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やり直しの食卓 〜かの地に生きた営養で、この地に栄養を〜  作者: 日下部時弥
みんなと。

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2-1

 そんな、いつもながらも、改めて決意表明することになった一日を過ごしたとしても、フーマの行動はさほど変わるものではなかった。


「はあ……」


 ため息を吐こうが今日も今日とて研究は続ける。


 ラヴァワという、ナゴョミでは割と多く自生している穀物から抽出した脂質の一種。ようやく純粋なものを精製できた。試薬と混合してガスクロマトグラフにかけ、詳細な脂肪酸組成を弾き出したい気持ちはあった。が、試薬なんてないし、そもそも試薬の製作方法なんてソラで覚えているわけがない。


 結果。新しい油を精製できました。終わり。


 ……いやまあ、これ自体は十分すぎるほどの業績なのだが。


 揚げ油に利用できる。大豆油にほど近い性質があり、使いやすくてカラっと揚がる。大量生産が効き、純度の高い精製方も編み出した。流通に乗せれば、このナゴョミにとってはよい産業の一つとなってくれるだろう。


「そういうことじゃないんだよなぁ……」


 フーマは栄養士であって、食品精製の専門家ではない。食によって人々を健康に導く、という方向性は見失いたくない。現状だと少しずれている。側から見たら似たようなものだという認識をするだろうが、少なくともフーマの中では違うのだ。


「折角だし揚げるか……」


 集中していたため、今の時刻は見当もつかない。時計がないから体内時計が頼りだ。腹具合から察するに、夕餉時というには少々過ぎた時間か。


 村の外れにある、家賃がタダ、ただし管理修繕は全て自分の手で、という小さな庵。ここで一人暮らしをしているフーマは、炊事も自分で行う。ただまあ、流石に自分一人の食事だけに栄養価云々を考えるのも面倒なため、用意するのはもっぱら簡素で質素。医者の不養生とは言った物だが、えてしてそんなもの。分かっているからこそ甘くなる。


 今日はせっかく油があることだ。揚げ物にでもしよう。きのこ類に、燻製されたスゥの肉、糖質源に主食にはラヴァワの粥辺りにするか。


 ――そう考えて動き出したところで、入口のドアが強めにガンガンガンと三回ノックされた。


 来客自体はそう珍しいものではない。村人たちは珍しい食材が手に入ると分けてくれたり、食べられるかどうか分からないものの調査を依頼してきたり。フーマはそれらを解明し、生体を明かしていく学者の真似事を生業としていたからだ。人との繋がりがあるために、こうやって村人はフーマを頼ってくれる。


 それそれはそれとして、こんな遅い時間に訪ねてくるのも珍しい。まだ火をかける前でよかった。フーマは来客対応をすることとした。


 扉を開く。すると目の前にいたのは、行燈のぼやけた灯でも日焼けした肌がくっきり浮かぶ、端正な大男。


「よ、遅くに悪いな」


「…………! シャニ! お前帰ってきてたのかよ! 連絡くらいしろよ!」


「ははは。悪い悪い。さっきナゴョミに到着したばかりなんだ。これでも荷物だけ寮に置いてすぐここ来たんだぜ」


「そうかそうか。ごめんな、疲れただろうに。とりあえず飯は食ったか? まだだったら作ってやるよ」


「おお、ありがたい。今日は抜きを覚悟してたんだ」


 フーマがシャニと呼んだ男は、遊牧民の生まれを起源とする、精悍だが涼しげな顔立ちを持つ。だがその印象を裏切る、とても心切げな笑顔を浮かべた。


 シャニと、もう一人いるクラスメイトの男の二人は、フーマにとって親友だった。心から信頼できる。付き合いは一年にも満たないのに、どこか馬が合っているというか。マイカなんかからは『三馬鹿』などと呼ばれたりもするくらいだ。


「奥さんの美味え飯じゃなくてわりいな」


「なんの。男同士のザツな飯もオツなもんだぜ」


「そう言ってくれてありがてえよ」


「土産として、ヨゥイ肉持ってきた。いっぱいな。食うって言ってたよな?」


「マジかよ。めっちゃ嬉しいわ。え、それ全部かよ。食いですごいあるな。なに? なんかこういう料理だと美味えとか、お勧めあるの?」


「煮たり蒸したりが多いが、今ぱっと作るなら焼いてもいい」


「ふうん。そっちのお国の香辛料なんて全然持ってないから再現は全然できねえぜ」


「ああ、しょうがないだろ。岩塩で十分すぎる。それよりは栄養士の力見せてくれよ」


 客人には椅子に座ってもらい、フーマは気合を入れて厨房に立つ。先程まで作ろうと思っていたものの調理も並行して行いながらも、シャニが贈呈用にと持ってきてくれた大量のヨゥイの肉塊を捌いていく。


 ヨゥイ。羊によく似た動物。シャニの国では主要な家畜であり財産でもある大切な生物。


「妹さん、どうだったんだよ」


「あんな鼻ったれだったのに、気づいたらあんな綺麗になってるんだからな。女ってやつは怖さすら感じる」


「〈馬子にも衣装〉……いや、シャニの妹なら、さぞ顔も整ってんだろうな」


「よせよ。……まあ、オレとあいつは、母に似て目元が似てるとはよく言われてたな」


「じゃあ美人確定でいいわ」


 シャニは二週間ほど前から、妹が婚礼の儀を行うがために帰郷していた。久しぶりの故郷なのだし、もっと長く滞在してもよさそうなものだが、新婚なんだからあまり干渉しても、という気持ちで切り上げた、とのこと。


「やっぱフーマは手早いよな」


「なんの。本職に比べたらまだまだよ」


「いやいや。うちの妻に比べたらかなりはええ。爪の垢煎じて飲ませたいくらいだ」


「よせよ。奥さんに聞かれたら刺されかねんの嫌だぜ」


「はっはっはっは!」


 ……ちなみに年齢はフーマと同じ十四歳だが、既に既婚者。子供までいる。十五歳で成人扱いされるセゴナとて、それは流石に早い。文化の違いを見せつけられる。


 そんなやりとりをしながらも、卓の上には皿が次々と並んでいく。


 シャニの帰郷話を肴にしていたら、すっかり盛り上がった。土産のヨゥイ肉も独特の臭みが少なく、とても脂が乗っていて柔らかかった。下手に調味料を加えなくても、塩の単純明快な味付けで十二分に旨い。独特な臭みがむしろ食欲を駆り立てるクセとなる。お茶を飲んで一度口を落ち着かせる。するとまたすぐにあのクセが恋しくなる。次の一口が止まらない。栄養? タンパク質? そんなものはこんな旨いものの前では全て無粋。


 客人用には上質な肉を出すと聞き及んでいる。蒸しや煮が多いのは、焼くと固くなるから。焼いても固くならない時点で、それは上質なのである。フーマを相手に、そのような価値のあるものをわざわざ持ってきてくれたことに感謝しきれない。


「やっぱりセゴナの飯は落ち着くな」


 長旅を労う気持ちだけがたっぷりの、有り合わせで作った即席料理に、シャニも満足してくれたようだ。


「お前、何人だよ」


「セゴナが第二の故郷みたいなもんだ。母国が二つあれば愛しさや嬉しさも二倍になる。そんなもんだ。フーマだって『日本』だっけか? に戻ったら懐かしくなるんじゃないか?」


「どうだろうな。懐かしさはもちろんあるけど、残してきたもんがほとんどないはずだしなあ」


 たった二週間ほどだったが、積もる話はある。その消化に二人は暫し勤しんだ。


   ・


「ところでフーマ。【ナゴョミ】のことなんだけど、進展はあったか?」


 話題も尽きた頃になって、シャニは軽くそう聞いてきた。村ではなく、神木の方だ。


「なんにも。シャニが出立する前とてんで変わらず」


「オレも折角だから何か使えないか故郷で探して見たが、いかんせん。木なんて全然ない、見渡す限り草原の土地だから、爺様たちを頼ろうとも含蓄がなくて」


「それはしょうがないだろ。シャニには別の部分で頼りっぱなしなんだ。頭脳班は俺とチカキに任せてくれ」


「チカか……帰ってきた報告しようと隣室覗いたけど、もう出てったんだな」


「建国祭が終わるまでは撤収しないつもりだろうさ。あいつのミナヤ様推しはすげえよな。阿呆の一念で学生代表をもぎ取ったんだから」


「むう……わかんねえなあの気持ち。オレはニムナ様派だから」


「おっぱいの大きさで?」


「当たり前」


 ダハハハとフーマとシャニは年頃っぽく下品に笑う。そうしながらもフーマは、一通の便箋をシャニに見せた。


「ちょうど今日の夕方、手紙がきたんだ。そのチカキからだ」


「あいつも筆豆だよな。オレと大違いだ」


「それで、さ。チカキ、なかなか面白い提案をしてきたんだよ」


 どれどれ、とシャニはその手紙の内容を読む。


「…………。なるほどなあ。確かに面白い」


「ああ。俺もこのくらい案を出さないといけないんだろうけど」


「いやあ。これはチカだから思いつくやつだろ」


 手紙の差出人、チカキディーガ。件のもう一人のクラスメイトであり、二人にとっても親友。現在は所用あり、首都の学校へ出向している。


「それで、これを見て思いついたことがあるんだ」


「ふうん、どんな」


 そうしてフーマは、思い描いた青地図を、シャニへ披露する。


「――面白いな、うん、いい」


「だろ。まさしくお祭り騒ぎに乱痴気騒ぎ、どいつもこいつも大騒ぎってね」


 フーマの言葉に、とても煌めかした瞳で乗ってくれるシャニ。


「これ、みんなの意見はどうなるんだろうか?」


「意外なこと思いつくねってのがマイカ。理解が今一追いつかなくてうんうん言ってるのがナージ。考えてないのがサクラ。どうせ否定されるから何も言わないのがリィン。ま、そんなとこだろ」


「ははははは。その時のやり取りまで浮かんでくるな」


「チカキには悪いけど、チカキが発端ってとこは隠させてもらうけどな。……あいつの意見ってだけで女性陣の受けがワルいのなんとかなんねえかな」


「悪い。それに関しては女性陣に同意だ。オレが女ならチカキは近寄りたくない」


「ひっでえこと言うなシャニ!…… 俺もだ」


 二人して笑い合う。本人がいないのをいいことに、ひどい言い様だった。


 ひとしきり笑い終わった後、ふぅ、とシャニは冷静な顔を取り戻す。腕組みをし、深い呼気を一つ。


「それで、フーとしては、その計画、真剣に考えてんのか?」


「もちろん」


 間髪入れない、即答だった。


「だってさ、俺たちしかできないんじゃないか、こんなの。面白そうじゃん」


「……そうか。そうだよな。フーなら冗談で済ませないと思ったぜ」


「そう言うシャニはどうだ」


「オレもご相伴に預かるような身、喜んで、楽しんで乗っからせてもらう」


 固い握手を交わす。そのがっちりした手はシャニという男の頼もしさを反映したものだった。


 これで一先ず、男同士だけとはいえ、計画を走らせることになった。


「……ただ、ここまで言ってなんだが、オレはそこまで力になれなさそうだ。男のくせに、誇れる知識なんて持ってない」


「まあそこは得手不得手だろ。体育祭でかなり助けられたの、忘れてないぜ。今回は俺らの番。それだけだろ」


「そういってくれるだけで、すごく助かる」


「別に口だけじゃねえって。お互い様だ」


 フーマは本当に、今回は自分が気張る順番がきた、ぐらいにしか思っていなかった。


「オレにできることはなんでも言ってくれ。雑用なら知っての通り、大抵のことはできる」


「ああ。チカキはあっちで勝手に仕上げてくれるだろうから、シャニは専ら俺の援護に回ってくれ。情報整理と統計出すのをお願いしたい。溜まりに溜まってるんだ」


「分かった。時間は掛かるが確実にこなしてみせるさ。……それで、オレとしてはもう一つ心配事が、な」


 この作戦の肝であり、主軸となるのは三人。フーマとチカキ、それと……。


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