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42 大陸の穢れ

「いや……私がいなければこの街は立ちゆかない。その内にお願いすることもあるかも知れないが……」


ルバレロは今、新しい街を作るのに忙しいという。

国民をこのまま見捨てるわけにはいかない、と彼は言った。


「ここに街を移転するのですか?」

「ああ、湖の水が穢れてきたのだ。これ以上あそこの魚を食べ続ければ、魔物化が進んでしまうだろう」


「ルバレロさん。魔物の肉は食べても安全になりました。バイアルでは今凄い人気です。ご存じなかったのですか?」

「え? 魔物の肉を……危険だぞ! そんなことは直ぐに止めさせなければ」

「これを鑑定してみてください」


ルシオは収納から加工肉を出して見せた。

ルバレロは、鑑定して、眼を見開き、加工の仕方を聞いて更に驚き、そして落ち込んだ。


「その様な簡単な方法を、私は何故今まで思いつけなかったのだ!」


仕方が無いことだと思う。

大陸で塩は貴重だ。岩塩もあるらしいが、穢れているかも知れない為、使われなくなったそうだ。

そんな事情では、大量に塩を使うなど考えられないだろう。塩を作る事自体、魔法使い任せのここでは、塩はペケーニョよりも遙かに高価なのだ。


ペケーニョ島では海に囲まれているせいか、早くから塩は作られていた。

比較的手に入りやすい。


「塩はペケーニョ島から買えます。貴方が敷いた転位陣はまだ生きています。僕達の拠点、シュバリス砦に来れば塩はお売りできますよ。それとも商人を寄越しましょうか?」

「いや、この場所に塩田を造ろうと思う。折角見付けた場所だ。ここにも移住者を受け入れたいと思う」


ルバレロに案内された場所には既に街が出来つつあった。

数ヶ月かかったとは言え、凄いことだ。

一人でここまで仕上げてしまうとは。


「人口が増えてきている。バイアルだけでは抱えきれなくなるのは目に見えている。丁度良い機会だったのだ」


この街の中央にも立派な塔が立っていた。ルシオ達が塔をじっと見ていると、ルバレロは慌てだした。


「……逃げ出すとき……ま、魔水晶を少し、くすねてきたのだ……悪いとは思っていないぞ。これは慰謝料だ!」

「悪くはないと思います。そうです、慰謝料くらい貰ってもバチは当りませんって。ところで何本くすねたんです?」

「……十本、小さいのだぞ、ほんの七メートルくらいの奴だ。それ以上は魔法鞄に入らなかったのだが……」


空属性をブルホに伝えた本人なのに、異空間収納や自前の異空間が使えないと言うことだろうか。


【ルシオよ、お前が考え出したものだぞ、それは】

――あ……そうだった……。


塔の役割は、農場の他に浄水場の役割もあるのだと教えてくれた。

この農場の仕組みを考え出したのはルバレロだという。

何とかして安全な食糧を手に入れたいと長年研究した成果だ。

大きな魔物の魔水晶が手に入るようになって、実現できたのだそうだ。


山から流れる川の水は穢れが含まれている。飲み水は浄化しなければ危険だ。穢れた水を長年飲んだせいで魔物化しなかった人族も変化してしまった。


元の肌色は薄茶色だったそうだ。

それが今では緑や青、紫などに変化してしまったのだという。

穢れは確実に大陸中に広がっているようだ。


今、東沿岸にある街は総てルバレロが作った街だそうだ。

それぞれの街に魔法使いを配置して管理させていたのだ。

だが、プラージャの魔法使いが上に立ち、ヌエボトニス国として東沿岸国を纏め、独立している。


「そうか、北下区は人が住めなくなったか……北下区は、私が初めに作った街だった。あそこの農場はもう機能しなくなったのだな。住人達を引き受けてくれてありがとう」


クリステルは、ルバレロの街造りの仕組みを熱心に聞いている。彼は土魔法が得意だ。ブルホの新しい街の建設にも携わっていたのだ、興味があるのだろう。


「ここに転位陣を敷いても良いですか?」

「……ああ、それを聞きたかった。転位陣は、師匠に聞いたのであろう。 師匠は何処におられるのだ?」

「いえ、貴方が敷いた転位陣を解析しました。師匠という方は知りません」

「そうか。どこに行って仕舞われたのだろうな。あの方は」


ルバレロの作った新しい街を案内してもらった。


「凄いですね上下水道まできちんと作ってある」

「街を作るには、まず一番初めに作る物だ。トニスの街もそうやって作ったのだ。もう廃墟と化してしまったが……」

「トニスの転位陣には五カ所転位出来たはずなのに今では二カ所しか出来なくなっていました。何処へ通じていた転位陣だったのかな」


「転位陣は、以前の街だったところに通じていた。私は度々其処へ戻って調べていたのだ。天災以前の環境に戻るのではないかと。だが、年を追うごとに砂漠化が進んでいた。数百年くらいでは無理だと悟った。転位陣も濃い魔素にやられて機能しなくなったしな」


「今、僕はグランデ大陸の地図を作っています。魔素が噴き出す大元の場所を探しています。そこを見付けることが出来れば、魔素を抑えることが出来るかもしれません。そうなればこの大陸の人々の魔物化も減っていくのではないかと……心当たりはないですか?」


ルバレロは、遠くを見つめ語り始めた。


「数千年前、湖があった。広大な湖で水深は浅いが清い魔素に満たされていた。周りに街が出来、国が出来、そして多くの魔法使いの住む処となった。

魔法使いの聖地と呼ばれていたところだ。

湖の中に島があって其処には僅かだが、魔水晶が取れる洞窟が在った場所だった。湖は森に囲まれ、外側の広大な土地は、土が肥え豊かな自然にも恵まれていた。

周りの五つの大国がそこの利権を廻って、絶えず牽制しあっていたものだった。

私の師匠は他に類を見ない天才だった。

転移を発明し、呪いの呪文も開発した。素晴らしい才能の持ち主だった。

師匠は、人間の寿命では研究し尽くすことが出来ない、とても足りないと言って、呪いの呪文を自らに掛け、長い年月魔法の研究に明け暮れていた。

私も敬愛する師匠に呪いの呪文を掛けていただいたのだ。

この大陸では二人だけ、長い時間を生きることが出来た魔法使いとなった。

そして、今から一千五百年前夏も終わる頃、星が墜ちてきた。

耳をつんざく音、目がくらむほどの光と熱……私は咄嗟に結界を張ったが転地がひっくり返り何が何だか分からない。

気が付いたときには、結界ごと数十キロも飛ばされていた。

師匠とも離ればなれになって仕舞った」


「…………」


「生き残った者達を集め、天災のあった場所から遠く離れた小国に逃れた。

だが百年ほどすると魔素が狂い始めた。

濃い魔素は獣や人を死に至らしめる。

その国も住めなくなって、東へ東へと街を移していったのだ。

壊れてしまったが、転位陣の他の三つの通り道は過去に捨てた街に通じている。だがそれも暫くすれば魔素が追いついてきて、移住を余儀なくされた。

ある日師匠が数十人を引き連れて、私の元を訪れた。

互いの無事を確認し合った。

師匠も西で私と同じようなことをしていたようだった。師匠は、

「西はもうダメだ。ここも直に西と同じようになる。私は新天地を求めて東へ行く。海を越えた所に島が有ることが分かった。お前も行かないか?」

そう言われた。だが、私はここの人々を置いてはいけないと、師匠の申し出を断ったのだ。

師匠は旅立たれた。残された私は、トニス国を作り君主となった。

だが、次第に獣が魔物と変わり、人もまた然りだった。千年前の話だ」


「貴方の師匠は、私達ブルホでは始祖と呼ばれていた方なのですね」

「多分そうではないかと思う。しかし師匠は見付からなかった。何処に行かれたのだ?」


「何処か市井に埋もれていらっしゃるのでは? それほどのお方だ。姿を変える術でも発見なさったのではないのかな。その方のお名前は?」

「サンティシマ・ロペス」


ルシオと、口数の少ないクリステルは、初めて知る始祖の名前をかみしめた。


神殿からの依頼は終わった。


クリステルは、バイアルの店じまいのためソフィアと残って貰う。

ルシオは神殿長にこの事を報告しに来た。

今日は神殿長と二人きりだった。


「何と言うことだ。過去の神官の仕業だったとは。神官魔導師の記録に残っていたあの辣腕、レメディオ神官魔導師か? 突然姿を消したという」

「ルバレロさんは、レメディオ神官魔導師を拘束し魔水晶の森に置き去りにしました。魔水晶に取り囲まれていた神官です。それを僕が浄化しました」


「ルバレロ殿には申し訳ないことであった。勿論、持ち帰った魔水晶のことは不問に処す。これで、憂いはなくなった」

「神殿長、僕はこれからグランデ大陸の中央でしなければならない事があります。他の仕事からは暫く、解放して貰えませんか?」


神殿長は静かにルシオを見つめ、こくんと頷いた。

「パブロ魔導師から聞いておる。其方には神より仰せつかった使命があるのだろう? 其方をこれから暫く自由にさせよう。使命が終わればまた帰って来るのだぞ」

「はい」


バイアルの街へ転移して、店の後始末がどうなったか確認する。

まだ、店じまいは終わっていなかった。


「まだまだ手が離せないようなの」

「そうか……分かった。僕はこれから大陸の地図を確認してくる。出発まではもう少し時間が掛かるから」


「ごめんなさいルシオ。もう少しだけここにいさせて。そうすれば後を任せることが出来る様になる筈」

「構わないさ、ゆっくり心ゆくまでやると良い」


クリステルはルシオに付いていくというが、ソフィアだけここに置いておくのが心配だ。

クリステルにはソフィアと一緒にいて貰った。


シュバリスに戻り、タワーの地図を確認する。

タワーの中にはルシオと数人しか入る事が出来ないようになっている。

出来上がった部分の地図を細かく見ていく。

大きな大陸の地図は縮小されているため細かく見るためには拡大しながら見ていかなければならない。

時間の掛かる作業だった。


「ご先祖様、少しだけ手伝ってくれないか」

【どれ、よく出来ているのこの地図は、ミニチュアの模型だな】


砂漠が大陸のほとんどを占めているように見える。

まだ西側や南側は出来上がっていないが、砂漠の切れ目がやっと出来上がってきた。

砂漠は大陸の中心から外へ広がっているようだ。


一週間掛けて、やっと怪しい場所の目星が付いた。そこは丸く切り取られたような地形だった。まるでクレーターのようだ。


「これは、クレーターだ! 大きな隕石が落ちた後に違いない」


ルバレロの話を聞いた時も、そうでは無いかと思ったが、やはり隕石が落ちて国が滅びたのだ。

そのクレーターを調べると、大体直径四十キロくらいだ。


大きな隕石が落ち、その衝撃波で周りが一瞬に消滅し瓦解したに違いない。

隕石の比重が大きければ地下深くまで穿たれているはずだ。

その後、地下の魔素の原液が漏れ出してきて、周りはゆっくり死の環境に変わっていったと考えられる。


地図を隈なく調べると、山脈が所々に在る。山の陰にはまだ人や動物が……魔物が住める環境があるかも知れない。

バイアルのような街や国が残っている可能性はあるはずだ。


兎に角魔素の出口を見付け蓋をしなければならない。出口は直ぐに見付かるだろうが、蓋をするにはどうすれば良い?


濃い魔素が漏れ出していると言うことは近づくことも出来ないのではないだろうか。


「こんな場所にソフィアを連れてはいけない……」

【ルシオ、ルバレロに……術を掛けて貰うんだ】


「術……死ねない呪いか……」

【そうしなければ魔素を押さえられないだろう】


「……そうか、ルバレオは術のお陰で天災を生き残った……それほど魔素の原液は危険なんだね。結界でも防げないの?」

【結界は暫くは持つかもしれんが……どうだろうか。お主は呪いの術を施さねば、使命を果たせないかもしれん】


以前、神の采配に疑問を持ったルシオだったが、今は素直に聞く耳を持っている。今回レメディオ神官魔導師の所業を聴き、あれは当然の仕置きだったのだとも思い直した。


神官になるほどの人物でも、闇に侵されてしまうことも在るのだ。神から目を背けたなれの果てだ。


【神に仕えるものや、人の上に立つ者は、時に自分が選ばれた特別な人間だと勘違いをする。其処に落とし穴が待っている。お主も重々気を付けよ】

「……」


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