43 クレーター
ルシオは、問題の箇所を見て恐ろしくなった。
今、一人でクレーターを見ている。
ドローンをクレーターの数キロ西側に着陸させ、下見のために転移してきたのだ。
まだ、呪いは掛けて貰っていないため、用心のために離れた場所に転移することにした。
結界を張り、飛行魔法で十メートル上空からクレーターを観察する。
クレーターの端は山のように盛り上がり、赤い水が満々と湛えられ湖のようだ。中心には赤黒く澱んだ部分があった。まるで赤い目玉のようだ。
魔素の流れを見ると、クレーターの隙間から這い出て、放射状に拡散していっている。
比重が重いためか、空中には影響がないようだが、クレーターから魔素を含んだ水が漏れて、細流となって流れ出ている。
充血した目だ。周りを取り囲む細かい血管のように見える。
クレーターの周りには生きものは全くいない。この川は死の川だ。
荒廃した土地が何処までも広がっている。嘗て緑豊かだったはずの面影は少しも残っていない。
中心の赤黒い魔素は直径百メートルくらいで、クレーターの大きさと比べて小さかったが、湧き出した地下水と混じり合い、やや薄まった赤色の水はクレーター一杯に波打っていた。どれくらいの深さなのかはここからでは分からなかった。
――僕にやり遂げることは出来るだろうか?
出来れば、もっと経験豊富な魔導師に代わってもらいたいとも思った。
しかし、これをやり遂げる事が出来る、力有る魔導師はソフィアとルシオ以外いない。
大陸の現状は思ったよりも厳しい。
今対処しなければ穢れはやがては海に流れ出ていくだろう。
ルバレロが、必死になって住民を守り、長い年月を掛けて街を作り続けている姿に頭が下がる思いだった。
農場の塔は、ルバレロが独自に作り出した物だという。
空間魔法を駆使し、人々を守るために編みだしたものなのだ。
彼の師匠が考え出したものでは無かった。
ブルホの神官魔導師に罪を着せられ、酷い扱いを受けた彼になんとか償いたい。
これをやり遂げることが出来れば、穢れの広がりは止る。
すぐには無理だろうが、じっくり時間を掛けて、大陸は千五百年前の状態に戻るはずだ。
「こんな酷い災害がまた起こる可能性はあるのだろうか」
【火の玉が降る事は、稀にある。小さなものは今でも墜ちている。大きな火の玉は数千万年に一度程度で墜ちているのだ。その度に大きな被害はある。ただ、一千五百年前に火の玉が墜ちた場所が悪かったのだ】
魔導師達が聖なる場所としていた湖は、元々魔素がしみ出す場所だ。
ブルホの魔水晶の森と似ている。
隕石が開けた穴を塞ぐことは出来るだろう。土魔法で塞げば良い。
だが、その後は? 既にあふれ出た魔素を何とかしなければ、大陸の状態の改善にはとてつもなく長い年月が掛かってしまう。
ソフィアがルシオの異空間に来た。クリステルも一緒だ。
「やっと後を継いで貰える鬼人が仕事を覚えることが出来たわ」
どうやら鬼人に店を任せることにしたようだ。
生活が苦しかった鬼人に、商売の仕方を教えていたため時間が掛かったのだという。
現状を説明し、現場を見て貰う。
「クレーター……と言うのですか、これは? 大きな火の玉が墜ちた後……」
「この地中深くに隕石がめり込んでいるはずだ。そこから魔素が染み出てきている。穴を塞が無ければダメだ」
「ルシオ、穴を塞ぐだけで良いのかい? この穢れた魔素は……このままで良いはずはない。第一湖の中に入って地中深く潜るなど不可能だ」
「それが問題なんだ」
本来なら、長い時間を掛けてゆっくり浄化された魔素が地下水と共に湧き出て澄んでいたはずの湖は、中心の赤黒さ以外は血のような色に染まっている。
まるで、何時までも塞がらない傷口のようだった。
「私も手伝います。私にも呪いを掛けて貰いたい」
クリステルは、自分は土魔法が得意だから、是非手伝わせて欲しいという。
ソフィアもやると言った。彼女も土魔法は得意だ。
「呪いさえ掛けてもらえれば楽勝よ。だって死なないんですもの。終わったらルシオに解いて貰えるし……大した仕事ではないわ。ただ、既に浸み出てしまった水が邪魔ね。これでは地下の穴を塞ぐことは難しいのではなくて?」
「先にルバレロの所へ行って術を掛けて貰ってからだ」
「そうだわ! 湖の水を異空間収納に入れてしまえば、穴を塞ぐにも楽になるし問題が一気に片づかないかしら?」
「それも考えたんだが、この魔素が異空間収納に悪影響を及ぼすかも知れない」
「……そうね」
「どちらにしても、直に触れるのは危険だ。まずは術を掛けてから……僕がやってみるよ。君達は土魔法で穴を塞いでくれ」
「ルシオ、私にまずは試させて貰えないか? この魔素がどんな影響があるか私で試してみれば良い」
「クリステル、危険なんだぞ」
「分かっています。ですが誰かが試してみなければ、それには私が適任です。ルシオはそれからでも良いのでは?」
「……兎に角、この話は術を掛けた後だ」
※
「呪いを掛けてくれだと! 断る」
「どうしてですか? 魔素の穴を塞ぐためにはどうしても必要なことです」
「呪いは一切使わないと決めたのだ。それを曲げることはしたくない……」
「では、その方法を教えてくれませんか? 代わりに異空間収納の方法を教えますから」
「……異空間収納だと。そんな物はまやかしに決まっている」
ルシオは異空間から魔水晶の森から持ってきた大きな魔水晶を出して見せた。神殿長から予備にと貰っておいたものだ。
ルバレロは口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「これも宜しかったら差し上げます」
「……これを……?」
ルバレロは、以前ブルホでの苦い経験から、呪いの術は使わないと心に誓っていたのだ。やり方なら教えてくれるというので、早速教えて貰う。
森へ行き、濃い魔素を含んだ木の実を取ってきて、それと魔物の肝臓を煮詰めることから始まった。
濃い魔素を含んだどろりとした液体が小瓶一つ分出来上がった。
この作業は結界を張ったまま森の中で行う。
危険な液体なのだという。
結界が施された瓶に詰め、術を掛けながら、少しだけ肌に付けて呪文を描いていくのだ。時間が掛かる作業だった。
煮詰めて出来上がった液体は、クレーターで見た魔素によく似た赤黒い色をしていた。
「師匠は、魔素を何処からか手に入れていたが教えて貰えなかった。ただ、一つだけ、魔素を濃くすれば良いのだと教えてくれた。私は自分なりに工夫して作り上げた。あのレメディオ神官魔導師のために……魔物から抽出する方法を編みだしたのだ。師匠がこの呪いの術を編みだした頃は魔物がいなかったから、大変だったようだが、今では簡単に出来上がってしまう。絶対に他には広めないで欲しい」
術を掛ければ、身体に強い影響がある。
魔力が止めどなく廻り、絶えず新陳代謝をし、滅多なことでは傷つかない。
傷が付いたとしても直ぐに治癒してしまう。身体は状態を保ったまま生き続けると言うことだった。
「以前魔物に変えられた魔導師は、十日簡の記憶しか無かったのですが、これとは違う術なのでしょうか?」
「それは、レメディオ神官魔導師が編みだした不完全な呪いだ。魔水晶に迷宮の仕組みを書き込み、迷宮の維持のための方法だ。アレは恐ろしい物だ。術で活性化した人体の自由な思考を阻害し魔力庫としての物に変えてしまう。記憶が無いまま一つのことを繰り返す。死ねなくなった人を迷宮の核とするものだった」
ルシオは目を伏せた。レメディオ神官魔導師の残酷な所業を改めて思い知った。同じ魔導師として居たたまれなくなったのだ。
彼にとっては不完全な術の方が都合が良かったに違いない。
何という非道な行いだろうか。神の罰が当って正解だ!
呪文は魔法陣と良く似た文様だったが、体中に書き込むため時間が掛かった。然も自分に描くことが出来ない。ソフィアに頼んで描いて貰う。
ソフィアの分とクリステルの分はルシオが描いた。異空間に入って書き込んだ。
異空間にはルバレロも来て監修してくれた。
素っ裸になる為、屋敷の一室で書き込む。
下穿き一枚になったクリステルの身体は、鍛え込まれた素晴らしい体格だった。
それを見てルシオは、自分ももう少し鍛えようと密かに決意した。
「ルシオ君、異空間収納は出来る様になったが、この様な異空間はどうすれば良いのだ? これも教えて欲しいのだが」
「簡単です。異空間収納を作ったときのことを思い浮かべて、作りたい空間を想像すれば良いだけです」
「そんなことで出来上がるのか?」
「はい、ただ、始めに異空間収納を作った時のイメージに固定されてしまうので全く違うことを想像しても出来上がらないようです」
「そうか、だから君は始め、出来るだけ明確で大きなイメージを持てと言ったのか」
「そうです、一般の魔導師は三メートル四方の収納しか作れないものが殆どだそうです。多分、当時作っていた魔法鞄のイメージが強すぎたのでは無いかと思います。まあ、魔力の大きさにも影響されますが……」
クリステルが、
「ブルホで今、異空間を作れる者は十人しかいません。もしかすると一定以上の大きさの収納が出来る力が無ければ異空間は出来ないのかもしれません」
ルバレロは、その後、間もなく異空間を作り上げた。
入らせて貰うと、森の中の大きな湖に小島がある空間だった。
規模は違うが、ソフィアの異空間に少し似ている。
「これは我々の聖地だった所をイメージした」
綺麗な湖だった。キラキラと光を反射する水には魔素は含まれていない普通の湖だ。やはり広い異空間には濃い魔素は行き渡らないないのでは無いだろうか。
ルシオの場合、湖に魔水晶を沈めたお陰で、魔素が含まれる湖が出来上がったのだ。
ルシオは、ルバレロに大きな魔水晶を差し出す。
しかし彼は受取らなかった。
「これ以上は受け取れない。素晴らしい魔法を教えて貰った、ありがとう」
ルバレロもかつての聖地を見たいというので一緒に転移した。
彼は、今の現状を見て肩をふるわせ、
「なんていう事だ。あれほど美しかった地が、この様な禍々しいものに変わってしまったとは……」
「ルバレロさん。ここの魔素を浄化する良い方法はないですか?」
「水の浄化システムを試してみれば……ルシオ君さっき要らないと言ったが、あの魔水晶を私に預けてくれないか? あの巨大な魔水晶なら何とか出来るかもしれない」
「ああ、その手がありました! はい、よろしくお願いします」




