくれる皆に、ただ感謝しかなかった。




