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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
ナゴョミ

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11/54

1-11

 フーマは無言のまま、歩いて行くサクラの背中を追う。何を話しかければいいのかまるで分からない。いつもなら下らないよしなしごとを語りかけてくるサクラ。今はただ、しっかりした足取りで少し道になっているだけの路地を歩むだけだった。


 暫く進んで、山を登り、木立を掻き開いていくと、そこに到達した。


 辺り一面の花畑。『子供』の頃に見ていたアニメの天国がこのような描写だったか。色とりどり、種類も違うそれらは、しかし、絶佳に咲き誇っていることだけは共通していた。


 そして、奥に鎮座するは――……今や、ただの大きな枯れ木。


「……あれ?」


 サクラは何か異変に気がついたようで、なんの飾りっ気もない素の声を発した。この異変はフーマでもすぐ知覚できるものだった。


 枯れ木の根本に二つの影。


 聞いているだけで心が落ち着く弦楽器の音色と、仄かな暖かさを持った光。


 視覚と聴覚、二つの情報が訴える。


「ナージとマイカか?」


「来てたんだねー」


 そう言ったサクラの声は、不可思議なことにいつも通りのものをしていた。



 花々を怪我させぬよう、サクラに浮遊の魔をかけてもらい、滑るようにして『ナゴョミ』の元へ移動する。


「サッキー、……っとついでにフーミーン」


 いつから気づいていたのか、マイカがこちらを手を振って呼びかけてきた。演奏中のナージはこちらと、どこかあちらの辺りを一瞥し、それぞれ微笑んだものの、演奏は止めなかった。


「まいかちゃんもきてたんだねー」


「けっこーきてるしっ。サッキーもけっこーきてるの知ってるけど、フーミンってあんまきてなくない?」


「まあ、な」


 なまじ気持ちは同じ方を向いているのはマイカも分かっている。言い淀むフーマに、マイカはそれ以上の追求をするわけではなく、非難するわけでもなかった。


 ナージの演奏は終局を迎える。ぺこり、枯れ木へ向かって頭を下げる。


「んー……なーちゃんの新曲聞いてもなんも反応してくんないなー」


「そうなんだぁ……うぅん……どんな曲が好きなんだろ」


 腕を組んでるウンウン唸るナージ。


「マイカの方も、そういう目的だったんだな、それ」


「そうやって決めつけるの、よくないしっ」


 先程教室で見た、照明玉。枯れ木の頭上で発していた。


「フーミンが、光が関係してるかもしれないってゆうから」


「あー……言ったっけか。うん、言ったな」


「なに? 嘘言ったの?」


「嘘ついたつもりはないって。光が発芽や発育の条件に影響する植物もある。初等部でもやってるだろ」


「そんなの、女は協奏魔の授業で忙しいから覚えてないし」


「いやいや、共同授業の範囲で。絶対やってるって」


 やいのやいの、二人は言い争う。


「やーやーお二人さんー。ここは光じゃないっぽいってことで一つー」


「……強引にまとめたねサッキー」


「まあ光と一口に言っても、人間の可視光線の範囲やら紫外線やら、植物に関わり合う光なんてまだまだあるから、どうせならそっちの条件の方で試して欲しいかもな。この中でやれるの、マイカしかいないし」


「……検討しときますっ」


 どこか複雑そうな表情ながらも不承不承に返事をするマイカ。



(――――)


 その時、フーマは何かに気がついた。


 確証はない。全ては勘だ。男の勘などといっても神秘性の欠片もないが、訴えてくるのだから仕方がない。


 フーマは再び、ゆっくりと花畑に足を踏み入れる。時間にして三十秒、ガサガサっと目の前の一角が不自然に揺れた。


「―――っ!」


 その影の……首根っこを捕まえる。声ならざる、甲高い響。


「ちょ、は、離しなさいよ、かかる無礼許すまじ!」


「……なんでちょっと離れたところにいたんだよ」


「そ、れは、…………、あなたたちに見つかると面倒だからよ」


「率直で結構」


 見る者の視界を歪ませる魔を使った上で、花々に埋もれるようにその場に伏せるという、念の入った隠れかたをしていたリィンだった。


 ただ迂闊なことに、魔同士を干渉させるタイプの妨害の魔だったようだ。そちらのが仕組みが単純で、燃費がいいのだ。女相手の対策しかしていなかった。他の三人は欺けていたのかもしれないが、男のフーマにその手の誤魔化しは効かない。……もっとも、リィンの力ではどちらにしろバレるだろうが。


「聞きたいことというか、突っ込みたいところがたくさんあるが、」


「いやよ」


「そうかそうか。なら皆の所に連れてっても問題あるまい」


「いーやーよー……」


 古書室っ子は伊達じゃない。腕力はもちろんのこと、魔もまるで力不足。頬にぺちぺち何かが当たるが、それだけでしかない。首根っこを掴んだまま、皆が待つ木の根本へ連行していく。


「りぃんちゃんやっほー。こんなとこで会うなんて奇遇ですなー」


「ひ」


 サクラが呑気に話しかけると、リィンは小さく呻いた。続いてぴんと背中に定規の入った堂の入った立ち振る舞いをしたかと思うと、不敵に背中を向けて言葉を紡ぎ始めた。


「ふっふっふ。ばれてしまっては仕方がないわ。まあ気がついたのは不良栄養士だけだったようね。今回は汝たちの不肖を恥じることね」


「……うーわー。なんかすっごいかっこつけてるしっ。言っとくけど、バレバレだったかんね?」


「で、でもでもぉ、リィお姉ちゃんも心配して見に来てくれてたんでしょ?」


「お黙りなさい田舎金髪に金管娘よ違うと言っているでしょう吾はただ静かに書の世界へ篭りたいだけでも論文として咲かさないといけないけど汝たちが情けないといつまで経っても成功しないのだからその成長具合を確かめたかっただけよ、っ、ぜい、ぜい……」


 蚊の鳴くような肺活量しかないくせにとても早口に言ったリィンは見事に咳き込んだ。そのあまりの必死さに、一同は思わずそれぞれの反応を返した。


「つまりさー、りぃんちゃんも、みんなと同じ想いなのでーす!」


「…………。…………。……それでいいわもう」


 サクラの強引なまとめに、リィンは一発で抵抗を諦めた。「もー土だらけー。なんで隠れてたのー?」と、花畑に匍匐していたせいで制服の前面についた土を、サクラがぱっぱぱっぱ払っている時も、無抵抗を貫いていた。何故か昔飼っていたペットを思い出した。


「リィンは何か見つけたのか?」


「なんのことよ。吾はただ、汝たちを試しに……」


「いやまあその設定は置いといて」


「……別に。ただ、気分転換に来ただけよ」


 リィンがぼそりとそう言った。それを聞き漏らしていなかったマイカは、これまた複雑な表情をした。一方のフーマは少しニヤける面を我慢していた。……おかしなことだが、今のマイカとフーマは、反応がまるで違うのに、ほぼ同じ感情を持っていた。


 日も落ちる夕暮れ時。決して楽じゃない往路。ただでさえ運動不足な身体。人より下手で判断がおかしい魔の使い方。気分転換にふらりと寄れる場所ではない。それらを総合すると。


 二人とも、言葉でもない、魔といったものを利用するでもない、人間同士だからこそできる共感の力に、ひどく揺れ動かされていた。口には決して出さないが。


 ――さて。


 自分達の繋がりを生んだきっかけとなる、一つの原点。ここにいる五人が、心を纏める糸束。


「なにやっても起こせないねーこの子ー」


「サクちゃんでもダメなんだよねぇ。ふしぎぃ」


「こーんな頑固な子、初めて見たよー」


「いかにもな特攻来たこれって思ったのに、そう簡単じゃないの、なんか納得いかないしっ」


 一同は枯れ木を見上げる。ややもすれば首も痛めかねないほどの高さたるや。


 神木【ナゴョミ】。


 ナゴョミ村の名前の由来たる木。


 しかしこの神秘性のある場所にふさわしい神木は、人々によって再発見された当時、既に枯れていた。なのに朽ちるでもなく、次代へ繋ぐ息吹を感じさせるでもなく、ただ幽静とそこに在るだけ。それこそがむしろ、見る者を呑み込む剣幕となる。


 しかし、セゴナの神、ミナヤ・クロックはかつてこう言った。「この子はただ眠っているだけ。今一度目覚め咲き誇ることをこの土地は願っておる。そなたらにはやや子が自然に目を覚ませるようにゆっくりとその成長を見守りつつ育てて欲しい」と。


 その言葉をきっかけに、それまで未開の土地だったここいらを開墾し、ようやく人が自然と共生しつつ安定して住める土地にすることができて、まだ百年と経っていない。そして開墾に携わった多くの人間は、ミナヤの願いを叶えようと、さまざまな手段を用いて【ナゴョミ】を目覚めさせようとした。成功に結びついたかどうかは、【ナゴョミ】を見ればそれだけで語る必要はなくなるだろう。


 ……ミナヤ・クロックはこうも言った。「もし咲かないのならそれはこの子がそうあろうとしたからだ。およそ二百年の後。自然に寿命を迎える。ただその結末を見届けたとてそなたらは暗然とすることはない。そこに至る長い道は決して無駄にはならぬ。だから妾が子らよ。失敗を恐れるな」とも。


 そうして、【ナゴョミ】を咲かせるための村が出来上がった。


 最初こそ、各々が思った方法で咲かせられるよう工夫した。魔も技も、思いつくものは使った。しかし【ナゴョミ】は咲くどころか、逆に朽ちていく様子もない。完全に不朽なる姿を留めたままだった。躍起になった村人がそれぞれの方針を違えて衝突したこともある。


 船頭を多くして船山を登るから諍いは起きてしまうのだ。幾許の時が流れたのち、その反省から、ある取り決めが自然と固まっていた。


 挑戦するのは常に最小限。ナゴョミ村の中等部に所属する数くらいでちょうどいい。どうせ大人たちも若い頃は散々挑戦して駄目だった。知識は継承しつつ、新たな切り口を発見してもらいたい。それは若者の方が好ましい。大人たちは子供が挑戦できる環境づくりに専念させる。


 新しい時代は若者に任せよう。大人たちは見守ろう。


 こうして、ナゴョミ中等部に所属する生徒こと、通称『虹霓(こうげい)』は、【ナゴョミ】を咲かせる使命を帯びたのであった。


「なあサクラ」


「なにー?」


「これまで言ったことなかったけど、折角だから言おうと思った。――虹霓、入らないか」


 フーマの突然の言葉に、言われた本人よりも、ナージとマイカの方が驚いていた。


「ってかフーミン、誘ったことなかったんだ」


「束縛することになるからな。出れる時に出れた方が動きやすいだろって思ってた。……ただまあ、サクラはもう、立派に身内だしな。一回も誘わないのも、少し薄情な気もして」


「いいねぇいいねぇ! サクちゃん入ってくれると嬉しいよぉ!」


 フーマの勝手な行動にも好意的な二人。リィンだけがその細い首を取れそうな勢いで横に振っているが、常日頃から反論があれば口に出せ、と当の本人が言っているので、無視した。


「こうげい、かー。セゴナ語でどんな意味だっけー」


「簡単に言えば、虹を重苦しい表現した単語だ」


「虹かー。ふぬー。……セゴナって、虹は色いくつー?」


「七色と捉えている」


「七かー」


 サクラは指折り数える。


「なってもいいよー」


「本当か」


「別に虹霓だからって私のやること変わりはないでしょー? ならその方が楽しいかなってー」


「ありがとう。それじゃ、サクラも虹霓だ」


 ここに集まった四人。現在、所用でナゴョミを離れている男二人を入れて六人。そこにサクラも入れた七人。


 ああ、とフーマは、サクラが気にした理由がわかった気がした。


 この七人が、今の世代の虹霓であり、ナゴョミ村の期待を背負っている集団なのである。


 七人が七人とも、この中等部に入るまで、全く別の土地にてそれぞれの人生を過ごしてきた。それがなんの因果か。『自分こそ、【ナゴョミ】を咲かす。もしくは、その手助けをする。そしてナゴョミ村の発展に寄与する』という、大きな共通の目的を持って、この長い地球の歴史のただ一点、ここに集まったのだ。


 たとえこの世代で成功しなくとも。その志を、次へと継ぐ者の一員として。


 ――それらとは別に。フーマだけは、ある奇妙な運命を感じていた。


 神木【ナゴョミ】。これを初めて目にした時のフーマの感想。


 桜みたいな樹だな。


 神木などというものだから、どれだけ神々しいのかと心して見てみれば、確かにそれがある環境はとても神秘的であったが、肝心の樹そのものは、まるで桜そのものだった。


 記憶の片隅に今でも引っかかっている、ある夏の日。友達と遊んでいたあの頃。ふと、桜の木の根本に、蝉が羽化を始めていた。遊びを続けながらも、逐次気になっては様子を見ていた。焼けるコンクリートの熱気と、むせ返る打ち水の匂い。日が落ちる寸前に、その蝉は羽化を終えた。あの記憶通りの樹皮。


 ……それだけなら、ただ似たような樹があるだけ、で終わる話だ。


 だがそれも……三ヶ月ほど前に、突如ナゴョミへやってきたこの少女によって、疑念が疑惑へと膨らんだ。


『サクラ-桜-390』


 サクラの本名。


 それを聞いた時、フーマは奇妙な予感に襲われた。


 セゴナ語でサクラと読む文字。『漢字』で桜。数字で390。そんな組み合わせの名前。


 この世界に日本はない。漢字というものはないし、似たような文字を持つ文化もない。本人ですらどういう意味なのか分かっていないものが、桜という概念なのだ。


 おそらくは、フーマしか認知できないであろうその違和感。


 ――いや、もしかしたら。


 神たるミナヤ・クロック。


 楓馬という男がフーマという人物に宿ったように。


 存在しない花の名前をつけられたサクラと、ただ唯一の存在しかない桜。


 この二つが無関係であると言い切れない以上、何か運命的な何かがあると感じざるをえない。


 もしかしたらミナヤ・クロックは分かった上で、全てを動かしているのかもしれない。


 どうにかして解き明かしたい。十歳の、記憶を戻したいと願ったあの時と同じように、強き想いに焦がされるフーマだった……。


・・・

・・

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